救いたい人(2)
捕まってから三日が経った。特にこれといった変化も無い。唯一変わったことと言えば、手足の拘束が右足のみになったことだろうか。右足からのびた鎖には大きな鉄の塊が引っ付いている。ゆっくりであれば、この鉄の塊をひきずって地下牢内を移動も出来る。まぁギーギーと非常にうるさいので、あまり歩いていると見張り番に怒られるのだが。
両手が使えるようになったので、魔力で牢を壊すことが出来るかこっそり試してみた。だけど、私の魔力では歯がたたなかったので、別のことに魔力は使うことにした。おかげで動いていないのにぐったりだ。
足音が近づいてくる。この音はガウリカだ。でも、食事を持ってきたには変な時間だ。
見張りが鍵を開けて牢の扉を開けるとガウリカが入ってきた。
「ガウリカ、どうしたの? 顔色が悪いわ」
「……王様が、離宮に。あなたを呼んでいます」
どうやら時間切れのようだ。
「分かったわ。そんな顔しないで」
「ですが……こんなことって……」
見張りが四六時中いるなかで、逃がす隙などそう簡単にできるはずもないのだ。ガウリカが気に病む必要は無い。いや、違うか。私への気遣いではなく、戦争を止められない、身近な人々が戦争に巻き込まれてしまうことへの懺悔だろう。
「ガウリカ! 早く連れてこい。もたもたしてると支度する時間が無くなるぞ」
「は、はい!」
ガウリカは大きな声で返事をすると、私の手を申し訳なさそうに拘束した。
「足を取る代わりに手は拘束しろという指示で……すみません。本当に同じ女性としてこんなこと……」
ガウリカは泣きそうな表情を浮かべていた。
意味深な言葉に私は内心で首を傾げる。同じ女性としてってどういうことだ? 殺されるのに性別が関係あるのだろうか?
しかし、私の疑問は次にたどり着いた場所で謎は解けた。
湯殿だったのだ。
殺す相手を湯に入れるなど考えられない。小汚い状態の人間を王様に会わせられないから、ということも考えたが、ガウリカの様子からしてそれはないだろう。
つまり、女性として嫌なこと。
「いくら鈍感だと言われる私でも、さすがに予想はつくわ……」
ムハンド王国にはハレムと呼ばれる後宮があるという。ガウリカは明言しなかったが、国王の相手をさせられるのだろう。
だが、私はルシール王国の人間だがもう王家とは無関係だ。そんな人物をコレクションのように後宮に入れたところで意味があるのだろうか。
それよりは占いの結果である『繁栄をもたらすもの』としてさっさと殺した方がいいのでは。
いやでも、殺されたら終わりか。でもでも、王様がどんな人か知らないけど、肌を許すなんて考えただけでぞっとする。
私はそっと身につけたままの石を握る。一つは祖母から受けついだ石、もう一つは私が原石から育てた石だ。おそらく今まで私を守ってくれたのは祖母から受け継いだ石だと思ってはいるのだが、アルマンが指摘していたように両方の石が発動してループしていた可能性もある。祖母の石が完成間近とはいえ完成はしていなかったのだから、それを私の石で補っていたかもしれないのだ。
どちらにしろ今回も石に頼ることになるかもしれない。出来れば頼らずに済ませたいけれど。
湯浴みをして身綺麗な格好に着替えると、ついに王様と対面だった。
謁見の間に入ると、家臣と思われる人々が部屋の左右に分かれて立っていた。その間をじろじろ見られながら進む。そして、真正面の壇上にムハンド王国の王様が見えた。
「お前が、繁栄をもたらす者か……見た目は普通だな」
面白くなさそうにムハンド王は言う。
見た目重視したいなら美人をさらってくればいいじゃないかと言い返したくなったが、別の人がさらわれるのも嫌なので口をつぐむ。
「単刀直入に言う。我の妻となれ」
妾ではなく妻?
思ったより待遇がいいことに驚く。
でもまぁ、嫌だけど。
「嫌だと申し上げたら?」
「殺すしかなくなるな」
ムハンド王が言うと、家臣の一人が慌てて口を開いた。
「王様、殺してはいけません」
「だが無理矢理抱きたいとも思えん。ただの小娘だぞ」
怖い……無理矢理とか聞こえたんですけど。
お気に召さないなら無理しないで。そこのところ切実にお願いしたい。
というか、家臣の『殺してはいけません』ってどういうことだろう? 今まで聞いていたことと矛盾しているけれど。
「王様、この娘は『国に繁栄をもたらすもの』です。ルシール王国に渡せば我が国にとって邪魔ですが、我が国のものになるのであれば利用すべきです」
……ん?
ルシール王国に繁栄をもたらすのではなくて?
今の言い方だと、ルシール王国に限っているわけではなさそうだ。
「お前、不思議そうな顔をしているな」
ムハンド王が私を見てあざ笑ってくる。
そりゃ、ルシール王国に繁栄をもたらされては困ると今まで殺されてきたのだ。今さら殺さないとか言いだされたら驚くに決まっている。
戸惑っていると、ムハンド王が機嫌良さげに説明しだした。
「まぁ我も最初はさっさと殺すつもりだったからな。お前を捕縛したと報告を受け、せっかくなら良き日に処刑したいと思って占った。だが、結果が出なかった。何故か分かるか?」
「い、いいえ」
占いに疎い私が分かるわけがなかろうに。わざと質問してくるあたり、嫌みったらしい。
というか、処刑日を占われてたとか、本気で死にかけてたってわざわざ知らしめてこないで欲しいんですけど。
「なぜ占えないのか。理由を考え、お前を殺してはいけないからではないかという答えにたどり着いた。そして、改めてお前について占ってみると『繁栄をもたらすもの』と出た。そこで初めて、この繁栄はルシール王国に限ったものではなかったのだと分かったわけだ。どうだ、納得したなら我のものとなれ」
国を限定することなく繁栄をもたらすのならば、やはり占いが示すのは賢者の石なのか。石を手に入れた国こそが繁栄を手に入れるって考えると辻褄があう。
だけど、私はこの王様に繁栄をもたらすのだけは嫌だ。
だって、ディークシャ様を傷つけた。
何度繰り返しても、どの時間軸でもサリュ殿下を脅して利用した。
母を思うサリュ殿下の優しさを踏みにじった。
ついでに、私の命も狙ったし。
こんな卑劣なこと、許せるはずがない。
だから、この王様に繁栄など渡さない。
「改めて申し上げます。死んでも嫌です」
私は視線を逸らすことなく、王様の目を射貫く。
「死んでも、だと? 我の妻になれば、命の保証だけでなく贅沢な暮らしが出来るとしてもか」
公爵家の娘に向かって贅沢な暮らしを条件に出されても……という気はするが、まぁディークシャ様の状況を考えれば、きっと好条件なのだろうというのは分かる。
「はい。繁栄に導くのはあなたであってはならないからです」
「お前! おとなしく聞いていれば好き勝手なことを言いおって!」
ムハンド王が激高して立ち上がり、わなわなと手を震わせている。
「知っていますか? 何故私が第一王子の婚約者に選ばれたのか。それは占いで繁栄をもたらすと示されたことと恐らく同じ理由です」
私は首から提げている石を一つ取り出した。
手枷はそのままだから引っかかるが、なんとか首から外して手の上に乗せる。
そして、決意を込めて口を開いた。
「これは……『賢者の石』です」
私が言った途端、広間がざわめいた。
『本当に存在したのか!』
『信じられない、本物なのか』
『いや、本物だからこそどんな占いでも繁栄をもたらすと出たんだ』
ムハンド王も驚きの表情を浮かべ、次第に嫌な笑みに変化させた。
「なるほどな。それを渡せ」
私もにっこりと笑みを浮かべると、ゆっくりとムハンド王に近づく。
そして、あと少しで王の手が届く……という位置で、私は一気に魔力を込めた。
繁栄が賢者の石の力だというならば、目の前でただの石に戻してしまえばいい。
完成していない中途半端な石でも、発動することは分かっているのだから。
私は手のひらの石を握り、一気に魔力を込めた。
賢者の石は魔力を少しずつ与えて育てるもの。未完成な石に一気に与えすぎると割れてしまうから。
もうループは出来なくなるかもしれない。死んだら終わり。
でもそれでいい。これ以上、苦しみのループは不要だ。この時間軸で決着を付ける。絶対に私は生き延びるんだ。これ以上、サリュ殿下の心に傷は付けさせたりしない。
「お前、何をしている!」
魔力の高まりに気付いた者達が一斉に騒ぎ出す。でも、もう遅い。
ほら、石が発熱し出した。やけどしそうなくらいの熱量、細かく振動し、耐えかねたかのようにまばゆく光った。
『お願い、あの人に私の居場所を知らせて』
――――バンッ
ぱらぱらとあたりに砂のようなものが降り注ぐ。
「……何をした」
唖然としたままのムハンド王の問いかけに、私はアルカイックスマイルで簡潔に答える。
「破壊しました」
正確には石を無理やり発動させて、なおかつ破壊したのだが。
未完成の石がどこまでの効果を発揮するか分からなかった。本当はこの場から移動するのが最善だと思ったが、人体を移動させるのは至難の業だ。出来なかった場合のリスクが高すぎる。ならば、助けを呼ぶのが一番生き延びる確率が高いと思った。
だからお願い。助けに来て。
「おのれぇ!!」
ムハンド王が悪魔かと思うような形相で睨み付けてくる。
「見ての通り、賢者の石はなくなりました」
「小娘ごときが……くそっ、賢者の石が……」
よろよろとムハンド王は床に膝を付き、粉々になった元賢者の石をかき集めている。
「賢者の石は素晴らしい力を秘めていますが、一度願いを叶えたらただの石に戻るもの。残念ながらこの石が繁栄をもたらすことは二度とありません」
「うるさい! やはりこのような怪しい奴は側に置けるか。今すぐ処刑だ!」
王様の号令に、剣を持った男達が動き出す。そして、王から引き摺り離すように広間の入り口付近まで戻された。乱暴に掴まれて腕が痛い。突き飛ばすように床に転がされて背中を強かに打った。
あぁ、思いのほか激高させてしまった。今すぐ処刑されたら、賢者の石によって居場所が伝わったとしても、助けに来てくれたときにはもう死体だ。
でも、目の前で見せつけなくては意味が無い。ちゃんと石は粉々になってしまったのだと、二度と使えないのだとムハンド王国に分からせなくてはと思ったのだ。だから、自分の行動や発言は間違っていたとは思わないけれど……。
やはり私は浅はかだったのだろう。もっと上手く立ち回れたらよかったのに。せめて、処刑の場を改めて設ける展開に持って行けていたら。
本当はこんな結末は迎えたくなかった。でも、賢者の石が争いのもとになるくらいだったら、無い方がよっぽど良い。だから最悪の中の最善だったのだと思いたい。
すでに三回も死んだようなものだ。今生きているのが逆におかしいのだから、せめて少しでも人のためになったのならば喜ばしいことではないか。
って、そんなのは建前だ!
処刑人が目の前で、大きな剣を振りかざしている。怖くて震えが止まらなかった。
本当は死にたくなんてない。
なんで私ばっかりこんな目にあわないといけないの。
お願い、助けてよ!
その時だった。
爆音が響き、広間の扉が燃えながら吹っ飛ぶ。
「ユスティーナ!」
聞き覚えのある声が私の名を呼んだ。
信じられなかった。なんでここでその声が聞こえたのか。
だって、賢者の石を発動させて居場所が伝わったとしても、来るのが早すぎる。
「すぐにユスティーナを救い出せ。人数はこちらの方が圧倒的に多い」
ルシール王国の騎士達が命令に従って素早く動き出す。彼も剣を振るいながら、私の前までやってきた。そして私を押さえつけていた男達を蹴散らす。
「助けに来た。怪我はないか?」
泣きそうな顔で私を見下ろしてきたのは、私が探しまわっていたはずのサリュ殿下だった。
「……はい。ですが、どうしてここが分かったのですか」
「ユスティーナが捕らわれているのなら、ルシール王国に一番近い離宮だろうと思って移動していた。でも頭の中に、この離宮の広間にいるって、声が響いたんだ。だから、確信を持って突入した」
未完成でもちゃんと賢者の石は発動して、願いを叶えてくれていたのだ!
そして、サリュ殿下達は捕らわれている場所を推察して近くまで来てくれていたからこそ、こんなに早く助けに来てくれたのだ。
サリュ殿下が片膝を付き、私の手枷を外すと目線をあわせてくる。ほっとしたような眼差しに、緊張の糸が切れた私は思わず抱きついた。
「怖かった! もう死ぬって思った!」
「うん、うん。ごめん。俺のせいで怖い思いをさせた」
サリュ殿下が優しい手つきで私の頭を撫でる。
「違うぅぅ、悪いのはムハンド王国だから。それに……」
それに……ディークシャ様のことだ。
ディークシャ様はただ城に閉じ込められているわけじゃない、弱って命も危ない状況だ。ディークシャ様に何かあってもいいのかとサリュ殿下を脅していたくせに。ディークシャ様が酷いことをされないようにと、サリュ殿下は心を痛めてずっと一人で悩んでいたというのに。
私はそっとサリュ殿下から離れた。
「どうした?」
心配そうに私の様子を伺うサリュ殿下。
「その……お母上のこと、なんですが」
私は話し出すも、躊躇いからどんどん声が小さくなってしまう。
こんな酷い扱いを母が受けていたと知ったら、闇落ちしてしまわないだろうか。怒り狂ってムハンド王を問答無用で殺しはしないだろうか。
「知っている。酷い扱いを受けているのだろう」
「え、どうして知っているんですか?」
「それは……俺が三回分の過去を知ってしまったからだよ」
そう言って、サリュ殿下は儚げな笑みを浮かべた。




