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救いたい人(1)


 私は今、薄暗い地下の牢獄に入れられている。


 サリュ殿下を探そうと村長の家を出た私は、当てもなく走って、息が苦しくなっても走って、ふらふらになって転けて、全然見つからない焦りから涙が出てきて……。そんなときに、見知らぬ男達に囲まれた、と思ったらあっという間に猿ぐつわを噛まされ、手足を縛られてしまったのだ。


 馬車に押し込まれて、途中で止まることもなく進み続た。そして、国境も何故かすんなりと通ってしまった。



 すべては私の浅はかな行動のせいだ。自業自得で言い訳のしようも無い。きっとアルマンには怒られる。サリュ殿下は……



「サリュ殿下は見つかったかしら」


 地下牢に独り言が響く。



 彼が泣いてないと良い。

 おぼろげにだが、サリュ殿下と初めて城で出会った時のことを覚えている。あの時もサリュ殿下は泣いていた。私を見た途端に涙を拭って、なんてことない顔をしたけれど。


 あの頃からサリュ殿下は意地っ張りで、他人に弱いところを見せるのが苦手で、自分が辛くても迷子の私を気遣うことの出来る優しさを持っていた。


 白銀の髪がきらめいてとても綺麗で、彼の後ろには花開いた薔薇の垣根があって、まるで薔薇の妖精だと思った。でも、近寄ると彼は泣いているではないか。

 泣かないで欲しくて声をかけた。

 顔を上げた彼は、とても澄んだ紫色の瞳を濡らしていた。その瞳に惹き込まれたのを覚えている。


 不思議な雰囲気の少年。でも話してみたら口が悪くて、王妃様のことを「ばばぁ」とか言ってて。初めて会ったのにおしゃべりが楽しくて仕方なかった。



「そっか……私、初めて会ったときからサリュ殿下に惹かれていたのかも」


 今頃、そんなことに気付いても遅い。



 私は恐らくムハンド王国の刺客に捕まったのだと思う。チラッと見えた褐色の肌、黒い髪、これらはムハンド王国の特徴だから。


 とりあえずは捕虜状態だけれど、このままいけば私は殺される。私が殺されたら、きっとサリュ殿下は気に病むだろう。それが気がかりだ。



「私は傷つけるために、一緒にいたわけじゃないのに」


 どれくらいそこにいたのだろうか。

 誰かの足音がして、私は顔を上げた。



「食事をお持ちしました」


 ベールで顔を隠した女性が食事を持ち、地下牢の鍵を開けて入ってきた。あわよくば彼女を押しのけて脱走できれば良いのだが、相変わらず手足は縛られたままでそれは無理だった。



「食事は有難いですが、せめて手の拘束は外してもらえませんか? これでは食べられません」

「申し訳ありません。外すなと言われているので」


 彼女はすまなさそうな声音で、頭を下げた。



「そうですか……仕方ありませんね」


 彼女は私の隣に座り込むと手を拭き、パンを一口大にちぎった。そして身を寄せて私の口元にパンを持ってくる。


 え、これスプーンとかで食べさせてもらうのでも何か嫌なのに、手なの? パンだから仕方ないのかもしれないけど抵抗あるわぁ……と若干引いていると、彼女が小声でささやいてきた。



「お話があるのです。ここからは見えませんが牢の外には見張りがいます。だからもっと近寄ってください」


 ハッとして彼女を見ると、小さくうなづいてきた。

 私はパンを食べるふりをして彼女に身を寄せた。



「私はディークシャ様の下女をしているガウリカです」


 ディークシャ様……サリュ殿下のお母上だ。彼女はサリュ殿下の母上の縁の人ということか。

 私が理解したと目線で伝えると、ガウリカは続きを話し出した。



「このままでは国同士の戦争になってしまいます。民はそれを望みませんが、王族の皆様はもうそのつもりで動き始めています。その初手があなたの命です」


 私はルシール王国に繁栄をもたらす者と占いで出ているらしいから。どの時間軸でも狙われていて、しっかりと死んで、いや賢者の石で死の間際でループしているのか。でも、まぁ命を狙われたのは事実だ。



「あなたの命が失われたら戦争は始まってしまいます。そうならないために、あなたはどうにか助けたい」


 戦争は民にとって良いことなどなにもない。ただ傷付き、疲弊し、嘆きをもたらすだけ。私だって戦争など起こしたくないし、ましてや自分がその火蓋を切るきっかけになどもっとなりたくない。



「ディークシャ様は、もうお助けできそうにないので」


 …………えっ?


 耳を疑った。

 助けられそうにないという言葉に、嫌な汗がじわりと額に浮かぶ。



「待って、ディークシャ様はご無事じゃないの?」

「……城の奥深くに幽閉状態なのですが、最近は体がますます弱っていらして。それなのにまともに医者にも診せられなくて、生きているのがやっとの状態です」


 目の前が真っ暗になった。


 ディークシャ様がそこまで命の危機に瀕しているとは思わなかった。

 脅しに使うだけでも卑怯なのに、幽閉した挙げ句に医者にも診せていないなんて最低だ。


 酷い。こんな酷いことってある?

 ディークシャ様が何をしたって言うの? 


 国のためと異国に一人で嫁入りしたら、王妃にいじめ抜かれて苦しみ、子供を授かったと思えば離ればなれになり……。生きるためにと祖国に帰ったのに幽閉され、息子を脅すネタに使われて、挙げ句にまともに医者にもかかれないだなんて。想像しただけで酷すぎる人生だ。


 きっと、ムハンド王国にとってディークシャ様は生きてさえいればいいのだ。いや、もしかしたら死んでも良いとすら思っているのかもしれない。弱って苦しんでようが、そのまま苦しみ続けて死んでいようが、サリュ殿下に「生きている」と思わせてさえおけばいい。だから医者も呼ばないのだろう。


 やはり助けに行こうとしたのは正解だったのだ。

 私が間抜けにも捕まってしまったから台無しだけれど。


 でも、これだけは言える。

 ディークシャ様を酷い扱いで幽閉し、サリュ殿下を脅しているムハンド王国は許せない。



「隙を見て必ずお助けしますから、気を強くお持ちください」

「ありがとう。ちなみになんだけど、ここはどこの地下牢なの?」

「離宮の地下牢です」

「離宮……?」

「王宮以外にも国内にいくつか離宮があるのです。ここはルシール王国に一番近い離宮になります。そして……ルシール王国との戦争の拠点です」


 まさか、そこまで戦争が本格的に準備されているなんて。ルシール王国では戦争の気配も感じていないはずだ。そんな状態で攻め込まれたら相当な痛手を負うだろう。


 のんきにムハンド王国を目指していたけれど、もし三人で入国していたら人質が三倍だったのか……。そう考えるとぞっとした。

 まぁ、アルマンが人質に数えられるかは謎だが。下手をしたら即刻殺されていたかもしれない。



「おい! いつまで飯食ってやがる」


 見張りらしき男のダミ声が聞こえてきた。



「そろそろ私は行かなくては」


 ガウリカが食器を片付けて立ち上がろうとする。



「待って、あと一つだけ。王様もこの離宮に?」

「今はまだ。でも来ます、あなたを……その……」


 ガウリカが言葉を濁した。


 でも、その気まずげな声で理解した。ルシール王国に繁栄をもたらす私を消したがっている張本人で、捕まえるように指示をだしたのも王様だろう。つまり、王様が来た時点で私の命も終わりなのだ。今は死刑執行の猶予時間というわけだ。



「そう、ありがとう」


 ガウリカは小さく会釈をして牢を出て行った。


 手も足も縛られたままなので、寝転がるか壁にもたれて座るくらいしか出来ない。私は寝そべりゴロゴロと転がってみた。ひんやりとした地下牢の床がカッとなっていた頭の中を冷やしてくれる。



 どうしたものか。ガウリカは逃がそうと思ってくれているようだが、実際問題、離宮の地下牢なら見張りも交代でしっかりといるだろう。隙を見て逃がすなどよほどの奇跡が無い限り無理なのではないか。


 何度ループしても、私には死がつきまとう。

 もしムハンド王国の王様が来て、殺されたとしよう。また命が尽きる前にループ出来るだろうか。出来るような気もするし、でも確実に出来るとも断言出来ない。


 そう、未来なんてどう転ぶか分からないのだ。



「今、精一杯出来ることをしなくちゃ」



 私は転がるのをやめて起き上がった。



 


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書籍化にあたり、より読みやすく楽しんでいただけるように改稿もしましたので、
読んでいただいた方にも満足していただけると思います。
また、唯奈先生に素敵なカバーを描いていただきました。
ユスティーナの困り顔がキュートで、サリュ殿下のちょっと意地悪そうな笑みが最高なんです。
是非ともサイトを覗いてみてください!
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