いざムハンド王国へ(5)
そろそろ寝ようかという頃、サリュ殿下のいる客間からガタゴトと暴れるような音が聞こえてきた。
「まったく、人様の家で騒ぐなんて。ごめんなさいね、ちょっと注意してくるので」
厄介になる村長の娘に謝り、客間を目指す。
「サリュ殿下とアルマンって、どんな会話してるんだろ。ちょっと気になるわ」
注意する前に少しだけ聞き耳立ててみようかななどと、脳天気に私は思っていた。
だが、客間の前につくと異様な魔力の気配に鳥肌が立つ。しかも、中からはアルマンが呼びかけている声と、サリュ殿下のうめき声。
「何があったの!」
ノックもせずに私はドアを開けた。すると、真っ黒の小さな粒が部屋中に散らばっていて、その中心にサリュ殿下とアルマンがいた。
「ユスティーナ! 俺の石が割れた。たぶん、石の一部だけ覚醒したみたいで、サリュ殿下に何かしらの影響が出てる」
「うそ……」
だからこんなにも苦しそうなの?
うめきながら、額に汗をかき、時折苦しそうに胸元の服を握りしめている。
「完成前の石って、魔力を注ぎすぎたり、合わない魔力を注ぐと割れるだろ。たぶん、サリュ殿下の魔力が注がれてしまって石が割れたんだ。でも、同時にサリュ殿下が願いのようなことを言ってたから……中途半端にそれを叶えようと石が発動してるんだと思う」
「願いって、何よ。どうしてこんなに苦しそうなの」
「あー、いや、その……多分これじゃないかなって程度なんだけど」
「だから、ハッキリ言って。サリュ殿下の命に関わることかもしれないのよ」
「……石が割れる直前に『真実を明らかにしろ!』って言ったんだ。どんな真実を彼が見ているかは分からない。でも、きっと辛い真実なんだろうな」
真実を明らかにしろ!
嫌な予感がする。
完成品の賢者の石なら命の復活以外、なんでも可能と言われている。未完成とは言え賢者の石もどきなのだ、発動したからには何かしらの影響が出るのは必須。
サリュ殿下はもとから辛い生い立ちを背負っている。そんな彼をさらに苦しめる真実ってなに?
「とにかくベッドに運ぼう。床じゃ体を痛めるわ」
「そ、そうだな」
アルマンと協力して、サリュ殿下をベッドに寝かせる。
部屋を掃除して、欠片をできる限り回収した。欠片達は燃えた後の灰のようなものなので、再び力を帯びることは無いと思う。だけど、確証はないから用心すべきだ。
そこまでやると、後はもう、うなされるサリュ殿下を見守ることしか出来なかった。
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「う……ん?」
サリュ殿下が目を覚ました。あたりはまだ暗いが、あと少しすればうっすらと明るくなってくるだろう時間だった。
「よかった。目が覚めて。このまま目覚めなかったらどうしようって心配してたんです」
「……ユスティーナ?」
「はい、ユスティーナです」
「そうか……そういうことか」
サリュ殿下は何か納得したような顔で頷いた。でも、その表情が今にも消えそうに儚くて、私は思わず手を握った。
「殿下、お気を確かに」
「すまない、頭がくらくらしてるんだ。もう少し寝たいから部屋から出てってくれないか」
「えっ……は、はい。では、日が昇る頃にまた参りますね」
後ろ髪を引かれつつも、休みたいサリュ殿下を邪魔できず部屋を出た。
この選択を、後悔するとも知らずに。
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薄暗い中、私は村長の家の前でアルマンと夜明けを待っていた。眠気は吹っ飛んでいたし、家の中で喋ると眠っている人々の邪魔になるので外に出たのだ。
家の前は開かれて物干しや花壇、菜園が広がっているが、野犬よけの柵の外は木々が生い茂り、風が吹くとざわざわと音を立てる。気持ちが落ち込んでいるせいか、木々のざわめきが妙に恐怖を煽ってくるように感じた。
「アルマン、どうして石が発動したの? まだ未完成だったはずなのに」
「今まで未完成で発動させるようなことが無かっただけで、理論上は可能だと思う。あれは未完成でも魔力を蓄えてる物質なんだから」
確かにアルマンの推測は一理あると思った。未完成な石を発動させたことがないだけで、発動できないという事実はないのだから。
「じゃあ威力は弱くとも、発動させた者の願いを叶えるってことね。真実を明らかに……か。サリュ殿下はいったい何の真実を知ってしまったのかな」
「分からないな。だけど、多分、お前関連だと思う」
「私?」
「そう。直前にユスティーナのことを話していたから」
私にまつわる真実……?
ドキン、と大きく鼓動が頭の中で響く。
自分の隠し事として一番に思い浮かぶのは、死ぬたびにループしているということだった。
もし仮に、このループが対象になってしまっていたら?
何でループをしているのかを、サリュ殿下が知ってしまったとしたら?
「あってはならないわ、そんなこと。サリュ殿下はきっと壊れてしまう……」
「は? お前なんか隠してることがあるのか?」
「どうしよう、アルマン。サリュ殿下はきっとあんなことしたくなかったはずなの。でも、過去はなくならない。今は無くなった過去でも、実際に存在していたのも事実なのよ」
私はショックのあまり、震えが止まらなかった。
まだ決まったわけじゃない。でも、私にまつわるサリュ殿下がうなされるほどの真実って、ループに関することしか思いつかないのだ。
やっと四回目の時間軸で、サリュ殿下を追い詰めていた黒幕が見えてきたのだ。今回こそはサリュ殿下が私の死を見なくても済むはずだった。そのためにムハンド王国に行こうとしていたのに。
「私、サリュ殿下が笑ってくれるのがすごく嬉しかったの。だから、あんな過去なんて知る必要はない……」
「落ち着け。いいからゆっくり息をしろ」
アルマンに肩を揺すられ、少しだけ頭の中が冷静になる。
「ご、ごめんなさい、アルマン。取り乱してしまって」
「いいさ。それより俺に言っていないことがあるだろ。全部隠さずに言ってくれ」
「……信じられないようなことでも?」
「この期に及んでユスティーナは作り話でもするっていうのか?」
私は首を横に振る。
「だろ? なら俺は今からお前が話すことを信じるさ」
アルマンの言葉に背中を圧され、私は三回にわたるループ人生を話すことにした。
だんだんと青白くなるアルマンの顔色が心配になったが、続きを促されるので最後まで話しきった。
「俺、ユスティーナを尊敬するわ。普通、三回も死んだら精神崩壊するって」
「それイリーナにも同じことを言われたわ」
「だろうな。あとちょっと思ったんだけど、ループしてるのって石の力じゃないか?」
「まさか……まだどの時間軸でも完成はしていなか……いや、三回目の時はほぼ完成間近だったけど」
「だろ? それに完成していなくても発動するってサリュ殿下が証明してるし」
「じゃあ私は死ぬ直前に石を無意識に発動させていたってこと?」
「だと思うけど。じゃないとループに説明がつかない」
完成か、もしくは完成間近の賢者の石の力だ。命を蘇らせる以外は何でも出来る石なのだから、ループしてもおかしくはない。むしろ、賢者の石ぐらいのビッグアイテムがなければループなど起きるはずがないとも言える。
「俺が思うに、きっと死ぬ間際の恐怖とか生きたいって本能とか、そういう強烈な感情によって魔力が一気に高まって、それで石が未完成でもループっていう奇跡を起こしてるんじゃないか。しかもユスティーナは二個持っているし」
「確かに! 未完成でも二個合わされば完成した一個分になるかも。逆にそうじゃないと説明がつかない気もするし。きっとこの石たちが私を……私だけじゃなくサリュ殿下も助けてくれてたんだ」
「しかし上手い使い方だよな。石を使っても、使う前の時間に戻るから、何度も石の力が使えるとか詐欺だろ」
アルマンのつぶやきを聞きながら、私は明け始めた空を見た。
詐欺だろうとなんだろうと、こうして新たなチャンスをもらっているのだ。今度こそ、ちゃんと生き残る。そして、ちゃんとサリュ殿下と向かい合いたいと思った。
夜が明け始めたので、一度サリュ殿下の様子を見に行こうと部屋に戻った。すると、寝ていたはずのサリュ殿下の姿が忽然と消えていた。
「い、いない……?」
「ユスティーナ、殿下の荷物もないぞ。こりゃ俺たちのいないすきに一人で出て行ったな」
嘘だろう。体力も気力も万全で無いこの状態で、いったいどこに行くというのだ。
「俺が探しに行ってくる。まだ遠くに入っていないはずだ」
「私も探すわ」
「いや、殿下が戻ってくる可能性もある。もし戻ってきたときに誰もいないとまずい、ユスティーナはここで待っていてくれ」
アルマンは私を残し、サリュ殿下を探しに行った。
アルマンは殿下が戻ってくるかもしれないなどと言っていたが、そんなことは起こらないだろう。過去のループで何が起こったのか知ってしまったのなら、サリュ殿下はきっとご自分を許せないに違いない。だって、サリュ殿下は優しい人だから。
過去でサリュ殿下に死に追いやられようとも、私は今、ちゃんと生きているのだ。それを伝えたい。今の私を見て欲しかった。
だから、私はアルマンの言葉を無視して村長の家を離れた。
結果、最悪の事態に陥ることになるとも知らずに。
ユスティーナの身になにが起こったのか。
そして、サリュ殿下と再び会えるのか?!




