いざムハンド王国へ(4) サリュSIDE
【サリュSIDE】
「サリュ殿下はさ、ユスティーナのこと好きなんです?」
今晩は村で泊ることになり、村長の家に厄介になっている。村長というだけあって、村の中では大きな家なのだが、客間が何室もあるわけではない。そのため、ユスティーナは村長の娘の部屋に、俺とアルマンが客間を使うことになった。
アルマンが荷物を整理しながら、世間話のように聞いてきた。
「……別にいいだろう。兄上達みたいに、婚約中に親しくしていたわけではない」
「そんな警戒しないでくださいよ。俺は、ぶっちゃけユスティーナがシベリウス殿下と婚約破棄して良かったと思ってるんですから」
「そうなのか? 普通は第一王子の方がいいだろうに、お前もユスティーナの従兄弟だけあって変な奴だな」
「えぇ、ひどっ。ユスティーナの天然と比べられたくないですよ。あいつはなんていうか……ふだんはぼけっとしてても、何かこう、大事なところは外さないっていうか、そういう究極のお人好しなんですよ。そんな奴には誰も敵いませんって」
アルマンは思い出を振り返っているのか、くっくっと笑っている。
羨ましいなと思った。俺はユスティーナを初めて見たときから恋い焦がれているけれど、接点はほぼ学園に入ってからだ。
城内で見かけることはあっても、ユスティーナは兄上と一緒にいたから。兄上の横でにこにこしているユスティーナを見ていられなくて、すぐに逃げていた。その場に残り続けたら、嫉妬で兄上を殴ってしまいそうだったから。
「アルマンにとって、ユスティーナはどんな存在なんだ?」
「俺にとっては、妹みたいな、同士みたいな、そんなですかねぇ。うちの家系ってちょっと特殊なんで」
「特殊? どういうことだ」
ユスティーナは公爵家、アルマンは傍系の伯爵家だ。国に四つしかない公爵家だから特殊だというなら分かるが、アルマンは伯爵家、辻褄が合わない。
「あー、もしサリュ殿下が皇太子になったら分かりますよ。いくら俺の口が軽くてもこれ以上は言えないです」
「なら最初から言うな。口が軽いと信用も落とすぞ」
「はいはい、気をつけます。ていうか、今更ですが俺の方が年上なんですけどね。もう少し先輩扱いしてくれても…………いや何でもないっす」
ジロリと睨んでやればすぐに黙った。
アルマンは調子が良くて心配になるが、頭の回転が速い。まだ一日しか一緒にいないが、俺が不快に思うギリギリのラインを見極めて来ている。きっと計算して喋っているのだろう。まだ見極めが甘いのか、少々ぶっとばしたくなる時はあるけれど。
こんな奴がもし俺の側近にいたらいいのに、そんな風に思ってしまった。
でも、俺に側近がいたところで、宝の持ち腐れだ。能力を発揮させてやる場面もない。兄上の下にいた方が、愚鈍な分忙しいだろうが腕も振るえるだろう。
「ユスティーナって人を動かすんですよね。一緒にいると前向きになれるって言うか。だから、ユスティーナが次の王妃になるのには大賛成なんですよ。今の王妃は酷すぎますしね。でもユスティーナが王妃になる上で、その相手は別にシベリウス殿下でなくてもいいって思ってますし、今はもっとそう思ってます」
「何が言いたい」
「正々堂々と、あなたがユスティーナを王妃にすればいい」
頭が痛い。こいつ、俺だけが聞いているからいいものの、下手をしたら兄上に対する不敬罪、もしくは謀反の疑いで捕まるぞ。
アルマンは兄上を蹴落として、俺が皇太子になってユスティーナを娶れと言いたいのだ。
「滅多なことを軽々しく言うな。さっき忠告したばっかだろ」
「俺、将来国を出ようと思ってるんで、あんまりそういうの気にしてないんですよ」
「国を出る?」
「はい、世界はもっと広い。俺は国にいたらどうしても家に縛られるから。だからそこから自由になりたい」
アルマンがどこか飄々として見えるのは、外に出たいからなのか。
でも、なんか不愉快なもやもやが胸にわきあがる。
「……それはずるくないか」
「えっ?」
「俺だって、自由になりたい」
「じゃあ一緒に旅に出ます? そうするとユスティーナは諦めないといけないでしょうけど」
アルマンの誘いに、俺は長考してしまった。王族なんていう身分は捨てても構わないし、むしろ捨てられたらせいせいするから、旅に出るのは魅力的だ。
でも、ユスティーナを諦められるのか? だって、側にいないと他の男にきっと取られる。それにムハンド王国が占いを信じている内は刺客を送り込んでくる可能性が高い。
ユスティーナを見殺しになんか出来ない。他の男に守られているのも見たくない。俺の手で守りきりたい。
「……………………それは嫌だ」
「めっちゃ考えるじゃん。でも嫌なんですね。ふは、いいっすよ。サリュ殿下って話してみると面白いですね。ユスティーナが惹かれる理由が分かった気がする」
「えっ、ユスティーナは俺のこと好きなのか?」
アルマンに思わずつかみかかる勢いで詰め寄る。
「それは俺の口からいったらダメでしょ」
「お前、こういうときこそ口を軽くしろよ!」
アルマンの胸ぐらを掴み、ぐらぐらと揺する。
「痛いっ、ちょっと暴力反対!」
「こんなの暴力の内に入るか! ほら、言えよ、すべて吐いちまえ、真実を明らかにしろ!」
「いやいや、真実って意外と残酷なときもあるっていうじゃないですか。ここはそっとしときま――――え、嘘、ちょっとサリュ殿下、本気で手を離して!」
ん? アルマンの胸ぐらを掴んだところに丸いものがあるけれど、なんか熱いような?
――――パンっ
と何かがはじけ飛んだ。
途端に、頭の中がぐちゃぐちゃになるほどの何かが流れ込んでくる。
何だこれ、俺のなのか? でもこんな記憶は知らない。こんな過去はなかったはずだ。
『サリュ殿下、大丈夫です?』
遠くでアルマンの声がする。
『くそっ、今日魔力を一気に流しすぎたせいか……それともサリュ殿下が興奮するあまり今魔力を注いだのか?』
全身を魔力を帯びた何かがぐるぐるとまとわりついている感触がある。気持ち悪い。
『中途半端に石が覚醒したあげくに割れちまった。いったい、どういう状況になってるんだよ!』
アルマン、叫ぶな。頭に響くだろ。黙れ。
『やばいな、これ。何か起こってるけど、きっと発動させたのサリュ殿下だ』
うるさいと思っていたら、だんだんと聞こえなくなってきた。
その代わりに景色や人物との会話とか、いろんな情報が濁流のように頭の中に入ってくる。
う そ だ ろ
これ、全部俺がやったことなのか?




