いざムハンド王国へ(2)
休憩を終えて再び馬車は走り出す。だが、すぐに停まってしまった。
何かあったのだろうかと不思議に思っていると、御者が小窓のノックしてくる。
「何があった?」
アルマンが小窓を開けて御者に尋ねる。
「実は、数日前に落雷があったようで、木が道を塞ぐように倒れているのです。付近の村のものや通行人がどけようとしているのですが、巨木すぎて作業が進んでいないようですね」
反対側の小窓からのぞき見ると、確かに大きな木が横倒しになり、その手前で人々が立ち往生していた。
このまま道のど真ん中に停まっていても仕方ないので、先に停められていた馬車に並ぶように道の端へと停め直す。
「あの木をどうにかしないと進めませんが……私の魔力じゃ持ちあげたり小さく切ったりするのは無理そうですし」
大人が数人手をつないでやっと一周できるくらいの巨木だ。かなり重いはずだし、切るのも簡単ではない。
「んじゃ、燃やすか」
サリュ殿下がぽつりとつぶやいた。
「あんな大きな木を?」
信じられないとアルマンが目を見開いて驚いている。
確かにあんな巨木を燃やすって、どれだけの魔力が必要なのだろうか。
「持ちあげるよりかは現実的だろ。いったん火がつけば、全部魔力で燃やさなくてもいいし」
「いや俺達そんなに魔力ないじゃないですか」
アルマンが呆れたように言い返した。
アルマンも賢者の石を育てる責務を負うくらいだから、ちゃんと魔力はある。だが、そこまで魔力は大きくない。石を育てるのは一気に魔力を注いじゃいけないから、魔力が少ないものでも可能なのだ。
当然、私もアルマンと似たり寄ったりだ。
そして、サリュ殿下は人前では魔力が大きくない不利をしているから、アルマンが呆れるのも分かる。
「アルマン、大丈夫だ。俺は火系の魔法が得意なんだ」
サリュ殿下は不敵な笑みを浮かべて、アルマンの方をポンと叩いて巨木の方へと歩み寄っていった。
「えっ……何あの自信。もしかして、サリュ殿下って実力隠してる系?」
「実はそうみたいなの。片手一振りで暖炉の火をつけてしまえるくらいだから、火系の魔法は得意よ」
「うっそだろ。顔は良いし家柄も良いし、魔法も実は得意とか……おまけに母親を助けに行くんだろ。性格も良いとかバグってるとしか思えん」
アルマンの言葉に、私は思わず素直な感想をこぼしていた。
「性格が良いかは謎だけど、でもまぁ、優しいよね」
「ふーん、へぇ、そう」
「なによ、ニヤニヤして」
「べっつにぃ。ユスティーナこそ自分のことじゃないのに自慢げにニヤニヤしてるぞ」
「し、してないもん! ほら、早くサリュ殿下のところへ行こ」
サリュ殿下は巨木の撤去を取り仕切っていると思われる人物に声をかけていた。
「本当に出来るんです? かなり魔力を消費しちまうと思いますがね」
おそらく近くの村の人なのだろう。手には斧を持っている。
「平気だ、加減して使うから。俺の魔力の心配よりも、山火事にならないように、そちらを気をつけて欲しい」
「……まぁやってくれるなら有難いですけどね。じゃあ山火事にならないように、巨木の周りの木を伐採するんで、少し時間をくれますかね」
村人は半信半疑のようすで、肩をすくめていた。
「構わない。準備できたら言ってくれ。すぐにやるから」
サリュ殿下はそう言うと、踵を返して私達の方へときた。
「サリュ殿下、私も微力ながらお手伝いします」
「俺も、本当に微力にしかならないと思うけど」
私とアルマンが言うと、何故かサリュ殿下は驚いたような表情を浮かべた。
「どうしてそこで驚くんです?」
分からなくて私は首を傾げる。
「いや……まさか、こんな当たり前に助力してくれるとは思わなくて」
私はぐっと胸の痛みをこらえた。
城の中で誰からも助けてもらえなかったのだと、言外ににじみ出ていて、サリュ殿下の過ごしてきた孤独が垣間見えてしまったから。
「協力するに決まってるじゃないですか。私たちは一緒に旅してるんだから」
「そうか、うん、そうなんだな」
サリュ殿下が笑った。
その控えめな笑みが、これ以上ないほど綺麗で、別の意味で胸が痛い。美しいの過剰摂取は良くない。心臓が壊れてしまうではないか。
「え、なに、俺ジャマ?」
アルマンの気の抜けた声が聞こえた気がしたが、心臓の音にかき消されてしまった。
村人から準備が出来たと言われて、サリュ殿下を挟むように三人で巨木の前に立つ。
「とりあえず、真ん中を燃やしきれば通れるようになるから。爆破するくらいのつもりで一点集中するぞ」
サリュ殿下のいささか過激な鼓舞に若干引くが、アルマンは気にならないらしく「おう!」と返事をしていた。
「あんちゃん、嬢ちゃん、気をつけろよー。無理せんでいいからなー」
少し離れた場所から村人や立ち往生の通行人から声がかかった。
目を瞑り、両手を前に押し出すように構える。集中して魔力を高める。
「よし、いくぞ!」
「「はい」」
サリュ殿下の声に返事をし、燃えろと思い切り魔力を放つ。
手のひらが熱い。自分の最大出力だからだと思っていたのだが、閉じていた目を開けたら違うことが分かった。
「す、すげぇ」
アルマンからこぼれたつぶやきは、私の内心とリンクする。
目の前では巨木がごうごうと燃えさかっている。火がついて燃え広がった程度ではない。魔力で一気に燃やされている光景だった。
私とアルマンの力でこんなことになるはずがない。ほぼサリュ殿下の力だ。
でも、サリュ殿下だけに負担を強いるのは何か嫌なので、必死で燃えろと魔力を注ぐ。
あ……だめだ、一気に注ぎすぎたかも……目の前がゆがんで見える……。
「おい、ユスティーナ!」
最後にサリュ殿下に名前を呼ばれた気がする。
返事をしなきゃと思うけれど、声が出ない。ごめんなさい。無視してるわけじゃないの――――
「はっ?」
私は見慣れぬ板張りの天井に飛び起きた。
なんだ? またループ……なはずはない。だって死んでない、え、死んでないよね?
混乱のあまり自分がどういう状況なのか分からない。
「起きたのか。お前、魔力を一気に使いすぎなんだよ。急にふらついて倒れるから心臓止まるかと思ったぞ」
声のした方を向くと、サリュ殿下が呆れた表情で立っていた。
「あ……そっか、木を燃やそうとしてたんだった」
思い出した。今まで体内にあった魔力を一気にひねり出しすぎたから、貧血ならぬ貧魔力になったのだろう。
「村長の計らいで休ませてもらってる。ほら、水飲め」
サリュ殿下に差し出されたコップを受け取り、ありがたく一口飲んだ。
「サリュ殿下、申し訳ありません」
「謝らなくても良いが、どうしてあんなに魔力を使った」
「ええと、なんというか、サリュ殿下にばかり負担させたくなくて……でも、かえってご迷惑をかけてしまいました」
あの火力はほぼサリュ殿下の魔力だった。協力して旅をする仲間という存在を嬉しそうにしていたサリュ殿下を知ってしまった。仲間なら足手まといになりたくなかった。ちゃんと力になりたかった。すごいな、助かったって言われたかった。
ぜんぶ、私の自分勝手な思いだ。
「ユスティーナ……お前って奴は」
サリュ殿下のつぶやきに、私はぎゅっと身を縮こまらせる。きっと怒ってる。本当は一人で出来たのに、私のせいで旅は足止めだ。
「これ以上、俺をどうしたいんだよ。もっと欲しくなっちゃうだろ」
「えっ?」
なんか予想外の言葉が聞こえた。
「俺のために、倒れるくらい魔力使っちゃうのかよ。本当に……バカだな」
立ったままのサリュ殿下は俯いて手でおでこを押さえているせいで、表情が見えない。でも、なんとなく耳が赤いような……?
「サリュ殿下、その、怒っていらっしゃらないのですか」
「怒るはずないだろ、このバカ」
またバカって言った。二回も言わなくても良いのに。
でも、不思議と嫌な気持ちはない。だって、この『バカ』には親しみが籠もっていると思うから。




