いざムハンド王国へ(1)
いざムハンド王国に行こうと決めたが、そう簡単にはいかない。勝手に旅に出たら大騒ぎで捜索隊を出されてしまうからだ。なので、私達は裏工作をすることにした。
タイミング良く夏の長期休暇に入る。学園の生徒達は、親元を離れているものは帰郷したり、または自分の家の領地へバカンスがてら友人達と出掛けたりするのだ。
それをなぞり、私は叔父達の領地へと遊びに行くと両親に話し、サリュ殿下と旅に出たのだった。
出立して約半日、馬車に揺られているのもなかなかに疲れる。今は馬に休憩をとらせるためと、自分たちの休憩のために、林道の脇にある泉のほとりで停まっている。
「ユスティーナ、嘘をついて良かったのか?」
無理矢理ランチをした日から、サリュ殿下が私を名前で呼んでくれるようになった。この時間軸では『あんた』とか『お前』とか『おい』だったから、ちょっと嬉しい。まるで二回目の時間軸の楽しかった日々が戻ってきたみたい。
「いーえ、叔父様達の領地はムハンド王国の方にあるのです。帰りに寄れば嘘にはなりません」
「お前な……まぁ、俺もそれに便乗しているわけだから、文句を言う権利もないか」
「なぁ、お二人さん。俺の目の前でそういう話やめてくれない? どんな顔して聞いてりゃ良いんだよ。嘘の片棒を勝手に担がされてる俺の身にもなってくれよ。そもそも今初めて目的地がムハンド王国だって知ったんだけど」
私とサリュ殿下の会話に挟まってきたのは、従兄弟のアルマンだ。
さすがに私とサリュ殿下の二人で旅など許可が出るわけがない。形式的には、私がアルマンと一緒にアルマンの両親に会いにいく、そこにアルマンと仲良くなったという体でサリュ殿下がついていくという具合だ。
実際はサリュ殿下とアルマンはこの旅がほぼ初めましてだったりするが。しかも前の軸ではサリュ殿下にアルマンはぶっ飛ばされているし。
「ごめんね。ムハンド王国に行くって言ったら、アルマンが協力してくれないかもって思って」
アルマンは学園を卒業したら国外に出てみたいと三回目の時間軸で言っていたから、夏休みを利用して、行き当たりばったりでいろんな場所を旅しようと誘ったのだ。
ムハンド王国に行くと言えば断られると思ったので、ざっくり『いろんな場所』と濁してみた。ムハンド王国とは下手したら戦争になりかねなかっただけに、ルシール王国の人間が立ち入るのは少々身の危険を感じるからだ。
「しかも俺、ユスティーナが友達も連れて行くって言ってたから、てっきりイリーナ嬢だと思ってたのに……、まさか殿下だなんて」
アルマンはがっくりと肩を落としてしまった。
「ご、ごめんね、アルマン。そりゃ私が誘うって言ったらイリーナだと思うよね。でもこれには深ーい理由があるの」
「理由なんて、兄殿下に愛想尽かして弟殿下に乗り換えたってだけだろ。親の目盗んでいちゃいちゃするのに俺を使うな――――」
アルマンがふてくされたように言った内容に、サリュ殿下が動いた。
私の目の前を褐色の肌が横切っていく。そして、アルマンはサリュ殿下に胸ぐらを掴み上げられていた。
「訂正しろ。ユスティーナを侮辱するような発言は許さない。これは、俺のためにユスティーナが心を砕いてくれた結果の旅だ」
「わ、わわわかった。悪かったよ、一緒に旅するって言うのに肝心なことを隠されてて面白くなかったんだ」
「……なるほど。それもそうだな。俺も悪かった」
サリュ殿下はあっさりと手を離し、先に歩き出す。
私とアルマンは数歩遅れて進み出した。
「サリュ殿下って意外と素直に謝るんだな」
アルマンがサリュ殿下に聞こえないよう小声で会話してくるので、私も小声で返す。
「ちょっと失礼よ。今回のサリュ殿下はかなり好青年に育ってるんだから」
「は、今回? どういうこと?」
「あ、いけない。なんでもないわ。それより早く行きましょ。サリュ殿下に置いて行かれちゃう」
あぶない。ループしていることを知らない相手に言ったら、ただの謎発言にしかならないから気をつけなくては。
「それより、なんでムハンド王国に行くんだよ。今は使節団のこともあってピリピリしてるし、入国するのは危ないんじゃないか。いくらサリュ殿下のお母上がいらっしゃるとはいえ……まさか、それ関連?」
アルマンってなかなか勘が鋭い。
「サリュ殿下、この旅の目的をアルマンにも話して良いでしょうか?」
勝手に話すのははばかられるので、私はサリュ殿下の背中に向かって尋ねる。
サリュ殿下は足を止めると、振り返らずに「構わない」とだけ言った。
「じゃあサリュ殿下の許しが出たので、ざっくりと説明します。ムハンド王国からサリュ殿下のお母上であるディークシャ様を連れ出します。それがこの旅の目的です」
「はぁ?! なんでだよ。ルシール王国にいたせいで体壊して帰国した御方だぞ。それなのにムハンド王国から連れ出してどうするつもりだ」
アルマンが呆れたようで問い返してくる。
「連れ出してからのことはまだ考えていないの。でも先のことよりもまずは無事に保護することが重要だと思う」
「王妃様が使節団と揉めたせいか?」
「えぇ。そのせいでムハンド王国は怒っていて、ルシール王国に痛手を負わせようと、サリュ殿下に協力するよう迫ってきてる。お母上がどうなってもいいのかって、脅しと一緒に」
アルマンの表情が曇った。
「……そりゃまた……難儀だな」
「そうなの。でも、下手に陛下のお耳に入ったら、サリュ殿下の立場が悪くなるかもしれないから言うに言えなくて。サリュ殿下がムハンド王国と内密に連絡を取り合っていたのは事実だから」
そう、これも問題なのだ。
サリュ殿下は立場がもろい。後ろ盾となる人がいないから。少しでも弱みを見せると、容赦なく足下をすくわれてしまうだろう。
勝手に密偵をムハンド王国に送りつけられているとはいえ、サリュ殿下はその密偵と会ってしまっている。しかも何度も。
これが明るみに出たら、王妃など嬉々としてサリュ殿下を謀反人として捕らえようとするに違いないのだ。
「サリュ殿下の立場もそうだけど……その、酷いこと言いたくないけどさ……」
アルマンは言いよどんだ。
彼の言いたいことは分かる。だから、私は代わりに口を開いた。
「そうね。たぶん、ルシール王国はディークシャ様のために動くことはない……」
これが陛下に助力を求めなかった最大の理由だ。
もちろん、陛下も心を痛めはするだろう。仮にも側室だった女性だから。
でも、側室のなかの一人でしかなく、しかも故郷に帰している。もう別れて十年は経っている相手だ。そんな人物を助けるだろうか。残念ながら、容赦なくその存在を切り捨てるだろう。
だからこそ、強硬手段に出るのだ。自分たちで救い出す。
お母上はムハンド王国の城内にいるらしいという情報は掴んでいる。サリュ殿下のところにきた密偵が、お母上は城内にいるからすぐに手を下せると脅してきたのだという。こんな学生の分際で、城内にかくまわれているという女性を助けられるかと問われたら、答えに詰まるけど。
サリュ殿下も最初は難色を示した。確かに無謀だと思う。
でも、やらなくて後悔するよりは、やってみて後悔する方が絶対マシだと思うのだ。
助けようとしなければ、絶対に助けられないのだから。
奇妙な三人組でムハンド王国への旅が始まりました(笑)




