四度目の正直(7)
「差し支えはあるでしょうが、正直に白状してください。それは私に関係があるのですね」
「ない」
サリュ殿下は視線を逸らして、むしゃむしゃと食べるスピードを速めた。
「食べ終わったとしても、逃がしませんよ。一緒にランチをしようとお誘いしたのです。私はまだ食べ始めてもいませんよ。私が食べ終わっていないのに離席することはマナー違反です」
そう、私のランチボックスはまだ開けてもいないのだ。
「うぐっ。別に、ええと、そんなつもりじゃない」
「さようですか。なら良いのですが。それよりも、誤魔化されませんよ」
「何をだよ」
「誰かが私を狙っている云々の話です」
「ちっ、んだよ。答えなくても良いって言ったくせに」
柄悪く拗ねだしたよ、うん。でも、答えてもらわないと私の気が済まないので無視だ。
「え、何か言いました?」
私は威圧するかのように、笑みを浮かべたまま首を傾げる。
すると、サリュ殿下は観念したのか、苦虫を噛みつぶしたような顔になった。
「じゃあ……言うけど。兄上と婚約破棄してから、学園内であんたがお人好し行動を発動するたびに悪い虫が寄って来てる。だから、目についた奴はムカつくから俺が蹴散らした。はい、これでいいだろ。嘘は言ってないぞ」
え、そんなことしてたの? というか、私に悪い虫ってどういうこと?
そんなの全く知らなかった……って、サリュ殿下の言うことが真実なら私が知る前に蹴散らされているのか。そりゃ知らないはずだ。
って、違う!!
それも驚きだが、狙うの意味が違う。私を邪魔に思って排除したい人がいるだろうという問いの答えを知りたいのだ。
「はぐらかさないでください。使節団が来訪した際に何か言われたのではないですか?」
「……それ、確信してんの?」
サリュ殿下の紫の瞳が探るように少し鋭くなった。
「えぇ、ほぼ確信しています。だから、その理由と詳しい内容が知りたいのです。どうやったらサリュ殿下を救えるのか考えるために」
「はぁ……まったく、嫌になるな。あんたはいつも俺の予想を超えてくる。俺は、あんたに救ってもらいたいんじゃない、あんたを救いたいのに」
サリュ殿下はサンドウィッチの最後の一口を飲みこむと、思考をまとめるかのようにゆっくりと手を拭く。そして、今まで隠されていた第三者の影について話し始めた。
もともとムハンド王国は我が国のことをあまり好きではなかったが、それでも国益のために我慢して友好を結んでいた。だが、王妃がきっかけでそれが崩れた。
王妃が使節団と揉めて、表面上は陛下とサリュ殿下がなだめて事なきを得たことになってるけど、実際のところ怒りは収まっていなかったらしい。
パーティー直後に使節団の団長に呼ばれたサリュ殿下は、ある選択を迫られたとのこと。
「俺に、ルシール王国を捨てて、ムハンド王国につけと言ってきた」
だけど、サリュ殿下は断った。
ルシール王国に対してというよりも、ムハンド王国に対して思い入れがないからだ。母が暮らす国とはいえ、自分自身は訪れたこともない国。嫌っている国の王族である自分が、ムハンド王国に受け入れてもらえるとは思えなかったのもある。
「ルシール王国でさえ、俺は異国人扱いなんだ。ムハンド王国なんてもっと差別的な扱いを受けかねない」
しかし、ムハンド王国につくことを拒否すると、今度はとんでもないことを言いだしてきたのだ。
「母上が……どうなってもいいのかと言われた」
うなだれて、歯を食いしばるようにサリュ殿下は言った。
かつては捨てられたと思って、恨みさえ抱いていた相手。でも、今は息子を置いていかなければならなかった状況だったのは理解している。きっと国に帰っても心配していたのではないだろうか。置いていった自分を責めていたのではないだろうか。
そう思うと、サリュ殿下は母を見捨てることも出来ないし、だからこそどうすべきか悩んでいたのだと。
サリュ殿下の話を聞き、私はこう思った。
「脅しの材料にされるということは、お母上さま、ムハンド国で元気に暮らしていらっしゃるのですね。まずはそこに安心しました」
「えっ……あぁ、うん。そうだな、まずはそこが一番大事だ。ちゃんと生きていてくれて良かった」
一瞬目を丸くして驚いたサリュ殿下だったが、すぐにほっとしたような笑みを浮かべた。
「それにしても人質とか卑怯ですね。ん? でも、それと私が狙われるのとどう関係が?」
「ムハンド王国が占いを重んじているのは有名だろ」
「はい。王妃様もそこを上手いこと逆撫でしていたくらいですから」
「占いの結果、ルシール王国に繁栄をもたらす人物なんだってさ」
「誰がです?」
「あんただよ、ユスティーナ」
「私?!」
私がルシール王国に繁栄をもたらすとはどういうことだ。シベリウス殿下の婚約者の頃であれば、分からないでもないけれど。今は一介の貴族令嬢にすぎない。
意味が分からなくて、思わず背もたれに寄りかかる。すると姿勢が変わったので、首から提げている『石』が服の中でコロッと動いた。
石……もしかして賢者の石か!
おそらく、私の育てている賢者の石はもうすぐ完成する。そして完成したならば、国益となるのは必須。どう使うかは分からないけれど大きな力だ。国を繁栄させるというのも信憑性があるのではないだろうか。
しかし、賢者の石のことは一部の人しか知らない国家機密。婚約者だったシベリウス殿下にも正式に婚姻するときに告げる手はずだったので、彼も知らないことだ。だからサリュ殿下も知らないだろうし、ましてや他国の使節団が知っているはずもない。
「占い……信憑性はいかほどなんです?」
「知らん。でも、何通りもの占いを試して、すべてユスティーナを示したと言っていた。だから、ユスティーナを亡き者にすればルシール王国に痛手を負わせられるはずだと。あいつらは占いを良くも悪くも信じるからな」
だから、どの時間軸のサリュ殿下も私を殺すだなんだと言っていたのか。となると、大なり小なり、いつの時間軸も王妃様は使節団と揉めていたと言うことらしい。確かに、三回目のときも私がなだめに入ったとはいえ、揉めてはいたしな……。
不可解でしかなかったサリュ殿下の行動が、すべて一本の線で繋がった気がした。
想像でしかない。だけど、一回目はサリュ殿下に辺境の地へと追放された。それは、サリュ殿下がムハンド王国から私を守るためではないか。辺境の地へ追放したのだから、もう死んだも同然ですというアピールなのでは。
二回目は第三者の気配があった。つまり私はサリュ殿下に切られたのではなく、ムハンド王国の刺客に切られたのかもしれない。だって、私は背後から切られたから、切った人物をこの目で見たわけではないのだ。それに自分で殺したのであれば、死に際にサリュ殿下はあんなに謝らないと思うし。
三回目は、誰かに殺される前に自分が殺すと言っていた。でも、結局はためらって構えた短剣が私を切ることはなかった。私が逃げ損ねて手すりから落下したのが大誤算だっただけだ。
「サリュ殿下は、きっと私を《《殺してません》》!」
どの軸でも、私をムハンド王国から守ろうとしていたのではないだろうか。だけど、毎回私はサリュ殿下を選ばなかった。単純に拒否されたことがショックなのもあっただろう。だけど、私が手を取らずに離れようとするから、それでは守ろうにも守れないという焦りもあったに違いない。
ただの闇落ち王子だと思っていたけれど、正確には闇落ち発言こそしていたが、闇落ち行動はしてなかったのだ。
「殺してない……? いや殺す気はさらさらないけど、でも、ムハンド王国はしつこいから。俺のところに来ている催促も、無視し続ければ勝手に刺客を送ってくるかもしれない」
サリュ殿下が考え込んでいたのは、どうやってムハンド王国を、いや、どうやって私を助けるかということだったのか。
サリュ殿下がこんなにも私のことを考えていてくれただなんて。なんだろう、こんな非常時なのに嬉しいと思ってしまう。心がふわふわとして浮かびあがってしまいそう。
「ならばサリュ殿下、こちらから行きましょう!」
「行く? どこに?」
「ですから、私達でサリュ殿下のお母上を救い出すのです。そうすれば、サリュ殿下は脅しに屈しなくても良くなりますから」
うん、なんて完璧な答えなんだ。
私は自信満々でサリュ殿下に詰め寄るのだった。
ついに裏で手を引くムハンド王国の存在が明らかに。
サリュ殿下はいつの時間軸も苦しい立場だったようです。
先が気になると思ってくださった方は、フォローや下部の☆☆☆☆☆から評価ポイントで二人を応援していただけると、彼らも喜びます (^o^)/




