四度目の正直(6)
翌日、登校したサリュ殿下はやはりどこか憂いを帯びていた。その表情や雰囲気に周りの女子があてられて倒れていたくらいだ。いや、男子も数人混じっている。威力がすごすぎる。私と同い年のはずなのに、その色気はどこから来るんだ?
しかし、そんな色気に私は惑わされない。だって、その色気は憂いから来ているのだから。私はサリュ殿下の憂いを取り除きたいのだ!
「サリュ殿下、たまにはご一緒にランチでもいかがですか!」
色気にあてられないように気合いをいれて話しかけたため、怒鳴りつけるような口調になってしまった。
「い、いいけど。どうした?」
少し首を傾け、美しい白銀の髪が動く。きらきらと反射しているかのようでまぶしい。
「くっ、負けない。私は倒れない――――さぁ、行きましょうか」
サリュ殿下の色気の過剰攻撃を耐えきった私は、空き教室へとサリュ殿下をエスコートするのだった。
「それで? わざわざ移動して何の話だ」
空き教室につくと、サリュ殿下はさっさと適当な席について、昼食を食べ始めてしまった。
ちなみにサリュ殿下は食堂を利用せず、持参したものを食べている。それはシベリウス殿下も同様だが、毒の混入を防ぐためと以前聞いたことがある。
目の前で具沢山のサンドウィッチをもしゃもしゃと頬張っている。さっきまでの憂いを帯びた色気はどこに行ったとばかりの、腹ぺこ男子がそこにはいた。そのことに、なんだかほっとしてしまう。
私はサリュ殿下の前の席の椅子を反対向きにして、向かい合いように座った。
「王妃様がムハンド王国の使節団と揉めたと小耳に挟みました」
「箝口令が敷かれているはずだが……まぁ形だけだし仕方ないか。まったく余計なことしかしないよな、あのばばぁ」
ばばぁとか、相変わらず口が悪い。でも、まぁ言いたくなる気持ちは良く分かる。
「その、実は……使節団来訪の際に開かれたパーティーに私も呼ばれていたのです。王妃様から直々に手伝いに来いと言われていたのに、行きたくなくて仮病を使いました」
「……それで?」
私が何を話したいのか要点がつかめないらしく、サリュ殿下は小さく首を傾けている。
あ、サンドウィッチからはみ出たソースが口の横についている。小さな子供みたいな様子に笑いそうになってしまうが、ここで笑ったら機嫌を損ねるかもしれないから我慢だ。でも、ソースがついた相手に話し続けるのも気になってしまう。
「殿下。ソースが、その、口元に」
私は自分の口元をさしてこのあたりと教えると、サリュ殿下はきょとんとした表情を浮かべた。
なんか可愛いな、その表情。そんな風に思っていた私は、サリュ殿下の逆襲に遭うことに。
「どこ、拭ってくれよ」
あっという間ににやにやとした表情に変わったかと思うと、私に顔を近づけてくるではないか。
「ご、ご自分で拭ってください!」
思わず持っていたハンカチを投げつけてしまった。
だって、近いんだもん。サリュ殿下ってこっちが恥ずかしくなるくらい美人だから、至近距離で見つめられたら何も考えられなくなってしまう。
前はこんなこと思いもしなかったのに……最近になって、急にサリュ殿下の綺麗さが気になって仕方がないのは何故だろうか。
「酷いな、投げつけなくたって良いだろ」
サリュ殿下は口では文句を言いながらも、機嫌良さげにハンカチで口元を拭っている。
「これ新しいものを返すから。それで、話の続きだ。仮病を使ってパーティーに行かなかったから何だというんだ?」
そのまま返してもらえればいいのだが、王子殿下のプライドなるものかもしれないので、そこは突っ込まないようにしておこう。
「私がパーティーにお手伝いに行っていれば、暴走する王妃様を少しは止められたと思うのです。ほら、私ってもう十年くらい王妃様と接していますから、王妃様の扱いはそこそこ得意なんです」
「確かにあんたにとって王妃はただの変な奴だからな。まさか向こうはそういう扱いをされているとは思っていないだろうが。だが、あんたはもう王家とは無関係だ。責任を感じる必要はない」
サリュ殿下はきっぱりと言い切った。
でも今のサリュ殿下は知るはずもないが、私は三回目のループで王妃様を止めているのだ。今回私が止めなかったせいで国の友好が途絶えようとしてただなんて、責任を感じるなと言う方が無理だろう。
「ですが……シベリウス殿下はパーティーのさなか雲隠れしていたとも聞いています。私と婚約破棄したせいで少々羽を伸ばしすぎです。それもあって何か申し訳ない気がしているのです」
「それこそ、あんたが気に病む必要のないことだ。それとも――――兄上に未練があるのか?」
サリュ殿下が手に持っていたサンドウィッチを急にランチボックスに戻した。何やら声質も剣呑な響きを含んでいるような……?
サリュ殿下の深淵をのぞき込むような瞳があやしく射貫いてきて、ぞっと背筋が凍る。
「ち、違いますよ。シベリウス殿下に未練などこれっぽっちもありませんから。むしろ軽薄で思慮が浅くて幻滅の一途を辿ってますがなにか?」
あっぶない。なにこれ、闇落ちフラグを立てるところだった。誤解だろうと私が他の人を選ぼうとすると闇落ちするの本当にびびる。
まさか、こんなに好青年に育ってくれた四回目でも、一歩間違えば闇落ちしかねないって怖すぎるだろ。
「ならいい。俺も兄上には思うところがあるが、それは陛下も同じようだし。今のまま態度が変わらなければ、痛い目を見るだろうな」
重苦しい気配はすぐに消え失せ、サリュ殿下は再びサンドウィッチにかぶりつきはじめた。
シベリウス殿下が痛い目を見る? 浮かれすぎているから、その原因となったエリサ様との婚約をなかったことにされるとかだろうか? そんなことしたら一回目の時のように駆け落ちするだけのような気もするが。でもまぁ、それは私の生死には関係ないか。みんなに迷惑掛けなければ、シベリウス殿下がどうなろうが別にいいし。
「サリュ殿下の負担を考えると、やはり申し訳ない気持ちがあって。最近、殿下は何か考え込んでいるときが多いです。それも使節団の来訪があってからなので、もし立場的に苦しいとかなっていたらと心配なんです」
「……俺のことを心配?」
「はい、心配です。兄であるシベリウス殿下は役に立ちませんし、かといって私がお役に立てるかといわれると微妙なのですが……。でも、いないよりはマシだと思うんです」
「あんた、本当にお人好しだな。早死にするぞ」
え、何それ。急に恐ろしいことを言わないで欲しい。サリュ殿下に言われると冗談に聞こえないんだから。
「ははは……サリュ殿下でも冗談いうんですね」
苦笑いで濁しつつ、サリュ殿下を見る。するとサリュ殿下は真剣な表情を浮かべていた。
え、冗談じゃないの? 本当に早死にするって思ってる? やだやだ、今度こそ生き延びるって決めてるのに。
「冗談なんかじゃない。そうやってほいほいたぶらかすな。狙う奴がいろんな意味で増えるだろうが。だだでさえ占い…………いや、なんでもない」
占い? 言いかけた言葉のなかにひっかかりを覚える。
サリュ殿下の言い様だと、私を狙っている人がいるっぽいのと、それが複数だということ。でも『占い』って、まさかムハンド王国が絡んでいるのだろうか。占いといえばムハンド王国が浮かぶのだが。
これは、もしかしたら根底から考え直さなくてはいけないのでは。
私が死ぬのはサリュ殿下が闇落ちして殺そうとしてくるから。
でも、本当に?
何か裏があるのではないのだろうか。
一回目、サリュ殿下は私を辺境の地へと追放した。結果的に魔物に襲われて死んだけれど、サリュ殿下の手で直接殺されたわけではない。
二回目、婚約の申し出を断られて怒ったサリュ殿下が切りつけてきた。でも、私は逃げるために背中を向けていた。切る姿をこの目で見たわけではないし、剣を手にしたときサリュ殿下は周りを気にしていたような。もしかして第三者がいた可能性もある。
三回目、サリュ殿下に殺されそうになり、逃げ損ねて手すりから落ちた。ただ、サリュ殿下は他の人に殺されるくらいだったら自分が、というようなことを言っていた。他にも殺そうとしていた人がいるってこと?
そして、これが肝心。どれもこれも、使節団の来訪後の出来事なのだ。
「サリュ殿下。答えられないかもしれないですが、問うだけ問わせてください。サリュ殿下は、ムハンド王国から何らかの脅迫を受けているのですか」
「っ!?」
サリュ殿下は何も言わなかった。だけど「どうして」と言わんばかりの表情が、答えを教えてくれている。
今回の時間軸だけの情報じゃたどり着けなかっただろう。だけど、今までの時間軸もあわせて考えると、サリュ殿下以外の影がちらつく。そしてその影が、ムハンド王国な可能性は大いにあると思った。
ユスティーナが死ぬことには、何か裏があるようで?
よろしければフォローや下部の☆☆☆☆☆から評価ポイントで二人を応援していただけると、彼らも喜びます (^o^)/




