四度目の正直(5)
サリュ殿下が語った内容に、私は驚いた。でも、それ以上に胸が痛かった。こんな苦しみを一人で抱えていただなんて。
一回目、どうして怒り狂って私を辺境の領地へ追放したか。
二回目、どうして婚約話を断ったら殺してきたのか。
三回目、どうして従兄弟を選ぶようなそぶりに怒り狂って殺してきたのか。
全部、私が欲しかったからなんだ。
だからといって、やったことは許されないことだけど。
でも、そこに思い至った心境が、やっと、ちゃんと分かった。苦しいほど重々しい感情に驚くし、若干引くけれども。それでも、今、目の前にいるサリュ殿下はまだなんの罪も犯していないのだ。
「ユスティーナ。その、この際だから懺悔して良いか?」
ぽつりとサリュ殿下がこぼす。
「はい。この際だから言っちゃってください」
「そっか。先に謝っとく。俺はお前に対して申し訳ないことをした」
「そうなんです? でも、いいです。許します」
「内容を聞いてもいないのに?」
聞いていなくても、話の流れでなんとなく想像はつく。でも、仮に想像とは違う内容だったとしても、許してしまうと思う。だって、殺される以上に許せないことってなくないか?
「大丈夫ですから」
「じゃあ、言うぞ。その、兄上とエリサのことなんだが……」
やっぱり想像通りだ。今回も二人が浮気するように仕向けたのだろう。
「二人を止めなかった。俺は気がついていたのに、勝手にくっつけば良いとすら思ってた」
あれ? そそのかしたんじゃなくて?
止めなかっただけなの?
「学園に入学してから、わざと二人をくっつけるように細工をしようかと考えたこともあるんだ。でも、俺とも仲良くしたいと話しかけてくるユスティーナを見たら……さすがにそれは出来なかった。婚約者を取られたらユスティーナはきっと傷付くと思ったから。でも、結局二人を止めなかったせいで婚約破棄になっているのだから同じことだよな。婚約破棄になったのは止めなかった俺のせいだ、すまない」
言葉が出てこなかった。
彼を理解したいと話し掛け続けていた私の行動が、サリュ殿下の行動を変えていた。
些細な違いかもしれないけれど、サリュ殿下は二人をわざとそそのかすことは今回していないのだ。そのことに、胸が熱くなる。自分のやっていたことは間違っていなかった。
四回目にして、やっとサリュ殿下本人に会えた気がする。ちゃんと手が届いた気がする。だから、もう手を離したくないって思った。
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雨がやむまで二人でおしゃべりをした。こんなにたくさん喋ったのは初めてだ。
だけど、その会話の中でサリュ殿下は私に対して何も望まなかった。かつてのように、婚約してくれとも言わず、問答無用で俺を選べというわけもなく、ただ『あのとき』に抱いた私への思いだけを語った。
あれから一ヶ月が経ち、普通に学園に通う生活をしている。サリュ殿下は二回目の時のように私と会話するようになったけれど、変化はそれくらいだ。別にアプローチされるわけでもなく、遠ざけられるわけでもなく、ただ友人のように接するだけ。
でも、最近はちょっと元気がないというか、様子がおかしい気もしないでもないが。
放課後、私はイリーナに話を聞いて欲しいと我が家に誘った。
「なんかもやもやするの」
「ユスティーナ。ふふっ、それはもうアレね」
「アレってなに?」
「アレはアレよ。こういうのは自分で自覚しないとね」
イリーナが訳知り顔で言ってくるが、知っているなら教えて欲しい。もやもやしたままでは落ち着かないではないか。
「じゃあさ、ユスティーナはサリュ殿下に何か明確な言葉を言って欲しいの?」
「えっ……そ、そうなのかな」
確かに今の状況は宙ぶらりん。サリュ殿下の好意は感じるけどそれだけの状態だ。何も言われていないから、私から何か反応する必要もない。
でも、今回のサリュ殿下は私のことを本当に好きなのだろうか? 幼少期の執着のようなものかもしれない。シベリウス殿下とエリサ様の浮気を止めなかったのも、ただエリサ様と結婚したくなかっただけかもしれない。
そんな風に思えてきて……サリュ殿下が私のことを今回も好きなのか不安になる。
あれ、不安になる? 私を好きじゃないことに? じゃあ、好きであって欲しいって思っているの?
「あー、全然わからない。頭の中がまとまらない!」
「ふふっ、悩むのも青春よね」
結局、イリーナは楽しそうに私を見ているだけだった。
イリーナが帰った後、私はぼんやりと考え続けていると、従兄弟のアルマンが屋敷にやってきた。どうやら叔父様のお遣いで届け物をしに来て、ついでに私のところへ顔を出したらしい。
「よ、暗い顔してどうしたんだよ」
「アルマン……あぁ、アルマン、あなたを見ると悲惨な記憶が蘇るわ」
今の軸にループする直前、アルマンは私に乱暴していると誤解されてサリュ殿下にぶっ飛ばされていた。だが、私がアルマンを心配してしまったがために、サリュ殿下は一気に闇落ちし、殺されそうになった私は逃げ損ねて回廊の手すりから真っ逆さま……あぁ、思い出しただけで落ちていく瞬間の嫌な浮遊感に襲われる。
「うっ……」
「どうしたんだよ。俺の顔見て嘔吐くとか酷くないか?」
「これには深いわけがあるのよ。言えないけど」
アルマンは文句を言いつつも、特に気にしていないようだ。イリーナが食べなかった焼き菓子を、勝手に食べ始めている。
「それよりさぁ、この前ムハンド王国の使節団が来ただろ」
「使節団、あぁ、来ていたわね」
手伝いに来いと王妃から連絡があったが、三回目の二の舞は嫌だったので、仮病を使っていかなかったのだ。
「あれサボって正解。もう酷かったんだぜ」
「何があったの?」
「これ本当は箝口令が出てるんだけど、内緒で教えてやるよ。実は、王妃様が使節団の人を怒らせちゃってさぁ。キャットファイト始まっちゃって大騒ぎだよ。一時は友好国をやめるとか、そんな物騒な話までいったんだぜ」
そういえば、三回目のときに王妃様と使節団の人が険悪になったときに止めに入ったな……。ま、まさか、私が止めに入らなかったから、あの状態からさらに悪化してキャットファイトになってしまったのか?
「で、でも、友好が断絶したとは聞いてないわ」
「あぁ、陛下とサリュ殿下が必死でなだめて、なんとか分かってもらえたんだよ」
じわりと嫌な汗がにじみ出てくる。
嘘だろ、私、やっぱり手伝いに行った方が良かったの? でも、行ってたら死んでたかもしれないし。でもでも、今のサリュ殿下が私を殺そうとするとは思えないか。なら行っても大丈夫だった? むしろ行かなかったせいでムハンド王国との友好が断絶するかもしれなかった?
ぐるぐると考えが頭の中で駆け回る。が、あることに気がついた。
「もしかして最近サリュ殿下の元気がないのって、それが原因?」
「元気ないのか?」
「うん。なんていうか、ふとした瞬間に考え込んでいるというか」
「ふーん、じゃあそうかもなぁ。だって、端から見ていてもあれは可哀想だったもん。ルシール王国とムハンド王国に挟まれて、どっちもないがしろには出来ない状況に追い込まれててさぁ。たぶん、パーティーが終わった後にも、使節団の人達からいろいろ文句言われたんじゃないかなぁ」
双方の国を立てなくてはいけない苦しい立場、想像するだけで胸が痛くなる。
「おまけにさ、こんな騒ぎになっているのにシベリウス殿下来ないんだぜ? エリサ様の姿もなかったから、きっと二人で抜け出してたに違いないってみんな言ってる」
思わず頭を抱えた。
なんで私は行かなかったのだろう。サリュ殿下を一人でそんな苦境に立たせるだなんて。
しかも、相変わらずシベリウス殿下は役に立たないし。兄として、第一王子としてもっと責任感を持てよと苛立ちが募る。
本当に、婚約破棄して良かった。何度目は分からないけど、でも何度でもそう思う。
サリュ殿下のことを考えるともやもやしちゃうユスティーナ。
さらに殿下は窮地におちいっている様子で……?!




