四度目の正直(3)
慌てて走り出すも、あっという間に本降りになってしまった。
「あそこに小屋がある。とりあえずあそこで雨宿りするぞ」
こうして、私とサリュ殿下は森の小屋の中に避難することになったのだ。
小屋の中は猟師の休憩に使われているのか、思ったよりも綺麗だった。端っこの方には暖炉用の薪が積まれているし、小さなテーブルと椅子が一脚置いてある。
「冷えるな。暖炉があるから火をつけるか」
サリュ殿下はざっと小屋の中を見渡すと暖炉に近寄った。私が薪を渡すと、サリュ殿下は受け取って暖炉に放り込む。そして、手をかざすとあっという間に火をつけてしまった。私は集中してやっとつけれられたというのに。
「サリュ殿下、もしや授業で手を抜いてませんか?」
そう、サリュ殿下はあまり魔法が得意ではないというのがまわりの共通認識なのだ。別に使えないわけでもないけど、あまり魔力が強くないし、手際も特段良いわけではないという。
「本気を出す理由がどこにある? 俺はちょっと出来ないくらいにしといた方が、いろいろとちょうど良いんだよ」
知らなかった。四回目の人生で始めて知った事実だ。交流を持っていた二回目ですら気付かなかった。きっと、まだまだサリュ殿下はまわりに見せていないことがたくさんあるのだろう。
どうして見せないのか、その理由は分からないけれど。でも、それを分かりたいなって思った。
「どうしてちょうど良いんですか? 出来るなら出来るって見せた方が、サリュ殿下の評価も上がるじゃないですか」
「……俺は第二王子だからだよ。兄上より出来たらまずいだろ」
「サリュ殿下はサリュ殿下ですよ。確かに波風は立たないかもしれませんが、そのせいでサリュ殿下が我慢をする必要はないのでは?」
「必要があるんだよ。今もだが、幼い頃なんかは特にだ。母上に対する風当たりを少しでもなくしたかった。俺が優秀だと、他の王子達を推す奴らが母上に嫌がらせをしてくるからな」
えっ……? そんなことがあったの?
サリュ殿下の母が城にいた頃だから、とても幼い頃のはずだ。私がサリュ殿下と初めて会ったときにはもう母国へ帰っていたから。
そんな幼い頃から、サリュ殿下は大人たちの悪意にさらされていたのだ。そして、その悪意から自分の母を守ろうとしていたなんて。
考え込んでいると、サリュ殿下がいきなりシャツを脱ぎだした。
「サリュ殿下! お待ちください、なんで脱ぐんですかぁぁぁぁ」
私は森の小屋の壁に張り付いて叫ぶ。
「なんでって、服が濡れて寒いからだろ。お前も脱げよ」
「ぬ、ぬぎませんから」
信じられない。乙女の前で上半身裸になって、さらに脱げと催促してくるなんて!
「でも、このままだと風邪引くぞ」
サリュ殿下は飄々としたようすで、脱いだシャツをぎゅっと絞っている。したたり落ちるしずくをみて、そんなに濡れたのかと思うし、私の服も同じくらい濡れていると言うことだ。
確かにあんなに絞れるくらい濡れている服を着ていたら体が冷えるだろうし、風邪を引くぞと言われるのも分かる。
だが、一応淑女なのだ。非常時とはいえ、異性の前で服を脱ぐなど出来るはずもない。
「ふ、ふ、ふぇっしょん」
しかし、無情にも寒さに凍えるあまりくしゃみが出た。
「ほら、いわんこっちゃない」
サリュ殿下は呆れたように言うと、小屋の中を物色し始めた。そして、奥の方から何やら布を持ってくるではないか。
「これ着ろよ。洗濯はしてありそうだし、風邪引くよりはましだろ」
ぐいっと突き出された布を見ると、どうやら猟師が置いていった着替えのシャツのようだ。受け取って広げると、サイズが大きいので私が着れば膝の上あたりまでかくれそうである。
「あ、ありがとうございます」
「あぁ、後ろ向いといてやるから、さっさと着替えろ」
なんか、めちゃくちゃ優しいんですけど。大事にされてるようで、くすぐったい気分がする。
サリュ殿下が後ろを向いているのを確認し、急いで濡れた服を脱いでシャツを着る。まるでワンピースのような出で立ちだ。でも、乾いたシャツのおかげで寒さが和らぐ。
濡れた服を絞り、頭上に張ってあるロープに掛けた。おそらくこういう濡れたものを乾かす目的で張られたんだと思われるので、有難く使わせてもらう。
「おい、着替えたんなら暖炉の前に来いよ。せっかく火をつけたんだからな」
サリュ殿下は更に暖炉の中に薪をくべている。
すごく優しい。本当に私を殺してきたサリュ殿下と同一人物なのだろうかと疑ってしまうくらい、妙に甘酸っぱい空気が流れる。
でも、殺してきた時のサリュ殿下も、最後以外は優しかったから、あんまり油断もしちゃいけない。うん、そうだ。
私が一人頷きながら暖炉の前に行くと、サリュ殿下が毛布を差し出してきた。
「これ使えよ」
「ありがとうございます」
受け取って広げるも、サリュ殿下はただそれを見ているだけ。もしや、毛布はこれ一枚なのだろうか。サリュ殿下の手には何も掴まれていないし、側に別の毛布が置いてある風でもない。
「サリュ殿下が毛布をお使いください。私はこのシャツを着させてもらいましたから」
半裸の人から毛布を奪うなど出来るはずがないと、私は慌てて毛布を突き返すが、受け取ってくれない。でも使ってもらわねば困ると毛布を再び突き返す。
何度か私とサリュ殿下の間で押しつけあった毛布は、諦めたとばかりにサリュ殿下がやっと受け取ってくれた。
「さぁ、暖炉の前で暖まりましょう」
ほっとして私は暖炉の前に座り込む。手をかざすとじんわりと温かみが移ってきた。すると、背後からもふわっと温かさを感じるではないか。
「えっ?」
「二人で使えばいいだろ」
ぎょっとして振り向くと、びっくりするくらいの至近距離にサリュ殿下の顔があった。まつげ長いし、鼻筋通ってるし、濡れて頬に張り付く白銀の髪が色っぽい。
そう、私は毛布を被ったサリュ殿下に後ろから抱きしめられているのだ。もちろん、私の体に直接触れているのは腕くらいだけれど、囲い込まれているような格好に、緊張してしまう。
サリュ殿下の香水がほのかに漂い、それが密着している証に思えて余計に気恥ずかしくてバクバクと心臓が跳ねる。一気に体温が上がった気がする。
でも、逃げてしまえる程度の囲いなのに、なぜだか逃げられない。だって、居心地が良いと思ってしまったから。この温かい腕の中から抜け出すのは難しい。
暖炉の火がゆらゆらと光る。その揺らめきに身を任せるように、私はこの腕の中から抜け出すのを諦めた。
「サリュ殿下、お伺いしたいことがあります」
なんとなく、今ならサリュ殿下の、心の奥の気持ちを聞けるんじゃないかって思った。
「なんだ」
「本当のサリュ殿下は、どんな方なのですか?」
「……どういう意味だよ」
背後で身じろいだ気配が伝わってくる。
「先ほども魔力のことを隠していました。他にも本当の自分を隠しているのではないかと思ったのです」
実際は敬ってもいない兄を敬っているふりをしていたり。私から婚約者を奪うために、兄と己の婚約者が浮気をするようにわざとそそのかしたり。私が好きなのに私を殺してきたり。
サリュ殿下は矛盾の塊だ。
分からない。でも、知りたいと思う。自分のために。生き残るために。
いや、本当はサリュ殿下をただ知りたいだけなのかもしれない。泣きながら殺すって、どんな理由があったらそんなことになるのか。そんな苦しみを何故サリュ殿下が味わわなければならなかったのか。どうしたらその苦痛から逃してあげられるのか。
「俺は……そうだな。身を守るために必死なだけだ。国内に俺の後ろ盾となる人物はいない。母上もいない。何でなんだろうな。俺だって一応王子なのに……この国では異物なんだよ」
「そうでしょうか」
「そうなんだよ。のんきなお前には分からないかもしれないな」
む、失礼なと思いつつ、私はサリュ殿下の声に耳を傾ける。
「なぁ、あんたにもう婚約者はいない。俺もいない。だから……」
サリュ殿下はためらっているのか、言葉を切ってしまった。
「言ってください。私は聞きたいです」
ピクッとサリュ殿下の腕に少し力が入った。私はぽんぽんとサリュ殿下の腕を優しく叩き、大丈夫だと伝える。
「俺さ……あのとき、あんたが俺の婚約者になると思ってたんだ」
サリュ殿下はゆっくりと『あのとき』の話をしはじめた。
それは、私にとっては何気ない一幕だった。でも、彼にとっては天国から地獄を味わった出来事だったのだ。
小屋にて二人きりの時間。
ユスティーナとサリュ殿下の心の距離がじりじりと近づいていく……。
次話はサリュ視点となります!




