目指せ婚約破棄(1)
入学式、講堂に集まった新入生の中にサリュ殿下とエリサ様もいた。私を含め同い年なのだ。ちなみにシベリウス殿下は二つ年上の三年生である。
この王立魔法学園は魔力があれば平民でも入れる。ちなみにこの国では魔力があるのは国民の4分の1程度で、多くは王族や貴族が占めている。先祖が魔法の力を持っていたゆえに、国を建てる原動力となり、そのまま貴族階級を得たからだろう。
しかし、平民でも魔力を持つものは多少生まれる。彼らが力の使い方を間違えないように、暴走させることのないようにという考えのもと、魔力が発現した場合は無条件でこの学園に入ることが出来るようになっている。
また、魔力が無い場合でも、試験を経て一定の学力があれば入学を許可される。魔力がすべてでは無い、知恵を絞りあらたな技術を生み出そうとすることも重要と考えているのだ。
さて、入学してからが運命の分かれ道。私の思いつく生き残るための案は二つだ。
一つはシベリウス殿下とエリサ様が恋に落ちないように邪魔をするという案。
もともと二人に面識はあったけれど、親しく言葉を交わすようになったのは王立魔法学園に入ってからだった。毎日同じ場所に通うのだから必然と言えば必然かもしれない。
だけど、何だか気が進まなかった。だって浮気したのは事実だし、三年後の駆け落ちを防げたとしても、もっと先で駆け落ちするかもしれない。放っておけば恋に落ちる二人なのだから。そんな不安な思いをずっと抱えながら生きるのなんて嫌だ。
だから、私はもう一つの案を採用することにした。シベリウス殿下との婚約をさっさと破棄するのだ。
浮気王子などとは縁を切り、新しい人生を歩む。シベリウス殿下も正式にエリサ様と婚約できるし一石二鳥ではないか。
ただここで問題になるのが闇落ち王子たるサリュ殿下だ。彼の心のフォローをしなければ、また私に理不尽な怒りをぶつけてくるかもしれない。彼の様子には注意しなくては。
彼に関しては、私を辺境の地へと飛ばした恨みはあるけれど、やっぱり同じ被害者だという気持ちの方が大きい。そもそも、シベリウス殿下達が浮気しなければ、サリュ殿下はあんなことしなかったわけだし。
あのまま死んでいたらこんな風には思えなかったかもしれないけれど、今の私はちゃんと無事に生きているから。
終わったことより、これからのことの方が大切だ。
「方向性は婚約破棄に心のケアね、よし」
私は気合いを入れるために小声でつぶやく。
「ユスティーナ、どうかしたの?」
今は行動での入学式も終わり、教室へ向かって歩いている途中だ。私が一人でぶつくさ言っていたので、親友のイリーナが心配して声をかけてくれたようだ。
彼女はしっかり者で頼りになる子だ。幼少時からの付き合いのため、何でも話せる幼馴染であるし、ときたま予想外なことをいうので天然さんだと思っている。もっとも、私が彼女のことを天然だというと『あなたに言われたくない。そもそもあなたが天然だからそう思うのよ!』と反論されるけれど。
どうしてだろうか? 私は天然ではないのだが。
「イリーナ、どういう場合に婚約破棄になると思う?」
私はとりあえず親友に聞いてみる。
するとイリーナの表情が固まった。
「ええと……何をどう答えても怖いことになりそうなんですけどぉ」
イリーナが何故か涙目で困った表情を浮かべた。
「怖いことにならないために聞いているのに。ほら、何か答えて」
「ぐいぐい来るぅ……。何故そんな質問をするのか分からないけど、そうね……穏便そうな案だと婚約相手の嫌がることをする、とか?」
イリーナは視線を明後日の方向へずらした。
「それは不敬罪に問われないかしら?」
程度にも寄ると思うが、王族相手に嫌がることをするのは叱責を受けかねない。生き残るために婚約破棄したいのに、その前に自分の行動で死ぬ羽目になるのは困る。
私が問い重ねた瞬間、イリーナの眉間に思いっきり皺が寄った。
「……例えば、もしも、考えたくはないけど、仮に、もし相手がシベリウス殿下だとしたら不敬罪になるでしょうね」
「やはり。では、別の案はない?」
「やはりって言ったぁ。確実じゃん。もうこれ答えたくないぃぃぃ」
イリーナは手で顔を覆ってしまった。
「泣き言いわずに、ほら、考えて」
イリーナの背中をさする。
ほら、早く泣き止んで。
「じゃあ……結婚したくないと思われるほどの悪女になる、とか」
恐る恐る手を外したイリーナが小さな声で言った。
「なるほど。相手に何かしたら不敬罪だけど、自分が勝手に嫌われるような悪女になる分には不敬罪にはならない……うん、参考になったわ。ありがとう、イリーナ」
「あの、何をするつもり? お願いだから変なことする前に私に詳細を事細かに要相談して」
「いえいえ、そんな迷惑をかけるわけにはいかないわ。気持ちだけで十分よ」
「ちがーう。暴走しないで、まだ学園生活は始まったばかりなんだから。平和に、穏便に、楽しく――――」
さっそうと歩き出す私の後ろで、イリーナが何か言っている。
だが、思考の海に泳ぐ私には聞こえていないのだった。