三回目の人生(3)
サリュ殿下が現われ、さらに婚約も破棄すると言いだした。
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サリュ殿下が私の方を見て来た。紫の瞳がきらきらと朝日を受けて輝いている。久しぶりの接近に怖くなって、思わずびくりと体が反応してしまう。
とりあえず闇要素は見当たらない。むしろ上機嫌で光属性なのではと錯覚してしまいそうなくらいだ。白銀の髪がきらめき、長いまつげに縁取られた切れ長な目は穏やかに細められている。
え、もしかして婚約破棄が嬉しいのかな? だとしたらめちゃくちゃ素直じゃん。いやでも、そうとは限らないか。何か思惑があるのかも。
「サリュ、婚約を破棄してくれるのか」
シベリウス殿下が尋ねる。すると、サリュ殿下はにこやかに答えた。
「はい。俺もユスティーナ殿と同じく、政治的な都合で婚約したエリサ殿に恋愛感情はありません。他ならぬ兄上の幸せのためになるなら、喜んで婚約を破棄しますよ」
そうか、私は三回目の人生だけど、みんなはそうではない。サリュ殿下のことは最初、シベリウス殿下のことが大好きすぎるブラコン王子だと思っていた。今の段階だと兄上大好き発言をしていた方が立場的に良いのだろう。
というか、サリュ殿下はなんでいるの??
そもそも今は早朝だ。兄であるシベリウス殿下の様子を見張っていたのだろうか。まさか、私の様子を見張っていたなんてことは……うん、ないよね。ないって思いたいから、ないってことにしよう。
結果的に、この三回目の人生でも婚約破棄することが出来た。
一回目は婚約破棄せずに駆け落ちされたせいで、私は辺境の地で魔物に襲われた。
二回目は婚約破棄したけれどサリュ殿下の申し出を断って殺された。つまり、サリュ殿下から婚約の話が出なければ生き延びられる可能性が高い。
今まで以上に、サリュ殿下とは距離を置いて、接点を持たないように気をつけようと思ったのだった。
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「婚約破棄だって? いったい何があったんだよ」
無遠慮に質問してきたのは従兄弟のアルマンだ。シベリウス殿下の婚約者が私からエリサ様に交代した話はあっという間に広がった。それを受けて、どうやら心配してくれたらしい。今日は休日なので、わざわざ屋敷まで訪ねてきてくれたのだ。
まぁ私は婚約破棄して欲しかったからショックなど受けていないのだけれど。まわりの人にしてみたら、シベリウス殿下に捨てられたように見えているので、かなり腫れ物扱いをされている。予想はしていたが、やはりちょっと居心地が悪い。
二回目も同じ状況だったはずなのに、どうして今回はこんなにも周りの様子が気になるのだろうか。
「真実の愛を優先させたまでよ。結婚後に浮気されるより、今、婚約破棄した方が私のためにも幸せでしょ?」
「ん? てことは、もしかしてユスティーナの方から言いだしたのか」
「そうよ。あの生真面目で事なかれ主義なシベリウス殿下の方から言いだすわけないじゃない」
「……確かに。ていうか、ちょっと毒混じりなの笑えるな。シベリウス殿下って悪い人じゃないけど、何かぴりっとしないというか、物足りないっていうか。まぁ、国の象徴として置いておくにはあれくらい凡庸の方がちょうど良さそうだけど」
アルマンの方がより毒が混じった人物評価している気がするんだが。
「ちょっと言い過ぎじゃない? 将来アルマンも仕える相手よ」
「将来仕えるねぇ。俺さ、実は大穴でサリュ殿下が来るんじゃないかって思ってるんだ。あの人、シベリウス殿下に庇護されているように見えるけど、実は逆で上手く隠れ蓑というか防御壁代わりにしてるんじゃないかって俺は予想してる」
す、するどい!
今の段階でそこまで見抜くって、アルマンって意外と頭が良いのかも。
サリュ殿下ははっきりいって、シベリウス殿下のことは尊敬も肉親の情も持ち合わせていない。邪魔だからと浮気をそそのかし、駆け落ちさせるという実に見事な手腕を持っていらっしゃる。ある意味、とても優秀な人である。この優秀さが国民のために使われたら、とても善政を行う王様になれるかも。
でも、今のところシベリウス殿下がちゃんといるので、サリュ殿下は何故か私に執着しているヤンデレな怖い人でしかないのだが。
「そういえばさ、ユスティーナは今『石』は二つ育ててるのか?」
「えぇ、私が一から育て始めたものと、お祖母さまから受け継いだものと二つね。アルマンもそうでしょ?」
私は首から提げている『賢者の石』もどきを二つ取り出した。
一つはまだまだ原石に近い。でももう一つはお祖母さまが育ててきたので、魔力を帯びて色も一部透明になってきている。完成形は水晶のように濁りなく透き通るのだという。
「まぁ……そうなんだけどさ。これって俺らの代で完成するかどうかも分からない代物じゃん。だから、いくら『石』を俺が育てても、俺の成果っていうか、俺が評価されることがないから。なんか最近むなしく思えてきてさ」
アルマンが不満をこぼした。
滅多なことを言ってはいけないと注意をすべきなのだろうが、悲しいかな、私も気持ちは分かってしまうのだ。
私の場合は、まだ第一王子の婚約者に選ばれるという栄誉があった(今となってはもう意味はないのだが)。でも、アルマンには何もないのだ。せっせと育てても見返りはないうえに、サボっていれば親から怒られる。
「だから俺、この国から出ようかって考えている」
アルマンが声を潜めて、内緒話をするように言ってきた。
「え、出てどうするの?」
「んー、まだ決めてないけどさ、なんかこう、自由にパーッと羽を伸ばしたい」
「叔父様達は許してくれるかしら」
「『石』さえ育て続けるって約束すれば、何とかなるかなって思ってる」
楽天的な考えに、アルマンらしいなって思う。でも、一族にとっては『賢者の石』を育てることが最優先事項だ。それさえやると言えば、案外、許してくれるかもしれないなと思った。
「ねぇ、私も一緒に行っても良い?」
二回目のときに、もっといろんな場所に行ってみたいって思った。それが叶うかもと思うと、この話をただ聞き流すわけにはいかない。
「は? 旅って過酷なんだぞ。貴族のお嬢様暮らししか知らないお前には無理だって」
「それはアルマンだって同じでしょ。貴族暮らししかしてないんだから」
「そりゃそうだけど。まぁ……すぐって訳でもないし、もし一緒に行けそうだったら連れてってやるよ」
「やった、ありがとう」
アルマンが手を差し出してきたので、私は勢いよく手を重ねてぎゅっと握った。決意を込めすぎたので、「痛いっ」とアルマンには怒られてしまったが。
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夢というか目標が出来た私は、どうやったら実現可能になるか考え始めたのだが、そのタイミングでムハンド王国の使節団がやってきた。
二回目はサリュ殿下に婚約者のような体で隣にいてくれと頼まれたが、今回は特に交流を持っていないため頼まれることはなかった。ただ、人手が足りないので裏方を手伝って欲しいという依頼があり、私は登城することになった。
本音を言えば、少しでもサリュ殿下に近づくような出来事に関与するのは遠慮したい。でも、王妃様からの直々のお声がけだったので、断ることが出来なかったのだ。婚約者という立場はなくなったが、今まで厳しくも指導してもらったのは事実だから。
「まぁユスティーナ。本当に来るとは思わなかったわ。相変わらず図太いのね」
王妃様と廊下で偶然会ったので挨拶をしたら、目を丸くして言われた。
「王妃様からの呼び出しに応えぬ訳にはいきませんよ。とてもお世話になりましたから、感謝しているのです」
にっこりと笑みを返す。
「……そう。一周回ってなんか嫌味言われている気分だわ。ただでさえ異国人達が城内をうろうろして不愉快なのに」
ふん、と鼻息荒く言うと、王妃様は行ってしまった。
「王妃様の異国人嫌いも相変わらずね」
私は王妃様の後ろ姿を見送りながらつぶやく。
肌の色や目の色、髪の色、顔つき、体格……みんな同じなどと言うことはありえないのに。異国人ということでこの差が大きいだけで、同じ人間に変わりないと私は思うのだが、王妃様は毛嫌いしているのだ。
王妃は我が国が一番優れていると思っている、だから他の国の違う見た目の人々を見下し気味なのだ。王妃がそんな態度では、使節団の人々が怒りはしないだろうかと心配になってしまう。
そういえば、一回目も二回目も使節団は来ていたが、陛下や王妃と使節団の対話がどんな様子だったのか記憶がない。一回目はシベリウス殿下の婚約者として、二回目はサリュ殿下の婚約者もどきとして振る舞うことで精一杯だったから。




