浮気の証拠(5)
なぜ私にサリュ殿下の婚約者のふりを頼んできたのか。それは、私が王子の婚約経験者だから。他の令嬢だとイレギュラーな対応が出来ない可能性があるが、私だったらそもそも婚約者としてシベリウス殿下と公務に出たこともある。
今回のムハンド王国は一応友好国だが、内心では我が国のことをどう思っているか分からない国だ。だからこそ、対応に不安のある令嬢より公務経験のある私をサリュ殿下の横に置いておきたいらしい。
なるほど、納得した。頭では。
でも心は気まずくてたまらないのだ。どんな顔してサリュ殿下の横にいればいいっていうのだ。
「すました顔していればいい」
「ほえっ?」
目の前にサリュ殿下の綺麗なお顔が!
「お前、口に出てたぞ」
サリュ殿下が呆れた表情を浮かべて、目の前のクッキーを頬張った。
あれから私とサリュ殿下は応接の間に二人きりで取り残されている。まぁ私の立場で陛下からのお願いを断れるはずもなく、臨時で良いのならばとしぶしぶ引き受けた。そのまま、今後の口裏合わせも必要だろうと、打ち合わせのためにお茶とお菓子が用意されたというわけだ。
「なぁ、さっき王妃にあったか?」
サリュ殿下がぼそりと尋ねてきた。
「はい。久しぶりにご挨拶しました。相変わらず面白い方でした」
「お前のその図太い神経こそ相変わらずだよ。あれのどこが面白いだよ、ただの嫌味ババアじゃねえか」
「自分に都合良く考えて受け答えをすると、王妃様がいつも諦めてくださるので」
「それは諦めてるんじゃなくて、呆れられてるんだよ」
ふてくされたように、サリュ殿下は頬杖をついている。
「何かあったのですか?」
ふと脳裏に、幼い日の記憶が蘇る。
学園に入るまではほとんどサリュ殿下と交流はなかった。でも、一度だけ。城に上がったときにサリュ殿下としゃべったことがある。そのときも、サリュ殿下は王妃様のことでふてくされていた。
「ムハンド王国の使節団が来ることで忙しくなった。だから、縁のある俺への嫌味がいつもの十割増しだ」
「サリュ殿下、おそらくそれは勘違いです。きっと他の人達へも十割増しでしょうから、サリュ殿下にだけに言ってるわけじゃありませんよ」
「俺の容姿を差別するような発言でもか?」
「それは、サリュ殿下があまりに美形なので嫉妬しちゃうんじゃないです? 平凡な容姿だったら言われなかったろうに、容姿端麗すぎるのも大変ですね」
「いや、そういうやつじゃないんだけど……まぁいいか。お前にかかれば気にするのもアホらしいことになる」
ふっとサリュ殿下が笑った。
毒気が抜かれたかのような、ふいに蕾がほころんだかのような、そんな笑みだった。
**********
使節団の来訪までは慌ただしく日々が過ぎ、ついに使節団が来た。
私は婚約者とは名乗らなかったが、サリュ殿下の隣でにこにことしていた。すると、やはり勝手に婚約者だと予想して、とてもフランクに使節団の方々は話しかけてくれた。
「アナタはとてもウツクシイね。サリュ殿下にピッタリ」
ほろ酔い加減の使節団の団長がビッと親指を立ててきた。
なにか意味があるのかな? よく分からないけれど、ノリで私も親指をビッと返しておいた。
「ユスティーナ、無理に酔っ払いの相手をしなくていい。もっと俺の方に寄ってろ」
サリュ殿下が思いのほか過保護なことを言ってくる。
やめてよ、なんかドキドキしてしまうではないか。
「オウ、ユスティーナ? ナンかその名前……」
団長の動きが急に止まり、考え込んでしまった。
あ、もしかしてエリサ様の名前を知っているのかな? 前に聞いていた名前と違うって疑問に思ってる?
これはヤバいのではとサリュ殿下を見る。すると、いきなり私の肩を抱いてきた。ふわっとサリュ殿下のスパイシーな香りがしてさらにドキドキが増すし、寄せられた体が意外とがっしりしていることにも、もっとドキドキしてしまう。
「誰と勘違いしているのかは知らないが、俺の隣にいる彼女はユスティーナだ」
サリュ殿下が堂々と団長に向かっていう。すると団長はぱちぱちと瞬きを数回したあと、また先ほどまでの陽気な酔っぱらいの様子に戻ったのだった。
シベリウス殿下にはない、サリュ殿下のちょっと強引で、でもきっぱりとした態度は乙女心をくすぐるには十分だった。前の時は闇落ちしていたけれど、闇落ちしなければやはり好青年なのだ。
サリュ殿下からの婚約の申し出をもし受けたら、たぶん、幸せに過ごせるのかもしれない。きっと、今のように守ってくれるのだろう。そう思った。
事前準備をきちんと出来たおかげか、細かいところは置いておいて、なんとか無事にムハンド王国の使節団の来訪を乗り切った。王妃様には厳しい励ましをたくさんもらったけれど、なんとかボロを出すことなく使節団を送り出せてほっとしている。
私は有意義な出来事だったなどとのんきにも思っていた。だが、私が知らなかっただけで、水面下では思わぬことが進行していたことを後々知ることになる。




