浮気の証拠(4)
その後は、予想外にもとんとん拍子で婚約破棄が進んだ。本人達がみんな納得していることが大きかったみたいである。
そして、外聞は良くないが、思い合っている二人ならとシベリウス殿下とエリサ様の婚約が正式に受理された。皇位継承権第一位のシベリウス殿下の婚約者が不在というのも困るし、エリサ様も正妃として申し分の無い身分と教養を持っていることが決定打となった。
結局、私は自分の力では何にも出来ず、サリュ殿下に全部任せてしまった形だ。婚約破棄するぞと意気込んでいたのに、少々情けない。
でも、これでシベリウス殿下とエリサ様が駆け落ちすることはなくなった。それに伴って、サリュ殿下が闇落ちすることもない。つまり、私は怒り狂ったサリュ殿下に辺境の地へ追放されることもないのだ!
ありがとう、サリュ殿下!!
前のときはとんでもない人だと恨む気持ちもあったが、今回は感謝してもしきれない。私の中で好感度は爆上がりである。
晴れて自由の身になった私は、サリュ殿下と空いた時間にお茶をするような仲になった。
「シベリウス殿下とエリサ様は今日も仲良しでしたねぇ。この国の未来も安泰です」
「そうだな。だが、俺は婚約者がいなくなったせいで周りがうるさいんだが」
やれやれとばかりに、サリュ殿下はため息をついた。
「……やはりエリサ様を手放したこと、後悔しているのですか?」
私が婚約破棄をしようと考えていることを言わなければ、サリュ殿下はあんな行動はしなかっただろう。私のせいかと思うと心苦しい。
「後悔はしていない。だが、この歳で婚約者がいないと体裁が保てないから困ったなぁ……あぁ困った困った」
サリュ殿下が私を見ながらいたずら小僧のようにニヤニヤしている。
あれ、そんなに深刻な感じじゃないようだ。単純に婚約者がいなくて困っているから助けろ、ということらしい。それを私に向かって言うということは……
「まさか私がサリュ殿下と婚約するってこと?!」
驚きすぎて大声を出してしまった。
「うるさっ。相変わらずあんたは騒がしいな」
「騒いだのは申し訳ないですが……いやしかし……」
私とサリュ殿下が婚約したら、結局、兄弟で婚約者を入れ替えただけではないか。そんなのあり??
「俺はさ、素のお前を見ていると飽きない。面白い人生を過ごせそうだと思ってるから、俺との婚約、まぁ考えてみてくれ」
そう言うと、サリュ殿下は少し照れくさそうな表情をした。初めて見る顔に、なんだかこっちも照れてしまいそうだ。
「か、考えておきます」
「あぁ、じゃあまた明日」
「はい……また明日」
去って行くサリュ殿下を見送りながら、不思議な高揚感に包まれていた。
シベリウス殿下との婚約が決まったときは幼すぎて何も感じなかった。でも、今はドキドキしてソワソワしてしまう。
これは私が成長したから感じるものなのか、それともサリュ殿下だから感じるものなのか。はたまた両方か。
でも、嫌じゃない。そう、全然嫌だとは思わなかった。
世の中的には、シベリウス殿下に捨てられた元婚約者というイメージがついているだけに、私が新たに婚約するのは難しいだろうなと思っていた。だから一生独り身かもしれないと思っていたし、それならそれで気楽でいいなと思っていた。もし縁談が来たとしても碌なものじゃないだろうから断ろうとか思っていたし。
だから、サリュ殿下からの申し出は本当に驚いた。
考える時間をくれたとはいえ、ずるずると返事を先延ばしにしていい相手でもない。
「どうしたものかしら……」
きゅっと、服の下にしまってある胸元の石を掴む。
もう少しで育ちきりそうな賢者の石が、少し熱を帯びたような気がした。
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サリュ殿下からの申し出を受けて一週間が経った。私はいまだに答えを返せていない。
戸惑う私を尻目に、サリュ殿下はいたって普通に接してくる。いや、少しだけ違うかもしれない。だって、さりげなく髪に触れたり、笑顔を見せてきたりするのだ。
そのたびに、私はどう反応したらいいのか分からなくなってしまう。
そもそも、これは政略としての婚約なのだろうか。王家の人や両親からの圧力を感じたことはない。むしろ何も言ってこないので、サリュ殿下に婚約を申し込まれたこと自体を知らないかもしれない。
その考えが拭えないだけに、両親に下手に相談することも出来ず。もし聞いていなかったのに相談してしまったら、もう引き返せなくなってしまうから。
ならばサリュ殿下に、他に誰か知っているのかと問いかければいいのだが…………、婚約の話を蒸し返すのは勇気がいるではないか! しかも自分の中で答えが全く出ていないのに、変に期待させるのも嫌だ。
完全に身動きが取れなくなっていた私だが、ある公務のせいで、また城に来ていた。シベリウス殿下と婚約中は幾度となく登城していたのだが、最近は学園に通っていることもあるし、婚約を破棄したこともあって久しぶりだった。
「まぁ、ユスティーナ。あなたシベリウスに捨てられたのによくも堂々と顔を見せれたものね」
城の廊下で私の顔を見るなり、楽しそうに話しかけてきたのは王妃様だった。この王妃様、私が城へ上がるたびに声をかけてくださる。
「はい。なにやら陛下が私に頼みたいことがあるとのことで参じました」
私が礼をしたあとに笑顔で答えると、何故か笑顔が固まっていた。
イリーナに天然だと言われる私でも、さすがに王妃様が嫌味を言ってきているのは理解している、今はだけど。
実は最初気付いていなかったのだ。婚約したばかりの幼少時、周りの人に「大丈夫ですか」とか「王妃様のことは気にしなくても良いですからね」とか山ほど言われて、なんでそんなことを言うのか質問したら、あんぐりと口を開けて驚かれつつ、「あれはユスティーナ様を嫌な気分にさせようと言ってきてるのですよ」と教えられたのだ。
なるほど、大人の嫌味とはこういうものなのかと勉強になったものだ。かといって、別に今まで嫌味だと思っていなかったので、嫌な気分になるよりも、これが嫌味というやつなのかという新鮮な驚きのほうが勝り、あまりショックを受けたことはないけれど。
「この子に何を言っても通じないんだったわ。ごほん、もういいわ。さっさと行きなさい」
面倒くさそうに扇を動かしてきたので、私は再び礼をしてから応接の間へと急いだ。今日も私の勝ちだなと内心ほくそ笑む。
王妃様の嫌味をさっさと終わらせるには、嫌味に気付いていないと思わせることが一番早い。にこにことして聞き流すのだ。すると王妃様は嫌味や意地悪を言って憂さ晴らししたいのに、それが通じないから逆にイラッとするらしい。まぁ、これらはイリーナから教えてもらったことだけれど。
応接の間につくと、そこには陛下と宰相、そしてシベリウス殿下とサリュ殿下がいた。この国の重要人物勢揃いに思わず圧倒されてしまう。
「良く来てくれた、ユスティーナ嬢。この度は愚息の我が儘に巻き込んでしまい大変申し訳ないことをした。ほら、シベリウス。お前からも改めて謝罪をしろ」
陛下に促されて、シベリウス殿下が一歩前に出る。
「ユスティーナ、いや、ユスティーナ殿。本当にすまなかった。どんな罪滅ぼしでもするから、何でも言ってくれ」
深々とシベリウス殿下は頭を下げてきた。
もういいのに。婚約破棄は私も望んでいたことだし。これで魔物に襲われて死ぬ運命からも逃れられたし、逆に感謝してるくらいだ。
「頭をあげてください、シベリウス殿下。罪滅ぼしがしたいというならば、どうかエリサ様と幸せになってください。それが私の今の望みです」
「ユスティーナ殿……ありがとう」
シベリウス殿下が感動したとばかりに、握手しようとしてきた。すると、それを阻止するかの如くサリュ殿下が口を開いた。
「婚約破棄の件はこれで終わりですね。では、ムハンド王国の使節団の話に移りましょう」
握手のタイミングを外され、シベリウス殿下の手は宙に浮いたまま。でも、別に私も握手したいとは思わなかったので、シベリウス殿下の手は無視した。
それにしても、もしかして私とシベリウス殿下を握手させたくなくて、サリュ殿下はあんなに強引に話の転換をしてきたのだろうか。もしそうなら、ちょっと可愛いなとか思ってしまった。
「そうだな。本題はムハンド王国のことなのだ」
陛下が重々しい声で話し始め、それを受けて宰相が説明を受けつぐ。
「実は今度、ムハンド王国の使節団が我が国にやってくるのです。サリュ殿下の母上様の母国ですから、下手なもてなしはできません。そこで、この期間だけでよいのでサリュ殿下の婚約者役をやっていただきたいのです。いやなに、別に婚約者と名乗らずとも、横に立っているだけでよいのです」
「えっ、私が?」
宰相の説明に目が飛び出るかと思った。
婚約を申し出られている相手の、婚約者役をやるとか、気まずいにも程があるんですけど。




