序章
走る。走る走る走りまくる。
だけど、荒々しい息遣いと足音がどんどん迫ってくる。
「魔物が……助けて!」
叫んだところで誰も助けてはくれない。なぜならば、一緒にいた従者達はすべて魔物に襲われてしまったから。
魔物がたびたび出没する辺境の領地に追放された時点で、こうなる可能性はあった。だけど、一日目にして襲われるとか不運すぎないだろうか。
こうなったのも、元はといえばあの浮気王子のせいだ。
絶対に許さん!という憤りを胸に抱いたまま、私の意識はぷっつりと途絶えたのだった。
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「はっ!」
目が覚めた途端に広がったのは、柔らかな朝の光。窓から差し込むすがすがしい明るさに目を細める。
「私、魔物に襲われてたはずじゃ……」
混乱のままに周りを見渡すと、慣れ親しんだ自分のベッドの上だった。いったいどういうことだろうか。
困惑していると、ノック音と共に私の侍女をしていたニーナが入室してきた。
「おはようございます。ユスティーナお嬢様」
「……お、おはよう?」
「どうして疑問形なんですか。ほら、今日は王立魔法学園の入学式なんですから、もう起きて支度なさらないと」
ニーナが苦笑いしながら、王立魔法学園の制服を出してくる。
「もしかして、今日、私は入学するの?」
「……? えぇ、そうですよ。まだ寝ぼけていらっしゃるんですか」
呆れた様子でニーナが笑う。
どうやら騙している訳ではないらしい。というか、彼女が私を騙す理由もないけれど。
もし本当に今日が王立魔法学園の入学式ならば、私は15歳に戻っているのではないだろうか。魔物に襲われて死んだ(?)のは18歳なので約3年分戻っていることになる。
そもそも、なぜ私が魔物に殺される羽目になったかというと、婚約者が別の女性と駆け落ちをしてしまったことが原因だ。そのせいで駆け落ち女性の婚約者だった男性が、何故か私に対して怒り狂ってきて、辺境の地に飛ばされたというわけである。
うん、理不尽すぎるよね!!!
普通ありえない話だと思うのだ。私の婚約者はそのへんの貴族じゃなくて、この国の第一王子であるシベリウス殿下だったのだから。(ちなみに私はこうみえて公爵家の娘である)
つまりあやつは私を捨てるだけでなく国をも捨てたのだ。なんて無責任なのだろう。
もちろん政治的に決められた婚約だし、恋愛感情なんてものはお互いになかったのは認める。でもそれはお互い様ってやつだ。
それに国のために頑張ろうって、一緒に勉学に励みながら過ごしてきた時間で暖めた友情みたいなものはあったと思うし。
だからこそ、私は本当に裏切られたとショックを受けた。18歳で王立魔法学園を卒業し、さぁ本格的に王妃教育が始まりますねって時だったから。
あと、駆け落ちした女性も大問題。
なんと第二王子であるサリュ殿下の婚約者・エリサ様だったのだ。このサリュ殿下は複雑な立場のせいか、ちょっと気難しい性格をしている。だから、信頼していた兄が自分の婚約者を奪って逃げた&自分の婚約者に捨てられたという事実に、大層衝撃を受けた。というか衝撃過ぎて闇落ちしたと思われる。
そして、闇堕ちした彼はもはや冷静な判断力など持ち合わせてはいなかった。まぁ私もそのときは駆け落ちされたことに傷ついて茫然自失だったから、まともに人の話なんか聞こえちゃいなかったけれど。
でも、サリュ殿下が何か喚いていたことだけは覚えている。恐らくは『なぜ兄上をちゃんとつなぎ止めておかないんだ!』ってところだろうか。
いやいや、もしそうだったら、あなたにそのままお返ししたいよね。私に言わせれば、君こそなんで婚約者のエリサ様を捕まえておかなかったんですか??である。
まぁそんな反論出来るはずもなく、皇位継承権一位に繰り上がったサリュ殿下は「俺の前から消え失せろ!」と、問答無用で私を魔物が頻出する辺境の地へと飛ばしたのだ。
だけど運命のいたずらか、私は15歳に戻ってきた。
巻き返しのチャンスである。
私はカッと目を見開きベッドから降りた。
「ニーナ、気合いを入れて支度をしなくてはね。だって入学式、始まりの日なんですもの」
新作を始めました。楽しんでいただけたら幸いです。
よろしくお願いします。