世界の一つ
一メートル程の高さの芝山に三人の男女が立っている。
三人の正面には100メートル程離れた所に雑木林があり、そこから一本の道が三人の足元にゆるゆると曲線を描きながら続いていた。
「遅い」
その中にいる一人の女が言った、短か目の髪だが、紅い燃える様な髪の女だ。
「風の代わりなのでしょう、その人、御山からの応援なの?」
もう一人が言った、赤い髪の女とは対照的な、腰まで伸びた長い髪の女だ、髪が青く透き通っている。
「そうよ、風のバカ息子は、家から出たくないと言って、ここに来なかったらしいの、あそこの当主はバカ息子に甘いから」
投げる様に紅い髪の女が言った。
「あゆみ、あまり大きな声でバカ々言わない、ここにだって風の人は沢山居るのだから、聞こえると面倒臭いことになる」
金色の髪、角刈りの男が周囲を見回しながら言った。
紅い髪の女、あゆみは自分より頭二つ分程背の高い男を見上げて言った。
「ライ、そんなこと言ってるから調子に乗るのよ、バカ息子にバカ息子と言って何が悪いの?」
さっきより声が大きい。
ライは、後ろの建物に目線をやってため息をついた、コンクリート地そのままに武骨な印象を与える二階建ての建物だった。
窓から人の顔が見え、何人かは林の方を指差していた。
そして、青い髪の女に助けを求める様にそちらに目を移した。
「レイ、何とかしてください」
青い髪の女、レイは目の前の林から目をそらさずに、真っすぐに前を向いたまま言った。
「それにしても、御山の人ってお年寄りばかりだと思っていたのだけど、ここに来る位だから若い人もいるのね、バカ息子の代わりだけど」
バカ息子の単語だけ声が大きかった。
ライは頭を抱えていた。
ライの話が聞こえないのか、レイが話を続けて言った。
「それにしても、良くそんな話が聞けたわね」
「おしゃべり兄貴が聞いてないのに話してきたの、符術師だそうよ、風に言われてひょいひょいと出てくる奴なんて、御山の人とは言えタカが知れてるでしょう」
あゆみがあきれた様に言った。
「そうね、私の方も同じ様なものだし、兄さまが、もろ手を挙げて賛成してたしね」
レイが言った、何処となく諦めた様な顔をしていた。
「そうよ、族長会議で決まったこととはいえ、私たちだけこんな所に押し込んで、最初に言い出した風の一族から、バカ息子を出さないなんて、しかも、あたしのオヤジなんて、真っ先に賛成してたし、厄介払いが出来たと思っているし、それに、新人の四人でパーティー組むなんて」
そう言って、あゆみは深くため息をついた。
あゆみは腰に手を当て胸を張り正面の林を見ていた。
かすかに風が吹いていた、あゆみの髪に風が当たり炎が揺らぐ様に見えた。
「話の腰を折って悪いけど、あの影の人そうじゃないかな」
ライが抱えていた頭を上げ、目線を林に向けて言った。
林の中から続いている小道から歩いてくる人影があった、小さなカバンを肩から下げている。
「あの人よね?」
レイが言った。
「あの人なの?」
あゆみが言った。
「多分」
ライが自信無く言った。
「こんにちは~」
黒い影が色付き近づいて来て言った。
突然、後ろの建物から歓声が上がった。
「班長~」「帰って来~る~な~」「ご無沙汰~」「地獄へ落~ち~ろ~」
三人が振り返ると、後ろの建物の窓から幾つもの顔が見えていた。
そこから、歓声と罵声が聞こえていた。
「人気者なのね」
前に向き直って、レイが言った、微かに笑っている。
窓に手を振りにこにこと笑いながら男が三人に近づいて来た。
「こんにちは~」
男が三人に向かって声をかけてきた。
「ようこそ、カキショウ市中央遊撃隊へ、別名ならず者の館に」
あゆみが、にこにこしながら言った。
「あゆみ、変な名前付けないで。それに古過ぎよ」
レイがあきれた様に言った。
「そうかな、良いと思うけど」
残念そうにあゆみが言った
「何度かお会いしていますね、かおるです、宜しく」
かおるは、握手を求めるでもなく、少し離れた所から、三人に向かって話しかけた。
「四天王の方ですよね、炎帝のあゆみ、雷帝のライ、水神のレイ、揃い踏みですね、風のバカ息子はバックレですね」
ニコニコとかおるが言った。
「あはっはは、良く知ってる、バカ息子の代わりにあなたが来たんでしょう、かおるだっけ」
あゆみが笑いながら言った。
「はい、元々、五人で班を組んで動こうという話だったんです、でも、こうなってしまっては、仕方が無いからこの四人で班を組んで始めようかと」
かおるが笑いながら言った。
「かおる、その喋り方は丁寧過ぎると思うよ」
腕組みをしていたレイが、不思議そうな顔をして言った。
「かおる、しゃべり方は癖なの、なんか、違和感あるんだけど」
同じ様に腕組みをしているあゆみが言った。
かおるは少し考えている様だった。
「それよりも、三人が揃って出迎えてくれたのは何故でしょうか?」
かおるは三人の顔をゆっくりと見比べながら言った。
「あっ、忘れるところだった、かおる、わたしたちと戦わない?」
手をたたき嬉しそうに、あゆみが言った。
「何の為に一時間以上もこんな所で待っていたんだ、それを忘れたなんて」
ライは呆れて、あゆみを睨みながら言った。
あゆみはそっぽを向き口笛を吹く真似をしている。
「ごめんなさい、かおる、あゆみの希望を聞いてもらえないかしら?」
レイが申し訳なさそうに言った。
「お願いします、一度でいいから、符術師と戦ってみたいの」
軽く頭を下げながらあゆみが言った。
「あ~やっぱり、因みに此処でですか?」
かおるはそう言いながら、困った様な、楽しい様な不思議な表情をしていた。
「もちろん、今、すぐにでも見たいから」
あゆみは、胸を張って言った。
「分かりました、それでは、始めましょう、先行は僕で」
持っていた荷物を足元の地面に置きながら, かおるが言った。
かおるは、両足を肩幅に広げゆったりと立っている。
「いきます」
かおるはそう言って、伸ばした手を正面の三人に向け自分の胸の高さで止めた、そのままの状態で両方の手のひらを相手に向け自分の体の中心で重ね合わせた。
ふわりとした旋律が聞こえ始めていた。
「声?、不思議な音が幾つも聞こえる、かおるが歌ってるのかな」
あゆみが聞き耳を立てる様に耳に手を当てながら言った。
三人とも腰を落とし戦闘態勢に入っている。
かおるは胸の前に重ねた手を左右にゆっくりと広げ始めてた。
左右の手が肩幅程に広がると、その間に三枚の札がガラスに張り付けた様に浮いていた、札には、文字と幾何学模様らしき物が書かれている。
「紙よね?、なんで浮いてるの?、それにどこから出したのかしら?」
レイが札から目を離さず言った。
「のんびりしない、来るよ」
ライが言った、かおるの前から右端の札が一枚消えていた。
「暗雲を照らす雷の中に住みし者、金の雷を纏いし其の姿を私の前に示せ」
かおるの声が聞こえてきた、その直後、雷鳴が轟く。
爆音、轟音、そして静寂、金色の輝きが三人の足元に幾つもの筋を付けていた。
ふと、三人を通り過ぎる影が落ちてきた、三人が見上げると、十五メートル程の高さに竜が泳いでいた、金色の竜が身体に幾筋もの雷を纏わりつかせて。
「召喚?、ただの符術師じゃなかったか」
ライが身構えを解き、空を見上げている、金色の竜がのったりと泳いでいた。
「もう、無理、止めない?」
レイが言った。
「せめて、あと二枚の札位使わせないと、始めた意味がないよ」
あゆみが言った。
「そうだな、今やめたら少し悔しいか」
ライが空の竜を見ながら言った。
「大地を溶かす炎の内に住みし者、紅き炎を纏いし其の姿を私の前に示せ」
かおるの声が聞こえてきた。
空気が肌を焦がし、熱風が三人を包み込んだ、吸い込んだ空気で肺が焼ける様に熱い。
三人の影がゆらゆらと揺れている、三人の頭上には、紅い色の竜とその周りには赤い炎が舞っていた。
「綺麗」
あゆみが言った、ライと同じように竜を見上げている。
「勝ち目は無くなったね」
又、あゆみが言った。
「元から、勝てるとは思って無かったけど」
ライが言った、まだ金色の竜を見ていた。
「五分々位までは持っていけると思っていたのに、あと一枚、水だといいな、水竜でしょう最後は」
かおるを見ながら、レイが言った。
かおるの前から札が一枚無くなっていた、中央の札が残っている。
最後の一枚の詠唱が始まった。
「光すら届かぬ水の底に住みし者、蒼き水を纏いし其の姿を私の前に示せ」
滝つぼにいるかと思うほど大量の水が落ちてきた。
「息が出来ない、体が押し潰される、」
ライが水圧に耐えながら言った、あゆみとレイは既に膝をつき声も出せなかった。
突然上からの水が止まり、瀑布の様な音が消えた。
レイが空を見上げると、蒼く透明な竜が浮いていた、ゆっくりと泳いでいる。
「青龍?、水竜?」
レイが呟く様に言った。
空には三体の竜がまったりと泳いでいた。