54.きたきたー
「あ、この感じ。来たわよ」
「お、おお!」
「きゃ……ごくん」
「ご、ごめん」
アリアドネの言葉に歓喜したはいいが、蓋を開けたポーションを握りしめたまま腕を振り上げたものだから、彼女の口元にびしゃっと中身がかかってしまう。
駄竜はどこにいったかな? 見える範囲にいない。
外に放り出して回収してを繰り返していたので、ポーションに集中しているとどっちだったか分からなくなる。
でも、大丈夫。そんな時はアイテムリストを見ればいいのさ。
「いないな。外か」
「蒼竜様ですか? もう三週間以上狩りをしなくても大丈夫とおっしゃっておられましたが」
「腐らないし、持てる数に限界がないから、暇なら行けって俺が言ったんだったか」
「はい」
そうだった、そうだった。
そうしている間にもアリアドネの背中から蜘蛛の脚がにょきにょきと生えてきていた。
完全に生えそろった蜘蛛の脚の様子を確かめるように動かすアリアドネ。
当たり前だけどそれぞれの脚が別々に稼働するんだな。背中から八本に腕と足も別々に動かすって俺じゃ無理かも。
「よし、準備が整ったことだし外に出よう」
「準備ですか?」
はて、と首を傾げるベルヴァに向け、コクリと頷く。
◇◇◇
外はバリアスから馬車で一日以上離れた場所で、街道からも離れ通りかかる人は皆無だ。
冒険者なら通るかもしれないけど、まずこんな場所には来ないだろうなあと思う。
ここは周囲が断崖絶壁で、陸の孤島みたいになっている場所だから。
駄竜のように飛行できるのなら移動も容易いが、地上を歩くとなるとロッククライミング必須でオーバーハングも多数ある難所だと思う。
こんな場所を選んだのにはもちろん理由がある。
10日後に街へ戻らないといけなかったから、また今度となる可能性もあったが……。
吹き抜ける風が強いのは地形からか。
風によって髪が撫でつけられ、ベルヴァのスカートがめくれかえりそうだ。
スカートを手で押さえて欲しいなあなんて思いつつ、素知らぬ顔でアリアドネに計画の確認を行う。
「蜘蛛の足が揃えば、術式の構築ができそう?」
「問題ないわ。ポーションをかけられている間、気を紛らわすために術式のことばかり考えていたから。力が戻った今は実行するだけよ」
「おお。素晴らしい! 必要なのは術式、魔力、そしてパワーだったっけ?」
「そうよ。私一人では不可能よ。ファフサラスが起点になり、私が術式を構築し彼に魔力を供給するわ」
「パワーって物理だよな?」
「うん。あなたが一番力があると思うから、お願いするわ」
「ありがとう。ようやくだ……」
「本当にいいの? まだまだこの世界もすてたものじゃないんじゃない?」
確かにアリアドネの言う通りだ。いきなり異世界に拉致されて四肢をもがれそうになった。
状況を打開するためにアイテムボックスの中で修行をして、敵だった駄竜に協力させここまで歩んできたのだ。
その中で俺は徐々にこの世界で生きることが楽しくなってきていた。
そう思えたのは――。
ベルヴァの顔を横目でチラリと見やる。
彼女は俺とアリアドネのやり取りで察したのかぐっと俺に近寄り真っ直ぐ上を見上げてきた。
「ヨシタツ様。あなた様の『元の世界に戻る』という願いが成就されそうなのですね」
「うん。転移の術が使えそうなんだ。ベルヴァさんがちょうどいない時にアリアドネと話していたかもしれない。隠すつもりはなかったんだけど、ごめん」
「いえ。喜ばしい……ことじゃ……ないですか……」
ベルヴァは俺を祝福しつつも、目に涙をため言葉を詰まらせる。
最後まで喋ることができず、溜まった涙は頬を伝いとめどなく流れ落ちて行く。
嗚咽をあげる彼女の肩を抱き、そっと抱きしめた。
俺の胸に両手を添えた彼女は、ひしと俺の服を握りしめる。
彼女には俺の目標を告げていた。元の世界に戻るため、情報を集める。
情報を集めるために行商をしたい、とね。
結局、行商をすることもなく素材を集めて売ったくらいだったな。
もっともっと時間がかかると思ったけど、思わぬところで解決の糸口が見えた。試してみたら、何とかなりそうな感じになったんだ。
駄竜だけでもアリアドネだけでもダメだった。二人がいて、協力することで俺を元の世界に戻すことができる、とアリアドネは言う。
「ファフサラスにバリアス近くまで送るよう言っておくよ。ギルドに行ったら報酬を受け取れるはずだ」
「受け取れません……報酬はヨシタツ様あってのもの……も、申し訳ありません。出過ぎたことを」
「いいんだ。ドラゴニュートの村はもう生贄を出すこともなくなる。ベルヴァさんはもはや誰にも縛られることなく生きていける。俺への恩からずっと付き添ってくれて、ありがとう」
「私が望んだことです。どこまでもあなた様と共にあらせてください、と……ひっく」
彼女の顔を見ると決心が揺らぐ。
ごめんと言いかけて首を振る。
「ベルヴァさんがいてくれて。嬉しかった。心の支えになった。本当にありがとう」
「両親が死んでからの私はただ生きているだけでした。私に生きる色を与えてくださったのはヨシタツ様です。私こそ感謝してもしきれません。あなた様にお仕えできたことは私の喜びです。心よりあなた様を尊敬しております」
「俺は君の主人じゃないんだ。主従関係ってわけじゃないからさ。えっと、上手く言えないな」
「で、では……わ、私はあなた様を、お、お慕いしております。ドラゴニュートから言われてもご迷惑なだけかと存じますが……」
「い、いや。そんなことはないよ」
こ、こんな時、俺はどうすればいいんだ?
ベルヴァの息が首元にかかり、見上げた彼女の顔の一点に俺の視線が自然と向かう。
桜色の唇が自然と近くに――。
『揃って外に出て、何かあったのか?』
「ファフサラス。いつの間に戻ったんだ!」
パパっとベルヴァから体を離し、何事もなかったかのように彼へ言葉を返す。
そこへアリアドネが割って入る。
「ヨシタツが弟子に別れを告げていたのよ」
『ん? どういうことだ?』
「こういうことよ」
グイグイと蜘蛛の脚を動かすアリアドネ。
駄竜には計画を説明したと思うんだけど、聞いてなかったのか?
二人は何やら難しいことを話し合い、お互いに理解しあっている様子である。
『我がアリアドネと協力するだと……我は孤高の存在。誰に力も借りず、昇り詰める』
「私だって本来はそうよ。あなたと同じ十二将だもの。あなたの気持ちは分かるわ」
『ならば、どちらが早く転移の術を構築できるか、だ』
「今すぐには私もあなたも不可能でしょ?」
「ぐぬぬぬ」と唸るファフサラスに対し、アリアドネが大きくため息をつく。




