52.0.01パーセント?
侯爵のところへ行く前に冒険者ギルドへ立ち寄ることにした。
依頼主は侯爵だから、彼に報告する必要があるのだけど、いきなり「解決しました」と言って良いものかギルドに相談しようと思ってね。
こういう根回しが日本的である。根回しは大事だぞ。やるとやらないでは大違いなのだ。
ビバ、昭和の日本的対応。古きよきものという表現がある。全部が全部良い物とは思わないけど、過去からの教訓というものはそれなりに役に立つものなのだ……多分。
偉そうなことを言っているが、俺は仕事ができる方じゃなかったから……余り真に受けないでくれよな。
「たのもー」
「たのもー?」
「あ、いや。様式美というやつで」
「人間の習慣でしょうか。勉強になります」
ま、待って。尻尾をピンとさせて納得しないで欲しい。
誰にも聞こえないように蚊の鳴くような声で言ったのにベルヴァがしっかりキャッチしていた。
そんなわけで少し頬が熱くなりながらもギルドである。
ん、何やら冒険者の集団の輪の中の一人がこちらに手を振っているぞ。
赤毛が鮮やかな女戦士。見たことがある。
「ベルヴァにヨシタツ。あんたたちも別ルートで来たんだね」
「はい。ケラトルがいますので」
「へえ。あたしたちは護衛でここまで来たんだよ」
「そうなんですか」
誰だっけ、もう少しで思い出せそうな……とグルグルしていたらベルヴァが女戦士と受けごたえしてくれた。
あれだよ、あれ。岩窟都市ドロテアのギルドで二度俺たちに話しかけてきたSランクかAランクの実力者だったはず。
名前がどうしても浮かばない。そもそも自己紹介してたっけ? 向こうは俺たちの名前を覚えているみたいだしなあ。
なんて悩んでいる間にも彼女らの会話は進む。
「ギリギリだったね。ドロテア組はこれから侯爵の元へ向かおうってところだったよ」
「そ、そうだったんですか。キャシーさんだけじゃなく、エリオットさんたちもバリアスへ来たのですね。てっきり王都かと」
「エリオットもバリアスは意外だったねえ。騎士様に囲まれるのはあんまり、と言っていたよ」
「なるほど。侯爵様でしたら、すぐに退出されますし」
ベルヴァが「あ」と声を出す。
まあ。言ってしまったものは仕方ない。この後、ギルドマスターに報告と相談に向かうのだからすぐに分かることだから全く問題ないぜ。
「先に到着しててさ。もう侯爵に会っているんだよ。俺たち」
「あはは。そうだったのかい。もう病気の調査は始めているのかい?」
「隠しても仕方ないから、解決の目途はついたんだよ。それでギルドマスターに会いに来たんだ」
「そいつは驚きだよ!」
バンバンと豪快に背中を叩かれた。
この人、裏表がなく竹を割ったような性格なので俺としては好印象だ。
ベルヴァは最初、俺への物言いが気に入らなかったようで今でもいい顔をしないでいるけど、ね。
彼女は「よくやったねえ!」と笑いつつ、これ以上俺たちを詮索しようともせず輪の中へ戻って行った。
多少は聞かれると思っていたんだけど、意外だ。冒険者同士の慣習なのかもしれない。
慣習ではなくルールの可能性もある。冒険者って国の権力者からもある程度の信頼をされているようだし、一定の信頼を得るためにはそれなりのルールは必要だ。
その辺、ギルドが頑張ってんだろう、たぶん。
ドロテアの冒険者の輪に向けて会釈してから、奥の受付へ向かう。
すぐにギルドマスターが出てきて、奥の部屋へ通される。
ここのギルドマスターはドロテアと異なりハゲてもないし、筋骨隆々でもない。
長い髭を生やした魔法使いって感じの人だ。
穏やかで静かな声色はドロテアのマスターと正反対である。
「……というわけで、切り立った崖にある窪みにメーダーが巣を作っていたんですよ」
「よく原因を特定しましたな。巣にある水が不可思議な効果を発揮する原因だったのですな」
「はい。その通りです。水源は封鎖しましたので、以後問題が発生することはないと見てます」
「相分かった。侯爵には儂から連絡しておいてもよいかの?」
「もちろんです。むしろ、そうして頂けますと助かります」
「これから10日ほど、新たに病になる者が出ぬかどうか調査する。無事、何事も無くなれば依頼達成ということでどうじゃな?」
「それでお願いします。俺たちは街で待機していればいいですか?」
「そうじゃの。宿代はギルドで負担しよう」
「いえ、せっかくですので、近くを探索に向かいます。10日後にギルドに顔を出せばいいですか?」
「問題ない」
こんな感じでギルドマスターと会話を交わし、報告完了となった。
秘宝のことは隠し水が原因だったとして、後は実際にクリティカルヒットが起こらないことをもって依頼達成とする。
これでまあ、一応はスッキリかな? 今回の依頼は国と侯爵からの依頼だっただけに、報酬額も破格だ。
報酬を得ることが出来れば、しばらく仕事をしなくても生活できる。
報告が終わった俺たちはその足でバリアスの街から出た。
同じようにケラトルの引く馬車に乗り、街から十分離れたところでアイテムボックスの中に入る。
◇◇◇
「あれ、これは一体どういうこと?」
「お休みになられておりますね」
駄竜が草原に寝そべり、アリアドネの姿がない。見えないということは彼女の巣の中かな。
馬車を引いてくれたケラトルを放牧すると、さっそく青々とした草を食み始めた。
「もおお」と鳴いてくれれば、牧場ぽいのだけど残念ながらケラトルは「グゲグゲ」という鳴き声である。
慣れだ。慣れ。そのうち牛も導入したい。いや……もうこれでいいかな。
「おい、ファフサラス!」
『ん。腹いっぱいだ。だから寝ている』
「アリアドネも寝ているのかな?」
『知らぬ。お主が見に行けばよいだろう』
「『奇運プラズモン』の発動率は分かったのか?」
『そのことか。我もアリアドネもすぐに分かったぞ』
「だから寝ていたんだな」
『その前に食事をしたがな』
いやいや、待てよ。話は終わりだと目を瞑りやがった。
本番はここからだろうに。
「いいや、アリアドネに聞いてくるから」
『0.01パーセントだ。1万回に一回だな』
「……こいつ……」
『何だ? 聞きたかったんだろう?』
「嫉妬かよ」
『何だと! そんなわけなかろう。お主が聞きたそうだったからだ』
「まあいいや。起こしてくるよ。ファフサラスとアリアドネが揃ってないとな」
ベルヴァにお茶を出してもらうように頼みつつ、アリアドネの巣へノックもせずに入る。
「たのもー」
「あら、もう戻ったの?」
「うん。『奇運プラズモン』について相談があってさ」
「ファフサラスから聞いた? とてもじゃないけど実用に耐えない確率だわよ」
「全然問題ない。0.01パーセントもあるんだ」
「ふうん。何か面白いことを考えているのね。ほら、行きましょう」
蜘蛛の糸のベッドから降りて来たアリアドネが触覚を左右に震わせ、ギギギギと愉快そうに音を出す。
「あ、そうだ。一つ聞き忘れていたんだけど、念のため」
「なあに?」
「魔法的な効果を発揮するものだったら、何も魔法じゃなくてもいいんだよな?」
「そうよ」
よしよし。ならば問題ない。
アリアドネと並んで歩きながらニヤリとする俺であった。




