51.奇運プラズモン
銀色のコインは「奇運プラズモン」という名称だった。アイテムボックスの一覧に表示されたからね。
忘れがちだったけど、アイテムボックスの一覧からアイテムを閲覧すると簡単な説明があるんだよ。
覚えているだろうか? 最初にチュートリアルをこなした後のことを。
《始まりのダガー
説明:初期支給品》
そう、これだ。ダガーの名称と説明が記載されている。
今回も同じく、説明文が表示されるはず。
いざ、表示。
《奇運プラズモン
説明:水に浸し飲んでみよう。いいことがあるかも》
お、おお。珍しく冴えた説明文じゃないか。とてもわかり易い。
屋外テーブルセットで先日のように優雅なティータイムが始まる。
今回もちゃんとお茶菓子があるんだぞ。ドロテアで購入し、しばらく保管しておいた一品である。
その品とはリンゴのコンポートのようなものだった。これならアリアドネも食べることができるかも?
そう思って、リンゴのコンポートを3セット用意したのだ。
ベルヴァが紅茶と今回からアリアドネ向けにハーブティを淹れてくれた。
「アイテムボックスの力で分かったことを先に伝えるぞ」
『我にも寄越せ』
喋ろうとしたところで話の腰を折ってきた駄竜に対し、無言で肉を投げる。
俺たちだけティータイムを過ごすなんて許さないと来ると分かっていたぜ。ははは。
「では改めて。アイテムボックスでは秘宝と他の区別はつかない。このコインの名前は『奇運プラズモン』。水に浸して、その水を飲むと効果を発揮するみたいだ」
「状況からメーダーが水たまりの水を飲み、王都やバリアスへ行くことでクリティカルヒットが起こったということですね」
ベルヴァが俺の説明を捕捉してくれた。
彼女に向け頷き、言葉を続ける。
「恐らく。奇運プラズモンと水たまりの水を全部アイテムボックスの中へ放り込んだから、今後クリティカルヒットが起こることはないと思う」
「無事、解決ですね!」
うんうん。お、リンゴのコンポートは中々いける。
そこでハーブティを楽しみ口をつぐんでいたアリアドネが口を挟む。
「ニンゲンの話はこれで終わりでいいのかしら?」
「うん。無事解決。報告も秘宝のことを誤魔化すつもりだ。この秘宝は有益だからな」
「秘宝の特性も分かっているし、試してみる?」
「一応確認なのだけど、『奇運プラズモン』は秘宝でいいのかな?」
「そうよ。あなたは秘宝とそうじゃないものの区別が付かないって言ってたけど、区別をつける必要もないわ。弟子に聞いてみなさいな」
「お、おう」
今度はベルヴァが説明に回る。
確かに、秘宝、秘宝と言っていたけど、駄竜から秘宝の中に駄竜の力を取り戻したり、元の世界に帰還できるようになったりできるものがあると聞いていた。
しかし、秘宝はどんなものなのかということは知らないままだ。
「秘宝とは人……この場合は十二将も含めて二つと作ることができないモノを指します」
「秘宝ってマジックアイテムの一種なんだよな。言葉の綾みたいな」
「はい。一説には世界開闢の時に生成されたとも、かつて十二将の上に君臨したと言われる存在が滅する時に生まれたとも言われています」
「平たく言うと、現在の技術では作ることのできない一品ということかな」
こくんと頷くベルヴァ。
あれ、この話、もしかしたら以前に聞いたことがあるかも。記憶が定かではないので気のせいだと思う。
物忘れが酷くって……何てことは決してないのだからね。勘違いしないでよね。
『ヨシタツ。さっそく秘宝を使うのか?』
肉の塊を完食してご満悦な駄竜が呑気にそんなことをのたまった。
俺たちの会話を全然聞いていなかったに違いない。
「野暮用が済んだ後で試そうと思ってる。そこで、ファフサラスとアリアドネにお願いがあって」
『なんだ?』
「何かしら?」
同時に発言した彼らの問いに応じるかのようにテーブルの上へ『奇運プラズモン』を無造作に置く。
これ、銀なのかなあ。持った感じとても軽いからチタンが混じっていそう。
俺に金属比率を調べろなんて無理な話だよ。
「これから侯爵のところへ行ったりやら、依頼の後処理をしようと思ってるんだ。奇運プラズモンの検証をはじめたら、時間のことを忘れそうだから」
「待っている間に『奇運プラズモン』のことを調べて欲しいというわけね」
「うん。効果も使い方も分かっているから、発動率がどんなもんなのかなって。解析できそうならして欲しい。実際使ってみて検証ってのは待ってくれ」
「簡単な解析魔法にかけてみましょうか。ファフサラスもやる?」
『秘宝ならば我が手を焼くに値する』
偉そうに背筋を反らして小さく炎を吐く駄竜であったが、こいつ魔法による分析なんてできるのか?
じとーっと疑いの目線を向けていたことを察したのか、駄竜が俺に炎を吹きかけてくる。
「熱いだろ」
『お主、我が魔法を使えぬとでも考えてなかったか?』
「そんなはずは、あるな」
『解析魔法の一つや二つ。任せておけ。だが、勘違いするな。秘宝だからやるのだ』
「はいはい。頼んだよ。まあ、アリアドネもいるし、適当でいいよ」
『なんだとお!』
迫る駄竜の尻尾を素早くつかみ取り、ぽいっと放り投げた。
地面に落ちる前にぷかぷかと浮かんだ駄竜はガバッと大きく口を開ける。
「おっと、炎を吐くなら肉にしろよ」
『そうだな。お前より肉の方が実用的だ』
「なんだとお!」
『早く肉を出せ』
ぐぬぬぬ。こんがり肉は俺も好きなんだよな。
ドサドサと肉の塊を床に落とす。
「じゃあ、ベルヴァさんとまずはバリアスへ行ってくる。何かあれば呼ぶよ」
手を振り、アイテムボックスを後にする。
◇◇◇
そのままバリアスへ入れないことがもどかしい。
なんて思っていたけど、淡々と進むケラトルに馬車台の揺れ、ノンビリと動く景色に心が洗われるようだ。
悪くない。こうして自然を眺めながらぼーっとするのも、スローライフ空間で水やりをしたりするのも根幹は同じなのだと思う。
こういうのが良いなと思えるのはあくせく仕事をしていたからだ。
日々同じ変わることないルーティンワーク。たまにそこから外れて生活をするから良いと思える。
元の生活に戻ったら、いろいろあったけど充実した日々だったなあと懐かしむ日も来るだろう。異世界と日本、どっちがいいのかと聞かれたら難しい。
そんな感情を抱くのだから、俺もなかなか異世界に染まって来たもんだ。
「問題ありません。ちゃんと手綱を掴んでおりますし、ケラトルは手綱を引かなくてもちゃんと導いてくれます」
「ありがとう。最初から最後までベルヴァさんに頼りっきりだよ」
「最後……?」
「あ、いや。ひと段落つくだろ」
ベルヴァの目つきが一瞬鋭くなったことにドキリとした。
俺はどうしたいのだろうか。
ぐるぐる頭の中で考えを巡らせているうちにバリアスに到着する。




