48.地図が読める人って尊敬するよね?
「調査魔法です。ご安心ください」
不慮の事故で無くなった男の遺体を見守る法衣姿の老人に向けなるだけ優しい口調でそう告げる。
男は天涯孤独らしく、遺族の人はいない。唯一人、亡くなった彼に祈りを捧げ、埋葬するために老人が来訪したのみである。
祈りが済んだ後は教会の人が遺体を運ぶのだそうだ。教会と表現しているけど、実際には違うのかもしれない。
俺の主観で勝手に教会とか神父とか判断しているだけなことに注意だ。
まあ、法衣姿の老人が驚くのも無理はない。フード付きローブで顔を隠したアリアドネが遺体の前でしゃがみ込んだまではよかった。
彼女は彼女の指先よりながい袖の先から白い糸を出し、糸が遺体に絡んで行く。
糸は遺体をくまなく調べているようで、まるで生き物のように動いている。
調査の魔法が老人の知るものと大きく異なるのだろう。彼は蒼白な顔で両手を組み死者に祈りを捧げている。
「どうだ?」
「まだ、辿れるわね。動いたのは右腕みたいね」
老人を見やると静かに頷きを返す。
動いたとしか聞かされていなかったので、アリアドネの調査が正確であることを示す結果となった。
「魔法ではないわね。そこのニンゲンが、ええと、ニンゲンたちの魔法だとヒールかしら。ヒールを使って、少しした後に何かが反応したみたいよ」
「となると、十二将か秘宝のどっちかか」
「十二将ではないわよ。だって、術式はこの場所で行ったのでしょう? 繰り返しになるけど、白い服はニンゲンよ」
「あ、そうだな。となると秘宝か」
「そうね。だけど、根源が、ちょっとね。もう一体、調べることはできないかしら?」
「もちろんだ」
老人に深々と頭を下げ、死者の冥福を俺なりに祈り、この場を後にする。
ええと、ベルヴァの持った街の地図を見つつギルドの場所を確認、確認。
よっし、ギルドに戻り最新の「病の情報」を入手するとしようか。
ところがどっこい、ギルドで「そろそろ侯爵のところへ行け」と言われてしまった。
早く調査したいというのに。ぷんすか侯爵の居城へ向かう途中、そういや俺たちの方からアポイントを取ったんだと思い出し「えへ、そうでしたっけ」と一人頭をかく。
約束通り侯爵に会ってきたが、彼からは大した情報を得ることはできなかった。
本当にご挨拶って感じだったよ。詳しくは冒険者ギルドでと真顔で言われ、「お、おう」となった。
挨拶だけで侯爵はすぐに部屋を辞したので、残った騎士風の中年の男に聞き込みをしてみたんだ。彼は眉を潜め小声でいろいろと教えてくれた。
調査に必要だから伝えるが、外に情報が洩れでもしたら……という脅し付きで。
あっさりと込み入った情報を教えてくれるとは、冒険者って結構信頼されているんだな。
冒険者は依頼は必ず守る。それが冒険者が冒険者たる所以なんだって(ドロテアのハゲの言葉より)。
ハゲは「もし、依頼に関する守秘義務を破れば、全力で冒険者ギルドが粛清に来るぜ、ガハハ」とも言ってた。
俺とベルヴァは大丈夫だけど、駄竜とアリアドネから漏れ出ないようにしなきゃな。もっとも、彼らにとってつまらない話だし、彼らが他の人間と会話することも余り考えられない。
いい意味でも悪い意味でも彼らは強さを認めた者としか会話しないし、拘らないからね。
そうそう、それで騎士風の男からは侯爵が依頼することになった事情の一部を聞くことができたんだ。
ベルヴァの予想通り、宗教的な問題だった。
死者の鎮魂を祈る際に回復魔法ヒールをかけてあの世に旅立てるようにする。そんな聖なる祈りの後に死者が独りでに動き出すなんてことがあったら、死者があの世に行けずにもがき苦しんでいると捉えられるんだと。
ん? 何か脅されたけど、それほどクローズドな情報じゃないんじゃあ……。まあいい、予想通りだったってことで良しとしよう。
そんなわけで次である。
大通りから一本裏に入り……ってこの通りも大きいな。
「ここだっけ……」
「いえ。もう一本、東……そこの十字路を右です」
同じような露店が並び、人々も行きかう道の区別がつかない。
こいつはもう笑うしかないぜ。
笑うとベルヴァがグッと拳を握りしめて男前なことを言ってくれた。
「そうでしたっけ、あはは」
「お任せください! 地図があれば初めての道でも平気です!」
「た、頼む……」
「いつもお役に立ててませんので、これくらいは」
「そんなことない……って。あぶねえ、あれ、大丈夫なの?」
「た、確かに、やりすぎな気がします」
地図を見ながらで人とぶつかりそうになったわけではなく、露店から炎の柱が上がっていたんだよ。
中華料理とかで油がぶわっと燃えるやつあるじゃないか、アレを数倍にしたような感じ。
建物の二階部分まで届こうかという高さであった。
幸い、炎があがった露店は幌がなく火事にならずに済んだ様子。
危ないと思ったのは俺たちだけじゃなかったらしく、近くにいた人たちが集まって野次馬ができ始めていた。
「すいません! ご迷惑をおかけしました!」
ペコペコと群衆に向かって頭を下げる樽のような腹をした店主。
やはり事故だったようだな。一種のパフォーマンスと思ってビックリしたよ。
ん。カセットコンロなんてもちろんないし、露店で煮炊きをするときって何を使うんだろ?
ちょうどいい具合に隣の露店がケバブのような串を焼いていた。どうやら炭でやっているみたい。
件の店主のところはどうなってるんだろ?
お、本格的な厨房なのかも。二か所もゴトクがあるぞ。ゴトクというのはこうほら、鍋を乗せるときに便利なやつだよ。
黒い丸いあれ。上手く表現できない……。
片方は炭焼きで、もう片方は燃料が何もないみたいだけど、何用なんだろ?
じーっと見ていたら頭を上げた店主と目が合った。
「あ、あの。寸胴が一つなのに煮炊きが二か所じゃないですか」
「微妙な火力の調整をするために炭と魔法で使い分けているのです」
「そうだったんですか! 料理人の拘りですね」
「はい。自慢のシチューです! ですが、こんなことになるなんて……申し訳ありません」
目が合ったから何か喋らねばとなり、たどたどしくも店主と会話を交わす。
そうか、何も無かったのは魔法の火で煮炊きをしていたからだったのか。
便利だな、魔法。コンロのように火力の調整もお手の物らしい。
せっかくなので、店主自慢のシチューと自家製のパンのセットを頼み、その場で食事をすることにしたのだった。
余りゆっくりとしていられないので、ささっと食べてすぐに次の現場に向かおう。
急ぎ過ぎて熱さで火傷しそうになったことは秘密だからね。
ついでに、隣の露店で肉串を駄竜に、反対側の露店でリンゴを買ってアリアドネに渡す気遣いも忘れていない俺である。
俺とベルヴァだけ食べたら確実に絡んでくるからな、駄竜が。




