46.いざ、バリアスへ
*御者台に乗っている*
来てよかったバリアスの街。まだ街まで少しあるのだけど、もうこの時点で感動していた。
遠目に映るのは湖の上に浮かぶ白亜の城……ならぬ白亜の街。
街じゃなくて城なら俺もかつて写真で見たことがある。た、確かモンなんとかって城だ。場所はフランスだったと思う。
他にも海の中にある鳥居もあったような。こう、水の上に浮かんでいるように見える建物ってワクワクする。
おとぎ話で出てくるような街が目の前に迫っているんだ!
だというのに、中の二人と来たら、外を見ようともしない。駄竜は寝そべり、アリアドネは糸で手遊び中である。これなんてデジャヴ?
ガラガラガラとケラトルが進む。車輪の音が変わったかな?
舗装こそされていないが、馬車や人の往来で土が固くなっているのだろう。大きな石も取り除かれているし、揺れが少なくなってきた。
さらに進むと岩窟都市ドロテアと同じように舗装された道に変わる。
土より舗装された道の方が揺れが大きいのはご愛敬か。舗装された道はレンガを敷き詰めたものなので、どうしても劣化してガタガタになってしまうんだよね。
雨が降ると水はけが悪くなるし、雑草も伸び放題になるにせよ、土を踏み固めた道の方が快適ってのも不思議な気持ちだ。
湖のほとりに門番が立っていて、長い長い橋の奥には城壁がある。城壁の中はもう少しお預け……なのだけど、橋を渡るだけでもテンションが上がりそう!
「こんにちは」
「街の者ではないな。何か証書を持っているか?」
「持ってます。ドロテアの冒険者ギルドから来ました」
「おお、待っていた。侯爵様から聞いている。ようこそ、バリアスへ」
ギルドの依頼書と冒険者ギルドカードを見せると、門番の男は白い歯を見せ歓迎してくれた。
彼に見送られ、湖を見ながら橋を進んで行く。大きな湖だから波がたち、水鳥たちが気持ちよさそうに浮かんでいる。
途中、街の方から馬車が来たけど問題なく通過することができた。橋はちょうど馬車二台分の幅があるみたいだな。
◇◇◇
街に入るとまたしても感嘆の声が出る。
「すげえ。なんかこう商人にピッタリな感じだよな」
「そうなのですか?」
「ほら、水路からも荷物が運べて」
「なるほど。大通りもドロテアよりかなり広いですし、これも荷物を運ぶためなのかもしれませんね!」
ベルヴァの言葉通り、大通りがとても広い。左右に露店が立ち並び、露店の裏手にも店がある。
あれって営業妨害じゃないのかな……店舗側にお客さんが入らなくなってしまうような……と俺が心配することでもないか。
大通りも感動ものだけど、何と言っても水路だよ水路。
ゴンドラが行きかう水路があるんだよ。水路を使って建物の中に入ったりするところもあるみたいでさ。さらには船の中で生活している人もいるみたい。
水路といえば商人だろ。ええと、何とかの商人って物語があったんだ。確か。何の商人だったか忘れたけど、水路と関係があったと思う。
「あれかな? 侯爵の居城は」
「ご存知なのですか?」
「あ、いや。何となくだけど……」
「いえ。きっとあの場所こそ侯爵様の住む場所です」
ぐっと手綱を握りしめるベルヴァであったが、どこからその自信が来るのだろうか。
俺? 俺はちゃんと根拠がある。
バリアスの街は中央が高くなっていて、ぐるりと城壁が取り囲んでいるんだ。その中に見えるは白い尖塔と城である。
あの場所からなら街全体が見下ろせるし、防衛にも適しているんじゃないかと思って。
一番偉い人が一番立派なところに住んでいるというのは想像に難くない。どうだ。この素晴らしい推理。探偵もびっくりだぜ。
「いかがいたしますか?」
「え、えっと」
「宿を取られますか? それともギルドに?」
「集合予定日までまだ数日あるし。行商……は仕入れをする時間がなかった。まずは情報収集兼ねてギルドに向かおう」
どんなものを仕入れようか、と作戦を練るよりアイテムボックスの中で家を準備したりに時間を割いたので何も準備ができていない。
アリアドネの力が大きいけど、一応、家で住める程度には整えることができたんだ。畑やらも準備したいところで、まだまだスローライフ空間の完成は遠い。
行商そっちのけで夢中になっていたので、仕方あるまいて。
だって、楽しいんだもの。しょうがないじゃないか!
もう一つあってさ。道中が平和過ぎてこれといった獲物を取ることが出来なかったのもある。
イノシシを一回り大きくしたような動物を仕留めたくらいだな。もちろん既においしく頂き済みである。
◇◇◇
ギルドで病の情報を聞けた。ついでと言っては何だが、明日朝一でバリアレス侯爵に謁見できることになったんだ。
俺としては微妙な気持ちなのだけどね。期日を待たずに早々面会できることになったのはベルヴァにある。
侯爵はドラゴニュートに会ったことが無いらしく、噂に聞くドラゴニュートならと急ぎ対応してくれたという……。
彼女は確かにドラゴニュートである。うーん、モヤっとするが謁見できること自体は悪い事じゃない。深く考えることは止めよう。
宿のベッドに寝ころびつつ、椅子に腰かけるベルヴァに目を向ける。駄竜は俺と同じベッドで半分目が閉じていた。
アリアドネはここじゃ休まらないからとアイテムボックスの中にいる。
「奇妙な病と聞いていたけど、病じゃないよな?」
「どちらかというと奇跡の類いかと思います」
「だよなあ。ある種の魔法なんかじゃないかな?」
「アリアドネ様は何とおっしゃっていましたか?」
聞いてこよう。
彼女は多分、アイテムボックスの中の自分の巣にいるはず。
この場にベルヴァを連れていくわけにはいかないので、俺だけで行くとするか。
「ファフサラス。俺がいない間、ベルヴァの事を頼む」
『心配あるまい。脅威となる者は周囲にいない』
ふああと大きな欠伸をする駄竜にベルヴァも困り顔だ。
「ちっと聞いてくる」
「いってらっしゃいませ」
というわけで、やってまいりましたアリアドネの巣へ。
「たのもー」
「あら、ここで休みたいの?」
アリアドネが中央の蜘蛛の巣から顔だけを出し触覚をピコピコ動かす。
「聞きたいことがあってさ。病の調査をするって言ってたろ」
「興味を惹く話じゃないわね。気にも留めてないわよ」
いやいや、一緒に冒険しているんだから目的くらい覚えようよ。
何てことは露ほども態度に出さず、言葉を続ける。
「その病ってのが、病と表現するものじゃない感じで。魔法の一種なんじゃないかと思ってるんだ」
「へえ。どんな魔法なの?」
「死んだはずの人が動き出したり、爪や髪がグングン伸びたり、と聞いている」
「アンデッドじゃないの?」
「違うみたいなんだ。アンデッドみたく人に襲い掛かってくるわけでも無し。動くといっても腕や頭が少し動き出して……なんだって」
「へえ。興味を惹かれたわ」
ギギギと音を鳴らしたアリアドネが巣から降りて来た。




