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44.迷彩

 アリアドネが「えいや」の勢いで建築した円柱型の建物は外からは頑丈そうな建造物に見える。

 家というよりモニュメント的な感じがするもだけど、中に入ると「巣」と言う表現がピッタリだった。

 

「ひゃー。まさかの完全吹き抜けとは」


 上を見上げあんぐりと口を開く。

 円柱形の建物の高さは二階より少し高い位。中は仕切りなど一切なく、がらんどうだった。

 床も含め、びっちりと蜘蛛の巣が張っていて、ゆりかごのようにぶら下がっている膜のようなものが寝床なのだろうか。

 なんかこう、蜘蛛に捕獲された虫のような気もしなくはない。

 

「私一人だから、こんなものよ」


 糸束に足先を乗せ、アリアドネが当然ね、と言った風にうそぶく。

 基準がまるで分からんのだが……。

 糸束の上をそのまま歩いて行くと途中で落ちそうと思っていたら、90度になっても彼女の体は重力に引っ張られることもなくスタスタと進んで行くではないか。


「逆さまになってるぞ」

「私にとって糸はそんなものよ」

「巣の大きさも中にいる個体数で決まるのか?」

「そうね。だけど、私の巣はいつだって私専用よ。私の巣を中心に広げていくの」

「へえ。全部迷彩柄なのかな」

「時と場合によるわよ。迷彩柄って何かしら?」

「この建物の外側を塗った柄のことだよ」

「へえ。迷彩というのね。ニンゲンも迷彩を使うのね」


 迷彩柄を知っているのは俺であって、ドロテアの人でも王国の人でもない。

 少なくともドロテアの街で迷彩柄を見かけることはなかった。

 うーんと腕を組み唸る。


「それはどうだろう」

「変なの」


 明らかにおかしい俺の受けごたえに対してもアリアドネはギギギと音を出し、気にした様子もなく寝床に入った。

 「じゃあ帰ろうか」と隣にいるベルヴァへ目を向け……あれいない。

 隣にいると思った彼女は俺の後ろに隠れるようにして両手を握りしめていた。

 尻尾もしなっとなり、僅かに肩も震えているように思える。

 

「ひょっとして糸に毒があったりした?」

「いえ。ここにある糸は無害です」

「そうか。良かった。でも、怯えているように見えたから」

「ご迷惑をおかけしないようにと立っておりましたが……やはりヨシタツ様には隠せませんね……」


 膝から力が抜けたベルヴァをそっと支えた。

 相当我慢していたのだろう、この空間は彼女にとって辛いところだったというわけか。

 

「ごめん。気が付かずに」

「ヨシタツ様は何も感じられなかったのですか?」

「外は立派なのに中が台無しだなあ、くらいかな」

「そうですか……」


 話しながら、彼女に肩を貸し円柱の外へ出る。

 そこで彼女は大きく息を吐き、体からガクンと力が抜けてしまった。

 抱き上げようか迷ったけど、彼女の背中に片手をあて、静かに座らせる。

 

「も、申し訳ありません。失態を」

「そんなことないって。俺は本当に何にも感じなかったんだ」

「きっとヨシタツ様がアリアドネ様より遥かに強いからです」

「そんなものか。どう感じたのかよかったら教えてくれないか?」


 青ざめた顔でコクリと頷くベルヴァ。


「あの場所は捕食者の胃の中とでも表現すればいいのでしょうか。体が溶かされてしまうような、毛穴という毛穴から汗が吹き出すような、そんな感じです」

「なるほど。アリアドネの寝床でありながら、彼女の巣だから。アリアドネの威圧とかそんなものに気圧される感じかな」

「はい。あの場にいて平気なのはヨシタツ様以外に蒼竜様くらいかと」

「気軽に誘っちゃったなあ」

「いえ。私も是非にとお願いいたしましたので、どうかお気に病まず」


 ちょっと待っててと手で示し、ポーションの入っていた瓶をいくつか掴んで戻る。

 ポーションの空瓶も有効利用しようと思って、中に水を入れてあるんだ。

 彼女に一本手渡し、遠慮するかなと思い自分も蓋を開けゴクゴクと水を飲む。

 

「ありがとうございます」

「落ち着いたら、家に戻ろうか」


 差し出された彼女の手を握り、立たせる。

 そんなこんなでちょっとしたスローライフ空間改装のつもりが大改装になったなーとベッドに寝ころんだら、すぐに眠ってしまった。

 

 ◇◇◇

 

 ケラトルに馬車を引いてもらい岩窟都市ドロテアを出る。

 ドロテアから見てドラゴニュートの村は南東にあり、これから目指すバリアスの街は北西方向だった。

 俺は南東部にしか行ったことがないのでとても新鮮だ。ベルヴァも似たようなものらしく、初めての旅路にワクワクしている様子だった。

 一方で駄竜とアリアドネの二人は俺たちとは正反対でいつもの調子である。

 

 御者台に乗って景色を楽しむのは俺とベルヴァで、駄竜とアリアドネは馬車の中。

 チラリと後ろを見やると駄竜はくああと欠伸をし、ペタンと床に顎をつけていた。もう一方のアリアドネは糸を出して引っ込めてと彼女なりの手遊びをしているようだ。

 そんな彼女と目が合う。


「狩りにもならないわ」

「たまに空飛ぶトカゲとかが遊んでくれるぞ」

「さあ、そうだといいのだけどね」


 彼女はギギギとした音を出して両手を頭の後ろにやり、寝そべった。

 まだドロテアを出て15分ほどだというのに、完全に飽きている彼女にこの先大丈夫かと不安がよぎる。

 ま、まあ。待つのが暇ならアイテムボックスの中で時間停止状態で待っててもらえばいいか。

 

「ベルヴァさん、少しの間、ここを一人で任せてもいいかな?」

「もちろんです」


 ベルヴァに断ってから、馬車の中に入る。

 目がとろんとしている駄竜の前でしゃがみ込み、ペチンと彼の鼻先を叩く。

 

『何だ?』

「家作りに夢中で聞きたいことが聞けてなかったんだよ」

『ほう? 我の偉業を聞きたいと? お主がどうしてもと言うのなら考えてやらんでもないぞ』

「それは別に興味がない」

『何だと! 我を邪蒼竜と知ってのろうぜ……むぐう』

「お約束は今は置いておいてだな。ほら、今回の依頼って謎の病の調査なわけじゃないか。知り合いにそんな奴いない?」

『不躾な。我がいちいち小物のことなど覚えているわけないだろう』

「小物じゃない奴でそんな奴いたりする?」


 駄竜は寝そべったまま右前脚だけをペロッと上げる。

 その先にはさっきまで寝ころんでいて、今は胸に両膝をつけた状態で座っているアリアドネがいた。

 

「何かしら?」

「謎の病をばら撒いてる?」


 単刀直入にアリアドネへ聞いてみた。

 顔を上げた彼女は指先を口につけ、パチリと瞬きをする。

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・タイトル

緑の魔女ルチルの開拓記~魔力無しと追放された元伯爵令嬢ですが、実は魔力が数倍になっていました~

・あらすじ

魔力無しと追放された女の子が実は計測できないだけで膨大な魔力を持っていて、その力と仲間たちと協力して快適な村を作って行くおはなしです

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