40.意外なお隣さん
一階部分の掃除がひと段落し、ふうと息をつく。
埃が溜まりにたまった一階をこれほど早く掃除ができたことにはもちろん理由がある。
一階は間仕切りなしの空間になっていて、天井が高くない。窓も入口扉のある壁以外には全てついているから風通しも抜群だったんだ。
なので、窓を全開にして掃除をすると埃の逃げ場もあり、水で流すのも仕切りに邪魔されずに済んだってわけさ。
二階は6畳ほどの部屋が三つだった記憶なので、一部屋ずつ片付けていくつもりである。
「うーん、二階は後日かなあ」
「ここは暗くなりませんので、そのまま作業をやろうと思えばできます」
「せっかく街にいるから、レストランで食べたいなって」
「ヨシタツ様のお優しさに胸が熱くなります」
「俺の為でもあるから。それに、お金を稼いだのは俺だけじゃなくてベルヴァと駄竜があってのことさ」
んじゃま、最低限の家具だけ設置しておこうか。家具の移動はアイテムボックスを使えばサクサクだし、仮置きでも全然問題ない。
ベッドとクローゼットに服系を出して置く。ベッドはもちろん二つだぞ。俺とベルヴァの分……なんて思っていたら後から不備に気が付くわけだが、この時の俺はまだ知らない。
◇◇◇
アイテムボックスの外に出たら、廃屋に駄竜の姿はなかった。
おいおい。ペットの遺棄は飼い主のマナーが問われてしまうぞ。人間並みの知能を持つので安心かと言われると逆だ。
あいつの場合、会話もできるからよりたちが悪い。ほら、謎の空飛ぶ爬虫類がフラフラと街中にいたとしたら、誰かしらが捕獲しようとしたり餌をあげようとしたりするだろ?
それでトラブルになって駄竜が街の人に噛みついたりなんかしたら……警備員が駆けつけて、斬り合いにでもなろうものなら……。
「やっぱり放置するんじゃなかった!」
次からは気絶させてアイテムボックスに放り込んでやろうと誓う俺であった。
舌打ちする俺に対し、ベルヴァが外を指さす。
見える範囲にいるのかな?
廃屋の外は一通り収納したので視界良好である。ちゃんと唯一居住しているであろう家だけは敷地に踏み込まずにそのままにしてあるから何もやらかしてないよな。
ん、その唯一残した家屋の庭に人の姿が……あ、あれ駄竜じゃないのか?
小さくて何をしているのかここからじゃ見えないけど、大人しくしているので餌でも与えられてご満悦なのかもしれない。空を飛んでないし。
情熱的な鮮やかな赤髪に肉感的なボディ、ドクロの眼帯の美女……どこかで見たことがあるような。ええと、誰だっけ。
なんて考えつつ、むしゃむしゃと骨付き肉にかぶりつく駄竜を胡乱な目で見つめる。
「おい、勝手にどこに行ってるんだよ」
『その場にいろなどと言われてはいないが?』
こいつ、頭の中に語り掛けてくるので口を止めずとも返答できるのか。
大きな口で骨付き肉を咀嚼し続ける駄竜に対し、餌を与えられて尻尾を振る犬が思い浮かんだ。
本当に人間並みの知性を持つのかよ……飴をくれる人に平気でついていきそうな気がする。
ベルヴァと本人の言葉によると、駄竜の強さはアリアドネに少し劣るくらいらしいので、街の人じゃ束になっても敵わない。
なので、餌を与えて捕獲され見世物小屋へ、何てことは心配していないけど、刃傷沙汰になってしまうだろうに。
「あ、あなたは」
「少しぶりだね。その子の鎧はもう少しかかるよ。角の加工もあと少しかねえ」
「あ、女かいぞ……鍛冶屋のお姉さん!」
「一応、カタリーナって名前があるんだよ。あんたは?」
「俺は良辰とでも呼んでくれれば」
「改めてよろしくね」
「こちらこそ」
女海賊風の鍛冶屋店主カタリーナと握手を交わす。
なるほど、ここに唯一住んでいる人ってのは彼女だったのか。世間は狭い。
「俺のペットに餌をありがとうございます」
「あんたのペットだったのかい? てっきり、あんたの恋人のものかと思ったよ」
「あ、そういうことか」
「そういうことって?」
「こっちの話。このトカゲは俺のペットなんだよ」
『トカゲとは何だ! 我こそは邪蒼竜ファフサラスなるぞ』
肉にご執心で聞いてないのかと思ったら、しっかり耳をそばだてている駄竜なのであった。
それはともかく、ギルドで街中でもお店でも駄竜について突っ込まれなかったのはベルヴァがいたからだったのか。
ドラゴニュートは竜の眷属だから、トカゲっぽい駄竜を連れていても不思議に思われなかった。もし駄竜が声を使って会話するドラゴンだったら、大騒ぎになっていたかもしれない。
こいつが頭の中に語り掛けない限り、他の人には分からないからね。
「珍しいトカゲを飼っているんだね。こう頭の中に声が響くなんて初めてだよ」
「ファフサラス……」
あちゃー。餌をもらって尻尾を振る犬じゃないんだから。
しかし、すかさず駄竜から突っ込みが入る。
『何だ。お主が言っておったのだろう。肉を貰ったら礼を言えと』
「時と場合に……いや、いい。この人にはアイテムボックスのことも知られているし」
そうだな、お礼を言う事は大事だよな。……駄竜は社会というものと無縁だ。
TPOを、なんてことはナンセンスだよな。仕方ない。
誰が悪いのかと言えば、目を離した俺が悪い。
そんな俺に両手を胸の下辺りで組んだカタリーナが下から俺を見上げてくるようにしてうそぶく。
「クライアントの秘密は守ると言っただろう? まだ面白いことを隠してそうだね」
「い、いや……」
「顔に出てるよ。廃屋から出てきたけど、あの中でずっと時間を潰していたんじゃないだろう? さっきまで中にいなかったのにさ」
「空間魔法だよ。中に入れるんだよ」
もういいや、全部喋っちゃえー。決しておっぱいを押し上げるように腕を組んでいたから思考力が鈍ったわけじゃあないんだぞ。
おっぱいで思い出したけど、俺のハムちゃんは家族が何とかしてくれるからいいとして、読もうとしていた雑誌はどうなっているだろうか?
目立つところに置いておいたので、確実に見られているだろう。お、お、おう。妹の蔑む目が怖い。
いやいやいや、俺の部屋に戻ることができるのなら、それさえも些細なことだ。しばらく妹からからかわれそうだけどな。
「やはり、ドラゴニュートでは駄目なのでしょうか……」
俺の目線を追っていたベルヴァがボソリとなんか呟いていた。
勘違い甚だしいが、訂正する勇気が俺に在ろうはずがないので、黙っていることにする。




