34.ニンゲンの雌
一日を大自然の中で過ごし、もう一日は冒険者ギルドで報告と素材の買取をしてもらってから、残り時間をお買い物に当てようとベルヴァと相談して決めた。
そんなわけで一日目は大自然を満喫しようのターンである。
それ、昨日までと同じじゃないか? いやいや、全然違う。
目的はスローライフ空間を作ること。スローライフと言えば、自給自足が醍醐味だろ?
ならば、自然をアイテムボックスの中に取り入れないと、なのだよ。やってみないとどうなるか分からないところも多い。
特に一番不安なのは床だ。アイテムボックス内の床は真っ白で石のように硬い。
水はけが謎なんだよね。水を通さないと思いきや、いつの間にか床が乾いていることがあるしでよくわからない。
水はけがどうなろうが、うまく植物が育成できれば問題ないのだ。だが、やってみないと分からない。
「この辺で一回やってみるかな」
「はい!」
『ほほお』
視界は一面の雑草が生い茂る草原。ベルヴァと駄竜には後ろに下がってもらい、頭の中でイメージを組み立てる。
ゲームでよくあるような立方体を脳内で描いて、それを草原に合わせていく。
「収納」
音も立てずに5メートル四方の穴ができる。
「す、すごいです」
『お、おお。面白いな!』
後ろが大興奮だけど、俺は俺でビックリして顎が落ちた。
アイテム一覧を見てみたら、「草原ブロック(大)」と表記されている。5メートルが大サイズになるらしい。
続いて試してみたら、3メートル四方が中、1メートルが小となることが分かる。それより大きいサイズを思い描いて収納しようとしたら、5メートル四方にしかならなかった。
「どんどんいこう」
200メートル分くらい収納したところで、一旦終了とした。
草原ブロックは別のフォルダに時間を止めて収納しているので、いつでも取り出し可能だ。
土を収納する作業で相当時間が取られると見積もってたのだけど、あっさりと終わってしまった。ブロック単位になっているのなら、並べるだけで済むから戻すのも楽々で助かる。
掘って収納して掘って収納して……にならなくてよかった。
単純作業は俺の得意とするところだから問題はない。だけど、駄竜とベルヴァはそうじゃないもんな。
「お次は木とか水とか収納しておこうか」
近くの木に手を当て収納と念じると丸ごと収納できた。ん、うーん、植え替えるのが大変そうだ。
一旦元に戻し、今度は土ごと収納できるか試してみる。
今度は土ごとぽっかりと穴が開いた。
あっさりと思った通りに収納ができて大満足だ。
「ヨシタツ様、せっかくですので、木の実が成る木や低木を収納なさってはどうでしょうか」
「いいね! 自生しているものはあるのかな?」
「恐らく……探しましょう!」
「おー」
よおし、探すぞお。
ひまわりとかナッツとかもないかなあ。俺はいつだってハムちゃんのことを忘れていないぞ。
草原ごと取り込んだのでケラトルの食事にもなるし、彼らを放し飼いできる環境に近づいてきたぜ。
余談であるが駄竜は完全な肉食らしく、木の実には全く興味を示さなかった。途中でふらりといなくなって獲物を咥えて戻って来たりと相変わらずの自由人である。
駄竜がいない時に限ってモンスターが襲い掛かってきたりして、ずっとのんびり探索というわけにはいかなかった。この辺も異世界らしいといえばらしいよね。
◇◇◇
例の岩窟都市で宿泊予約をしてから、冒険者ギルドに向かう。
まずは換金してから、お買い物へ行きましょうかねってね。
「こ、これ全部ですか……?」
馬車まで来てもらった受付嬢が余りの量に呆気に取られて口が開きっぱなしになっている。
馬車から溢れ出ん勢いで積まれているのは全てモンスターの素材だ。実は馬車に入りきらなかった分がまだ半分以上ある。
折を見てまた買い取ってもらわなきゃな、と思いつつおどけた調子で頭をかく。
一応、ランクの高いモンスターを優先して詰め込んだのでそれなりの価格になるはず。
「どうでしょうか?」
「こ、これを全部あなた方が?」
「はい。ベルヴァさんと俺で。何しろベルヴァさんはAランクの冒険者ですからね」
口を挟もうとしたベルヴァに「待って」と目で合図をする。
「モンスターを討伐することは別として、いくらドラゴニュートでも短期間でこれだけのモンスターを探索することは……」
「ドラゴニュートじゃなく、ベルヴァと名前で呼んでもらえますか?」
「失礼いたしました!」
「まあ、俺の固有スキルが関わっているんです」
「有り得ないと理解しておりますが、一応、規則ですので聞かせてください。これは盗品ではありませんよね?」
「もちろんです。有り得ないというのは?」
「見た所、Sランクのレンドの素材まで含まれておりますので」
ふむふむ。盗品の可能性ってのもあるのか。物騒な世界だよ。
モンスターランクSは一応最高ランクのモンスターランクになる。商業ルートに乗ればそれなりに管理されるだろうし、ましてや、持ち帰ろうとしている冒険者から奪い取るなんてことはもっと難しい。何しろSランクのモンスターを討伐するようなパーティだからな。
幸運にも一体だけ盗めたとしても、これだけまとめてってのは不可能だろうからね。
「では、査定いたしますので、中でお待ちください」
と言って深々と礼をした受付嬢は裏口から冒険者ギルドに戻って行った。
じゃあ、戻ろうかとベルヴァと並び踵を返したところで、肩辺りをふよふよ飛んでいた駄竜が要らんことを口にする。
『さっきのはニンゲンの雌に見えたぞ』
「うん。俺も人間の女子に見えたな」
『ニンゲンならお主と同種族。交尾できるんじゃないか?』
「お前はそれしかないのかよ!」
『なんだ。巫女の方が好みか? やはり異種族でも交尾可能なんではないか』
「……お前に言っても無駄だろうから、何も言わない。だけど、巫女と呼ぶんじゃなく、ちゃんと名前で呼んだ方がいいんじゃないか?」
『ならぬ。我にとって名を呼ぶことは特別な意味がある。お主の頼みでも聞き入れられない』
「ん。俺の頼みだったら聞けることなら聞いてくれるのか?」
『……』
黙ってそっぽを向きやがった。
拗ねた駄竜に代わってベルヴァが捕捉してくれる。
「蒼竜様は実力を認めた者に対してしか名を口にしません。ヨシタツ様のお気遣い、感謝しております。ですが、蒼竜様にも蒼竜様の理由があるのです」
「アリアドネの名前は呼んでいたような」
「アリアドネ様は蒼竜様と並ぶ十二将なるものの一角とおっしゃっておりました」
「ふうむ。まあ、駄竜……じゃないファフサラスにもファフサラスなりの矜持ってもんがあるのか。強制するのも良くないな」
「そういうことです。私と蒼竜様のことはどうかお気になさらず」
「うん。分かった」
そこで言葉を止めたベルヴァは立ち止まって、顔を上に向ける。
「私は先ほどヨシタツ様が私を名で呼んでくれと言ってくださったことが何よりも嬉しく思っております」
「ありがとう」
彼女はドラゴニュートではあるが、ドラゴニュートは種族を現す言葉だ。彼女は彼女なのだから、ちゃんと名前で呼んで欲しい。
その想いが同じで俺も嬉しくなってきた。
冒険者ギルドで査定を待つべく席についたら、受付嬢ではなくハゲ頭のいかついおっさんが「よお」とやってくる。
なんだ、ギルドマスター自ら俺たちに用があるのだろうか?
一抹の不安を覚えつつも、彼の言葉を待つ。




