第八話 問題
ブルリュにぶたれ心が折れていたメイシャルに容赦ない現実が突きつけられる。
「ア、アニーが私のメイドから外された?」
メインメイドとなったブレンダがメイシャルに報告する。
「アニーは何処へ?」
「わかりません。アルベニア家全体に報道管制を敷かれています」
「メイドのことなのにそこまでするのは異常」
両腕に包帯を巻いたエルブレンドが腕を組んで考える。
「もう一つ。重要なお知らせが」
「ブレンダ、待って! これ以上はメイシャルの心が持たない。ボクで代われることなら……」
エルブレンドはメイシャルの心のポテンシャルを十分に理解していた。メイシャルはどんな残酷なことも耐えられるが、連続で来ることには耐えられない。とても弱いことを知っていた。
「いえ、ウィルメイ様から個人的なお茶会のお誘いなので」
「ウィルメイ様って誰?」
「スターレスト様の妹君です。ここだけの話ですが、ウィルメイ様は、とても気難しい方です。正妻オーフェルは勿論のこと、側室候補の誰にも気を許していません」
考え事があるとメイシャルは、屋敷内の庭園を散歩する。ちなみに屋敷内と一言で言っても、スターレスト様のお屋敷を中心にいくつものお屋敷が存在しているのです。今私のいるお屋敷もその一つです。
「久しぶりね。メイシャル。六闘技師に命を狙われたと噂になっているわ」
側室候補で唯一悪意のないフランデ・ワークスル様だ。
「ご心配をおかけしました。スターレスト様やブルリュ様に助けて頂きました」
深々と頭を下げると、フランデは座っていたベンチの空いている場所をトントンと手で叩く。つまりそこに座れと言っているのだ。
いつものように護衛のデューイとマシルマは会話が聞こえなくなるまで距離を取る。
「そう。ねぇ、メイシャル。貴方が命を容易く狙われるのには、貴方にも原因があるのよ」
「フランデ様。何かご存知で?」
「何も。でもね。誰が企んだ暗殺計画なのか凡その見当は付いているのでしょ? だったら仕返しをしなければ殺されるまで狙われ続けることになるわよ」
ブルリュ様は証拠もないのに個人の名を挙げることは出来ないと言っていた。しかし、思い当たる人物は一人しかいない。
「私に暗殺を指示しろと?」
「カーペストではどうか知れないけど、シレーンではごく当たり前のことよ。例え間違った暗殺でも力と実行力を示すことができるわ。だからこそ、敵もおいそれと安易に暗殺なんてできなくなるのよ」
「でも……」
「アドバイスはしたわよ。一応覚えておいてね」
メイシャルは、振り返らず力強く歩き去るフランデ・ワークスル様の後ろ姿を見つめていた。
気分転換のつもりが余計に重たい真実を突きつけられてしまった。意味のわからない風習のため専属メイドから外されてしまったアニー、尽きることのない暗殺者、命を護るために殺られる前に相手を殺すとか、敵意むき出しのスターレスト様の妹君、ブルリュ様に怒られたこと……。
増える一方の悩みにメイシャルは頭を抱える。
「おう、暗い顔してどうした?」
「ブ、ブルリュ様!?」
言葉が続かない。嫌いになったはずなんてない。ただぶたれたことがショックだった。好きな人にぶたれたんだもん。
(えっ!? 好き?? ブルリュ様が!?)
「あっ! 忘れ物しちゃった!!」
芝居がかった様子のメイシャルを不思議そうな顔で見るブルリュだったが、メイシャルが部屋から出ていくとマシルマに護衛を命令する。
無意識に走り辿り着いた滅多に使われない東側の階段の踊り場で、マシルマに手を掴まれた。
「メイシャル様、そんなに走ったらお怪我をします」
政治的道具として使われる貴族のご令嬢が一番してはならないこと。
つまり恋愛だ。
メイシャルもメイドたちが男性を遠ざけ、女学院に通わされ、誰かを好きになどなるようなことはなかった。
そんなメイシャルだったが、スターレスト・アルベニアという男性の側室になるため、常日頃から男性の事を考えざるお得ない立場にあった。
しかし、実際はスターレストよりもブルリュに何度も助けられて、徐々にブルリュを意識するようになってしまった。
「メイシャル様は……ブルリュ様がお好きなのですか?」
「あっ……」
色恋沙汰に疎いと思われるマシルマに感づかれた。つまり殆どの者が感づいている可能性がある。
「マシルマ……助けて……どうしていいかわかんない……」
メイシャルはその場に座り込んでしまった。
翌朝、何事もなかったようにエルブレンドが大きな書物を持ってニコニコした表情で近づいてくる。
「メイシャル。これ」
エルブレンドから渡された書物は”地下迷宮パルティア踏破録”と書かれていた。
「こんな冒険記を読む気分じゃないんだけど」
「馬鹿。暇つぶしじゃない。メイシャルの六大精霊術・土に適応した魔術があるかも知れない」
本当にこんな書物を読む気分じゃないんだけど、魔術モードのスイッチが入ってるエルブレンドにそんな事は通用しないだろう。
(兎に角適当に読んで終わりにしよう)
書物を適当に開き、そこに乗っていた魔術を詠唱してみる。
「……いでよ、黄金のつるはし!!」
ボフンと黄金のつるはしが召喚された。
「へっ!?」
「うん!? 冒険家シュルズと同じ系統? これは実験が必用。マシルマ地下迷宮に行く、護衛よろしく」
スターレスト様のお屋敷の地下には広大な迷宮が存在するらしい。エルブレンドは魔術に、マシルマは魔物との戦いに、それぞれ興奮していた。
相手がただのアンデッドで六闘技師や三大英雄でなければ、マシルマやエルブレンドの敵ではない。
薄暗い地下迷宮に、気持ち悪いアンデットが出ても、安心感からか魔術に集中できた。
「まさか聖神術・退魔まで習得するなんて」
調子に乗ってガンガンアンデッドに神術を使ってしまい魔力が切れたため、マシルマにおんぶしてもらっている。
マシルマも調子に乗って、ムニムニとメイシャルの柔らかい太腿を堪能しているが、脱力感がいっぱいで文句も言えない。
山積みの問題は何も片付いていないけど、良い気分転換になった。
ストックまるでなく続きも書いていないので、年末年始に書く予定です。
第九話はしばらくお待ちください。