第五話 親友
どうせメイシャル達以外は全員敵なのだと、エルブレンドがアニーに用意させたのは、真っ赤なバラをイメージさせるクラシックなドレス。
「こ、こんなの着ていくの?」
「うん。ほらメイシャルって男の子ぽいから」
(こんなの……目立って逃げようがないじゃない)
エルブレンドは特級魔道士の正装を、マシルマは見習い騎士の正装にそれぞれ着替えた。
「ではいってらっしゃいませ。メイシャル様、笑顔を忘れずに」
マーズリーに指定されたブリブラッタ迎賓館で、マーズリーに迎えられたメイシャル。いきなり先制パンチを喰らう覚悟だったが、和やかなムードで迎え入れられた。
「安心させて逃げられない状況で攻めてくるはず」エルブレンドは気を引き締めるように注意を促してくる。
迎賓館の調度品はどれもカーペスト王国から輸入されたと見ただけでわかるものが多かった。しかし、魔術具などの魔術系は、シレーン王国内で製造されたと思えるものだらけであった。
「どう? シレーンの魔術技術は素晴らしいでしょ?」
「カーペストの田舎から出てきたんですもの、もしも私だったら言葉を失ってしまうぐらい驚くわ」
ハーリール・ビュルサーチとナイサス・ガーデストの二人が後ろから声をかけてきた。
「ごきげんよう、ハーリール様、ナイサス様。おっしゃる通りでございます。どれも素晴らしいですね」
皮肉を笑顔で受け流され、ハーリールとナイサスは面白くなさそうにメイシャルの前から姿を消した。
「それでいい。でも特級魔道士の目の前で魔術を語るなんて自殺行為、後少し話がながければ、ボロが出て反撃できたのに」
メイシャルを遠回しに見る貴族たちだったが、誰もメイシャルに声をかけない。メイシャルも敢えて積極的に会話しようとも思っていなかった。
しかし、特級魔道士エルブレンドや、ブルリュが手塩に掛ける見習い騎士のマシルマには人だかりが出来始め、徐々にメイシャルから引き離されていく。
「あら、メイシャルさん。折角のお茶会ですのよ? もっと積極的に話しかけるべきですわ」
挨拶回りを終えたマーズリーは、いよいよメイシャルにロックオンしたらしい。
「えぇ、でも私のようなお子様に声をかけられても困るだけだと思いまして」
「本当にその通りですわ。スターレスト様もさぞお困りでしたわ」
「そうですか……。今度、ご一緒した時にご迷惑か直接お尋ねしてみます」
「まぁ、お優しいスターレスト様のことですから本当のことは言わないと思いますわ」
「流石マーズリー様ですね。スターレスト様の事を何でもご存知で」
「ところでレインザッハの森でのことなんですけど」
「レインザッハの森ですか?」
しばらく考えてみたが、そんな名前の森は知らなかった。
「メイシャルさん。シレーン国民となるにしては少々勉強不足ですわ。貴方が暗殺者に襲われたパズデニーズ領の森のことです」
「えっ?」
メイシャルの顔から作り笑いが消えたのを確認して、マーズリーが微笑む。
「そうですわ。これ見覚えあるかしら?」
マーズリーの手にはホルンが肌見放さず身に付けていたロケットペンダントがあった。
「それは……ホルンの……」
「そうですわ。貴方の幼馴染のメイド。間違いなくホルンさんのものですわ」
「それをどうして……」
「たまたま朽ち果てていた遺体をデーラーン領の騎士団が見付けたのです。騎士団の中に聖職者がいて、このロケットペンダントに込められていた憎悪が周囲に悪影響を及ぼしていたので浄化したらしいのですが……」
「憎悪……」
「えぇ、最初は聖職者も殺した者への恨みと思っていたらしいのですが、これを見て」
パカッと開けたペンダントの中に残されていた魔術写には笑っているメイシャルとホルンの顔が鮮明に写っていたが、メイシャルの顔には殺すという文字が上書きされていた。
「浄化する際に、こんな声が聞こえたとか……。”もう少し馬車の中に入れば”と、どういう意味なんでしょうね?」
「そ、そんな……」
「あら? メイシャルさん大丈夫ですか? 顔が真っ青ですよ?」
「う、嘘だ、そんなの嘘だ……」
「メイシャルさん、幼馴染の遺体をよくも放置できたものですね?」
「うわぁぁぁぁぁっっ!!!」
メイシャルは迎賓館を飛び出した。ただただ走り続け、庭園に迷い込み足がもつれれ倒れ込む。
「ごめん、ごめん、ホルン!! わぁぁぁぁぁん……」
「大丈夫?」
「放って置いて!!」
「こんなに泣いているのに、放っておけません!!」
涙で視界が歪む。何も見えない。そのとき勝手に魔眼が発動する。
魔眼を見られないように、目をドレスの袖で隠す。
「隠す必用はありません。メイシャル・フランデリア、貴方はフェルマ・カーティアの娘……つまり私の母の姉の娘。そして持ちですよね? 闇精霊術:暗示による……『魔眼を知られてはならない』という暗示を解きました」
「えっ?」
涙はドレスが吸収した。だから見える、そこにはスターレスト・アルベニアの正妻オーフェルが、メイシャルと同じ金色に輝く瞳を持って立っていた。
感情眼が、優しく包み込むような色をオーフェルから感じ取った。
(彼女は嘘を付いていない)
「そうですね。明後日の夜、私のお屋敷に来なさい。について説明します。それよりも……マーズリーに見せられた幼馴染ホルンのロケットペンダントは本物です。しかし、まるでホルンがメイシャル、貴方を恨んでいるように見せかけた細工がされていますね」
「そんなことがわかるのですか?」
「えぇ、メイシャル貴方が受け継いだとは少々違いますから」
「メイシャル様!!」
「メイシャル様何処ですか!?」
マシルマとエルブレンドが様を付けて探している。周囲に他の側室候補がいるということだろう。
「そろそろお茶会に戻るべきでしょう。それではメイシャル。明後日の夜にまた……」
「ここです」
転んで泣いてボロボロになったドレス姿で庭園から出ると、そこにはスターレストの姿もあった。
「え……」
「君の護衛が必死な形相で探していたのでね。屋敷内の警備兵全員に捜索を依頼したのだが、無事でよかった」
「スターレスト様、大変ご迷惑をおかけしました」
「しかし、一体何があったのだい?」
「私の勘違いです。そして、それを訂正しにお茶会に戻ります」
「メイシャル様? そんな無理をしなくても……」
エルブレンドがドレスの裾を引っ張る。
「大丈夫。もう大丈夫だから……」
メイシャルの左の碧眼が変色して金色に輝く。
「そ、その眼は……やはり君は……」
ボロボロの真っ赤なドレスに金色の瞳で現れたメイシャルに迎賓館の誰もが驚く。と言えばシレーン王国の国宝であり、王家に連なる者の証なのである。
「マーズリー・デーラーン様。貴方ほどの方ならの力をご存知ですよね。私にはオーフェル様ほどの力はありません。しかし、オーフェル様が、そのロケットペンダントの細工について教えてくれました。それならば、私のでも、真実を見抜けます。今現在のは、感情眼といって貴方の感情を白日の下に晒します。嘘は通用しません。私の大切な幼馴染のロケットペンダントを汚しましたね?」
特級魔道士エルブレンドが滅多に見せない大杖を召喚して、マーズリーに向ける。
「ボクの主を陥れようとしているのなら、全てを無に帰す。最初で最後のチャンスだ」
膨大な魔力がエルブレンドの杖に集まり始める。その魔力量は魔術を操れる貴族ならば、恐れ戦く程の圧倒的な力だった。
黙って見ていたスターレストが私の肩を叩き、広間の中心に立つ。
「もういい。大体の話しは見えた。オーフェルが大切なロケットペンダントに細工をしたというのなら間違いないだろう。マーズリー。私は権力闘争に嫌気が差している。ただでさえシレーン王国は南北に二分されたままだ。君のやろうとしたことは、一歩間違えばパズデニーズ領だけでなく、カーペスト王国までも敵に回すところだったんだ。もういい、君は側室候補失格だ」
正妻で魔眼持ちのオーフェルの名を出されては、他の貴族たちは口出しも出来なかった。