第四話 茶会
「メイシャル様。2つほど言わせて頂きたいのですが……」
少しだけ伸びた髪をブラッシングするアニー。その言葉に鏡越しにアニーを見つめて、コクリと頷く。
「まず貴族たるもの仮面を付けるべきなのです」
(それはよく言われてきたし、女学院でも習ったことだ。でも自分では結構仮面を付けているつもりなのだけど……)
「意識してるつもりなんだけど、これじゃ駄目かな?」
「正直言ってメイシャル様のお気持ちは手に取るようにわかります。もっと感情を殺すべきです。このままでは他の側室候補から簡単に嵌められてしまうでしょう」
「う〜ん。これでも駄目かぁ。ねぇ、アニーは私がスターレスト様の側室になっても嫌じゃないの?」
「私がですか? 確かに当初は情報操作からメイシャル様たちを恐れていましたが、今ではそんな方たちではないと自信を持って他のメイドたちに言えます。それに、それぞれの専属する側室候補以外に敵意を向けることがあります。ですが私をはじめとしてブレンダたちがメイシャル様を嫌うことなど絶対にありません」
「よかったぁ」
「そういうところですよ、メイシャル様。感情を隠さなければなりません」
「う……。」
「それです」
「はい……」
「ほら、また」
「ごめんなさい」
「貴族様は簡単に謝罪したりしません」
「あう……」
「はぁ……。それがメイシャル様の長所であり短所、修正が難しいのですね。もう一つ、私の家系はずっとアルベニア家のメイドをしています。だから出来るアドバイスなのですが、ご結婚までにスターレスト様とお会い出来るのは、10回前後です。メイシャル様は遅れてきましたが、婚約者の発表日程は変わってません。ですから残り4,5回程度です」
「ねぇ、側室ってどんな人が選ばれるの? 選ぶのはスターレスト様なの?」
「それは何もわかりません。ですが……そうですね、仮面をつけるべきと申しましたが、スターレスト様の前ではありのままのメイシャル様でよろしいかと
。髪のセットも終わりました。それではソウディアを呼んでまいります」
アニーたちと一緒に朝食をとるのも一ヶ月が経った。それが功を奏したのか、アニーたちが心を許してくれたように思える。そう感じているのは私だけじゃないはず。だってマシルマもメイドたちを信頼して護衛らしく部屋の外で待機するようになっているから。
「メイシャル様」
「ソウディア……。今日もお願い」
「はい」
ソウディアは下着の中に手を入れ揉み始める。髪の毛は短いし、男の子っぽい顔立ちだし、せめて胸だけでも大きくしたいと思ったのだ。だけど、どしていいか理解らず、初日の湯浴みで私の秘密に気付いたソウディアに相談して、こうなった。
ソウディアは、マシルマと違い嫌らしさを感じない。ただ純粋に主のために尽くすメイドの中のメイドなのだ。
「ねぇ、ソウディア。何歳くらいから胸大きくなり始めたの?」
「私ですか? えっと……。11歳の夏くらいからですね。新調した夏用のメイド服が突然窮屈になって大変な思いをしました」
時間にして30分ばかり、毎日のことでもお股が濡れてしまう。大きなシミのついた下着を履き替えて、それをソウディアがこっそりと部屋から持ち出す。こんどはプレタが入手つしてきて貴族様の堅苦しい衣装に着替えさせられる。
エルブレンドとの朝の魔術練習は一旦終了している。結局どれも発動しなかったのだ。エルブレンドも頭を抱えて、検証するから時間が欲しいと言ってきた。
女学院を途中で退学した私は、出来ることならばと家庭教師を付けてもらった。なので日中は他の側室候補と違い勉強に明け暮れているのです。
えっと他の側室候補は何をしているのかと言うと、お茶会を開いて後ろ盾を強化しているらしいのですが、私には超強力なパズデニーズ領の後ろ盾があるため不要だとアニーに言われました。
それと体力を付けるためマシルマに剣術を教えてもらっています。
「そう、その調子!!」
剣に触れている時のマシルマは、エルブレンドが魔術を教えてるときのように、楽しそうに笑っている。私も男の子っぽい顔立ちだからか体を動かしているのは楽しい。
(あっ、だから魔術は駄目なのかも)
マシルマは私が健康のために剣術を学んでいることを理解し、剣術の厳しさを教えず楽しさだけを追求する。
(だから楽しい。マシルマの掌の上でマシルマの思い通りになっているけど、それがまたいい)
剣術の稽古が終わると、当たり前のように一緒に湯浴みする。
ブレンダとソウディアが私の体を洗っている隣で、プレタがマシルマの体を洗う。
「プレタも12歳ですから湯浴みも出来るように練習したいと思っていたのです。マシルマさんには感謝です」とブレンダが嬉しそうに話す。
(うーん、マシルマ、プレタに余計なことしなけば良いのだけど)
ブレンダやソウディアと違い、まだ慣れていないプレタは全裸でマシルマの体を洗っている。流石に12歳にもなれば大人の体に近づいている。プレタも少々恥ずかしそうにマシルマの体を洗っているが、そんなことお構いなしとマシルマはプレタの裸を直視していた。
(まぁ、お互い裸なんだから……)
「えっと、かれこれアルベニアの屋敷を追い出されてから二ヶ月が経ちました。思ったよりも側室候補者からのいじめも少ないし、ホームシックにもかかりませんでした。それはブルリュ様と出会いマシルマやエルブレンドを紹介してもらったことがとても大きい。二人には本当に感謝しているし、全てをおまかせしている。またアニー達メイドたちの存在も忘れていはいないわ。皆本当にありがとう。そして、これからもよろしくね」
メイシャルが朝食の時に突然スピーチを始め、その内容に感動したメイドたちは皆涙した。貴族様がメイドに感謝の意を表すなんて聞いてことがない。それなのにメイシャルは言葉にして頭を下げて感謝を現したのだから。
「メイシャル……」
エルブレンドにとって魔術が全てであった。エルブレンドは自分の両親について何も知らないし、知ろうともしなかった。これからも人と関係を持つとしたら、ブルリュ様だけと心に決めていた。そんな時、メイシャルという少女と出会った。
幼馴染のメイドが暗殺者に殺され、己も犯されそうになっていたメイシャルを救い出してからの知り合いにとなったエルブレンドも号泣する。幼い頃に母を失い、家を追い出され、誰とも知らない男の側室になる……全く自由がなく息を吸うことすら管理されそうな……普通なら気がおかしくなっても当然の運命にメイシャルは笑顔で頑張っている。そんなメイシャルをエルブレンドは尊敬すらするようになっていた。
「さぁ。冷めないうちに頂きましょう」
突然、側室候補デーラーン家のマーズリーからお茶会の誘いが届く。アニーに相談したところ、断ることなど出来ないと言われる。急遽、アニーアたちがお茶会に出席する準備を始めた。
エルブレンドは、いつも通り我関せず的な表情だったが、マシルマはガチガチに緊張していた。
「考えるだけ無駄。恐らくメイシャルの事を徹底的に調べ上げ、ココロを抉るような不快な状況に持っていこうとするはず。でも、メイシャルは笑うしか無い。マシルマも怒ったら駄目。怒ったら負けだから」
私とマシルマのココロを読んだようにエルブレンドが本を読みながらアドバイスをくれた。
(ついに来てしまった……イジメの始まりね)
気分転換を兼ねて屋敷敷地内の庭園を散歩する。私達、側室候補者は敷地内からで出ることはできない。
「あっ。先客がいるみたい」
いつもは私より先に気が付くはずのマシルマの頭の中はお茶会で一杯なのだろう……まったく護衛として役に立っていない。
「確か……貴方はメイシャル・フランデリアだったわね?」
引き返そうとしたところで、存在に気付かれてしまった。
「はい。ごきげんよう、フランデ・ワークスル様」
「ふふっ。フランデで良いわ。少し話さない?」
フランデの護衛も勿論騎士見習いなのだが、マシルマと違い凍るような目をしていた。
「デューイ、少し離れていなさい。彼女と内密な話があるのよ」
「はっ! では私が北を見守るので、そなたは南を」
デューイの指示に逆らわず、マシルマも南へ消えていく。
フランデ・ワークスルは、お嬢様というより小説に出てくる街の宿屋の娘のようだった。しかし、アニーの言葉が脳裏に蘇る。
(もしかしたら、これがフランデの仮面かも知れない。でも魔眼・感情眼は誤魔化せれない……)
「でね。正直、側室なんて嫌なのよ。例え王家の王子が相手でも」
スターレスト・アルベニアは王太子であり、次期シレーンの国王になるとされていた。
「メイシャルは嫌じゃないの?」
「私は、スターレスト様に好かれるように努力するだけです」
「ふふっ。本当に素直で可愛いわ、メイシャル。明日のマーズリーとのお茶会で助けてあげたいけど、私は呼ばれていないから」
「えっ? 何で知っているのですか?」
「側室なんてなる気はないけど、知らないと危険なの。情報は力なのよ」
「私……全然駄目ですね」
「そうかしら? パズデニーズ領の後ろ盾があって、スターレスト様にも気に入られているみたいだから、マーズリーは焦っているのよ。明日は、四人の側室候補者とその後ろ盾を中心に構成されたお茶会。ボロボロにされるわ。でも笑顔でね」
プニッとフランデの指がメイシャルのほっぺたに刺さる。