第二話 護衛
「まぁ、あれだ。スターレストから言われていたんだが、もしも暗殺者に襲われていた場合、黙って自国に帰るか、この領で何もかも捨てて新しく生活を始めるか、それでもスターレストの側室候補として挑戦するか、選べとさ」
体のサイズに合う衣装が見つからず、現在は代々パズデニーズ家のメイドとして仕えているサリーさんの娘のメイド服を着ている。
「自国には帰れませんし、ブルリュ様にもご迷惑をおかけすることはできません。側室候補として、レ・ブレームに向います」
ブルリュ様は拳を握り、ギラッと私を睨みつけた。
「正直に言う。お前、死ぬぞ?」
「はい。今までの情報から、私を側室にしたくない誰かが……私を暗殺しようと画策していたのでしょう」
「おい、わかってんなら……」
「定めなのです」
「本気かよ。お前……まだ10歳だろ? 死に急いでどうすんだよ……」
ブルリュは毎週行われる騎士と見習い騎士の合同訓練のためパズデニーズ領騎士団の騎士見習い宿舎にいた。
騎士団との訓練内容や連絡事項を告げた後、個別の報告を行う。
「あぁ……と、マシルマ。お前……明日からカーペスト王国フランデリア領主ベルシアの次女メイシャル・フランデリアの専属護衛だ」
キョトンとしたマシルマに代わって、アルベスがブルリュに食って掛かった。
「ブルリュ様、どういうことでしょうか? マシルマは騎士になれないということでしょうか?」
「違ぇよ。最初に言っておくが、メイシャルの命は街の一つや二つより重い。そのメイシャルは側室候補としてスターレストの所に行く。だがいろいろあって命を狙われている。しかし、スターレストの所に他領の騎士は入れない。だから騎士見習いで騎士と互角以上に戦えるマシルマが必用なんだ」
「私が必用……。それはブルリュ様が必用と思っているのですか?」
「そうだ。お前なら出来ると信じている」
「その任務完遂してみせます!!」
「おい……マシルマ、騎士は良いのかよ」
「アルベス、元々ブルリュ様に恩返しがしたくて騎士を目指していた。それが護衛に変わっただけだ」
「マシルマ……」
「くっくっくっ、アルベス。残念だったな」
マシルマと同じ女性のプリルコットは、アルベスの背中をガンガンと叩いて大笑いした。
パズデニーズ家の人々は魔眼・感情眼で見るまでもなく、皆親切であった。
新しい衣装ができるまでの10日間、何もしないわけにもいかないと、メイドのお手伝いを始めた。私の正体を知っているサリーさん達は、目を丸くして驚いていたが、知らないメイドたちは私を徹底的に扱き使う。手を動かしていないと、暗殺の事、ホルンの事で頭が一杯になってしまうから。
4日も続くと、サリーさんは何も言わなくなった。しかしブルリュ様は……。
「おい、何も働かなくても……。こんなことスターレストに知れたら……」
豪快なブルリュ様も驚き、メイドごっこをやめさせようとする。
掃除、洗濯、給仕……一応、女学院の家庭実習で習ったため、どうにか手伝うことが出来た。しかし、労働というものに慣れておらず、一日が終わる頃にはクタクタでベッドに倒れ込む。
一応、客間が与えられていたが、専属のメイドは不要と断っていた。
「うぅ……メイド服がシワだらけになっちゃう」
最後の気力を振り絞り、メイド服を脱ぎクローゼットにしまう。そして、またベッドに仰向けに倒れ込む。
生と死、極度の恐怖と興奮、悪意と善意に晒されたメイシャルは、新たな魔眼の力に目覚めていた。
「魔眼・遠視眼……」
メイシャルの左の碧眼が変色して金色に輝く。
そして、アルベニア領都レ・ブレームにある屋敷を覗き込む。方角や場所はブルリュ様から聞いていた。
あの若い青年が恐らく、スターレスト・アルベニア様。そして、それを豪華な椅子から遠目に見るのが、正妻? 私と同じくらいの年齢? その正妻は悲しそうな顔をしている。それもそのはず、スターレスト様は、5人前後の女性に囲まれていた。
その女性たちの中には、まるで獲物を狙う蛇のような目で、スターレスト様を見ている者までいる。
「あの中の誰かが、私を暗殺を……」
メイシャルの魔眼は対象に影響を与える力は無く、ただいろいろなものを見る力しかない。
そのときドアがノックされ、慌てて目を閉じた。目を閉じると疲労からか、眠りに落ちてしまった。
返事がないからか、勝手にドアを開け何者かが室内に入る。
「寝てしまったのか?」
「全く……スターレスト・アルベニア様の側室候補としての自覚はないの? 下着姿ではしたない」
「でも寝顔が可愛い。男の子っぽい女ん子なんて最高だ」
「マシルマは本当に女の子好きだね」
「ふっ。エルブレンド……嫉妬か?」
「ボクが嫉妬!? 馬鹿なこと言わないで!!」
「このままでは風を引いてしまう」
「ちょっと!? ドサクサに紛れて、メイシャル様の秘部を触らないで!!」
「柔らかく、温かい。匂いも子供のそれだ。素晴らしい……」
「ボクの方がメイシャル様より、5歳も年下なんですからね!」
「エルブレンドは、4歳で王都の魔法学院を卒業する天才……大人っぽすぎるんだ」
「う……」
「ほら、やっぱり嫉妬じゃないか」
「マシルマの馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿!!」
ポコポコとエルブレンドの小さな拳がバストすら筋肉で覆われたマシルマの胸を叩く。
「さて、我が主はお疲れでお休みだ。話しはまた明日だな」
翌朝、メイシャルはきちんとベッドに寝ていたことに驚く。
「あれ? 誰かが……。そう言えば、部屋の鍵もかけていなかったかも」
メイド服に着替え身なりを整えたメイシャルは、まだメイドたちしか活動していない時間に部屋を出た。メイシャルは元気よく、先輩メイドたちに挨拶しながら、水くみを手伝う。
「おはようございます」
「おはよう。今日も元気ね」
清掃業務を統括するベテランメイドのアレシアさんは、ニッコリとメイシャルに微笑む。
この屋敷のメイドは、フランデリア家のメイドとは違い、裏表がなく働く姿もホルンのように楽しそうであった。
メイシャルが水くみを終え中庭の清掃をしていると、ブルリュ様が呼びに来た。
「ブルリュ様? 何もご本人が来なくても……」
「あん? 俺が来たら不味いのか? そんなことよりも話がある」
ブルリュに呼び出されたメイシャルに、メイドたちは一体何をやらかしたのだと心配の声を上げる。
ブルリュ様の執務室は余計なものはなにもない。まさに質実剛健だった。
「そこに座れ」
「はい」
「メイシャル、スターレストの所に行くのなら、この二人をお前の護衛として付ける」
ブルリュ様が顎で合図すると二人は私の座るソファーの横に立った。
「ちっちゃい方は知ってるな? お前を助けたときにいたエルブレンドだ。まだ5歳だが王都の魔法学院を卒業した超天才魔道士だ。そして、お前と同じ10歳のマシルマは、元戦争孤児だ。しかし将来、俺の足元に及ぶかも知れない才能ある剣士だ」
二人の事は知っている。メイドの休憩時間に井戸端会議でいつも名の上がるパズデニーズ家を支える若き逸材であった。
「な、なりません!! この二人は将来パズデニーズ家を背負って立つ者たちですよね。私の護衛など勿体無いです!!」
「あのなぁ……。メイシャル・フランデリアの価値がわからんのか? お前の命は最早お前だけのものじゃない」
「どういうことでしょうか?」
「ベルシア・フランデリアの正確な目的がわからん。それにお前の言動や行動を見ていれば何も知らされていない事は明白だ。仮にだ。お前があのまま殺されていた場合。お前の親父が娘の弔い合戦とばかりに、このシレーンに攻め込んできたかもしれん」
「あっ……」
「わかったか? お前の命は両国の平民や貴族の命を危険にさらす可能性を秘めている」
側室争いだけじゃない。お父様からも命を狙われる可能性をブルリュは示唆している。
何も言い返せず、ぎゅっと拳を握る。
「それでもスターレストの所に行くのだろ? だから、この二人が必用なんだ」
「でも女性では……」
「安心しろ。スターレストの側室はある程度の家柄の血筋が必用になる。残念だがマシルマやエルブレンドにその資格はない」
「ブルリュ様の馬鹿。どうせボク達は上級貴族じゃないけど。それに……」
「おいおい、怒るなよ。そういう意味で言ったんじゃ……。エルブレンドには期待してんだから」
エルブレンドはその言葉が嬉しかったのか、体全体で喜ぶ。天才と呼ばれても中身はまだ5歳の幼女だ。
「マシルマも問題ないな」
「はい。ブルリュ様が死ねと言えば、この場で自害します」
「ありがたいけど怖ぇぇよ」
「ブルリュ様。メイシャル様がメイドの真似事をされていることは護衛対象として相応しくありません」
「で、でも……」
「ってことだ。メイシャル諦めろ」
ブルリュ様は、屋敷中の使用人たちが集められメイシャルの素性を説明した。メイシャルに仕事を任せたメイドたちの中からは土下座する者もあらわれたが、ブルリュとメイシャルが不敬罪に当たらないと安心させる。
衣装が出来るまでの数日間、メイシャルは客間に軟禁状態になった。
「メイシャル様、窓の付近は危険です。こちらへ」
部屋の中央に用意された机に座る。机の上にはエルブレンドが用意したシレーン国の歴史や地理などの資料がある。
「メイシャル様、私はブルリュ様に頼まれた別件を片付けに護衛を外れます」
「うん。危険は無さそうだし、エルブレンドもいるから安心して」
「はぁ……。確かにエルブレンドは優秀ですが、それは起きている間だけで……・」
「うるさいぞ、マシルマ!! ボクの体はまだ昼寝を欲するのだから仕方ないの」
「5歳ですからね」
マシルマが部屋を離れて30分ぐらいが経過した。エルブレンドの寝息が聞こえてくる。
「魔眼・魔力眼」
メイシャルの左の碧眼が変色して金色に輝く。
魔力を感知する魔眼・魔力眼により、エルブレンドが体内に保有する膨大な魔力をはっきりと見ることが出来た。
(凄い。高密度で膨大な魔力!!)
いつ起きるかわからないエルブレンド。不要な魔眼はすぐに封印する。
「ん……。今、誰かに見られていた気がする。敵が近くにいるのかも」
エルブレンドは小鳥が歌うような美しい声で呪文を唱える。
ズドンという衝撃と共に巨大な結界が屋敷を覆った。
数分後、大慌てでブルリュ様やマシルマが部屋になだれ込んできた。
「何事だ!?」
「誰かがボクの魔力を探っていた。ボクにそんなことができるのは特級魔道士だけ。最大級の危険が屋敷に迫っている」
特級魔道士とはシレーン国内にもエルブレンドを始め数名しか在籍しておらず、圧倒的な力を持っていることで恐れらる存在なのだ。
「なんだと……。全騎士団員に特別警戒態勢を!! 至急、屋敷周辺に偵察隊を放て」
ブルリュ様の怒号が飛び交う。
(あれれ? 余計なことしちゃったかな?)
数時間後、屋敷周辺で一人の魔道士がエルブレンドに倒された。
「こんな雑魚とは違う。もっと精密で高度な力だった……」
特別警戒態勢が解除されたのは翌日の昼だった。
一晩中結界を張っていたエルブレンドは、私の目の前で無防備によだれを垂らしながら寝ている。
「お疲れ様、マシルマさん、エルブレンドちゃん」
私はマシルマに温かいコーヒーを淹れた。
「私は護衛中です」
「護衛もお互いのことがわかった方がやりやすいでしょ?」
マシルマを言いくるめ話し相手をゲットした。
「メイシャル様は不思議な方ですよね」
あれ? 何故かマシルマは私に密着するように座る。
「そ、そうかな……」
「そうですよ。何も側室になるため命を賭けることなんてないのです。それなのに……」
「どうしていいかわからないの。だからお父様に決められた事をするだけなの」
「そんなことのために……」
「マシルマだって、ブルリュ様に言っていたじゃない。死ねと言われれば死ぬって」
「それはブルリュ様に救って頂いた命だからです。別に死にたいわけじゃない」
「ほら、心臓が鼓動している。死ぬってことは、この素敵な鼓動が止まるってことなんですよ?」
(うーん……。普通、こういうのってマシルマの胸に私の手を当てるんじゃ? 何故マシルマが私の胸に手を?)
「私は嫌です。こんな可愛いメイシャル様が死んでしまうなんて……」
(うん? 可愛い? 話しがおかしな方向に……。でも誰かに狙われているのは確かだよね。昨日も魔道士がいたって言ってたし……)
「正直言って、世間知らずの馬鹿なお嬢様の面倒を見るというのなら断りました。でもメイシャル様は、祖国を追い出され、メイドに好かれ、運命に立ち向かって、弱々しいし、ちっちゃくて放っておけません」
マルシマが顔を近づけてくる。
(あっ……。これって唇を奪われるパターンね。でも仕方がない。仕方がないのよ。側室候補として絶対に駄目なのだけれど仕方がない。マシルマになら……私の初めてを……その背徳感にお股が濡れる)
メイシャルが覚悟を決め目を閉じると、マルシマは硬い掌をメイシャルの頬に当てた。
「本当に可愛い。命にかえても守ってみせるわ」
接吻未遂事件の後、メイシャルは仕立て屋から新しい衣装を手渡された。
メイシャルがフランデリア家の令嬢だと知った今、メイドたちの見る目が変わっていた。
「男の子みたいなメイシャル様だけど、ご令嬢とわかって急に可愛く見え始めたみたいだね」
「エルブレンド、それ遠回しに馬鹿にいてない?」
貴族の衣装は誰かに手伝ってもらわなければ着れるものではない。かといって、マシルマやエルブレンドにはそんな知識はない。結局、サリー母娘にお願いする。サリーさんは平常心で淡々と仕事を熟していたが、私、ブルリュ公認の騎士見習いマシルマ、特級魔道士エルブレンドに囲まれ娘のパニールは緊張してガチガチだった。
「メイシャル様はもっと髪を伸ばすべきですよ」とサリーさんが言った。
「ボーイッシュなメイシャル様は可愛いと思いますよ」
「マシルマの趣味の話じゃないから」
ノックもせずにドカドカと入ってくるのはブルリュ様だった。
「ブルリュ様、何度言えばわかるの? メイシャル様は女の子。ノックもしないで入ってくるとは何を考えているの?」
「がはははっ! なに、メイシャルの衣装が出来たというから見に来たのだが、うーん。確かに女の子だな」
「ブルリュ様。私、メイド服も着てましたよ?」
「おぉ、言われてみれば、そうだったな。メイシャル。スターレストの所へ明日出発する。だが今なら、まだパズデニーズ領に残ることも出来るぞ?」
「ご配慮ありがとうございます。ですが、予定通りレ・ブレームに向います」
「そうか。わかった。では明日もしっかりと守ってやるぞ」
「えっ? まさか……ブルリュ様もレ・ブレームに?」
「あぁ、アルベニア領の連中に、メイシャル・フランデリアにはパズデニーズ領の後ろ盾があるとアピールする必用があるからな」




