第一話 騎士
死んだ人、もしくは死を迎え入れる準備が出来ている人にしか、この気持はわからないと思う。
書き出しはこんな感じだ。
数ページ書き出してから、自分の人生とは何だったのだろう? そんな疑問が生まれた。
その答えは、この人生最後の日記を書き終える最後の最後で見つかる気がする。
深く深呼吸して、日記の続きを書き始める。
まるで要塞のような屋敷から、多くの使用人に見送られ一台の馬車とそれを護衛する50名からなる騎士団が出発した。
その馬車は力強く美しい。それもそのはずである。カーペスト王国各地から名工が集められ、造形、装飾は勿論、乗り心地も最上級であり、全てはフランデリア家の力を国内外に示すために製造されたものなのだから。
その豪華な馬車に乗るのは、メイシャル・フランデリア。まだ10歳の少女である。
(泣きそうだけど我慢できる。絶対に泣かないから)
屋敷から追い出されて身悶えるほどに絶望を感じるが、拳をぎゅっと握り涙を堪える。
感情を抑え込まれ、このような思考を強いられるには、それなりの理由があった。
闇精霊術:暗示の効果、暗示の一つ『最後まで精一杯頑張る』を強制されているのだ。
勿論、本人は暗示にかけれられていることなど知る由もない。
なので自然とにこやかな顔になり、ちっちゃく可愛い八重歯が、キラリと光る。
(さよなら、お母様……)
亡き母を偲ぶが、悲し感情は表に出さない。
大きく息を吸い込み胸を張り、馬車の小窓からの身を乗り出して小さな体で精一杯大きな声で叫ぶ。
そして視界に入った屋敷でお世話になった使用人たちに手を振る。
負けん気の強い性格だと錯覚させるショートカットのメイシャルが手を振る健気な姿を見て、また使用人たちは号泣した。
やがて早々から姿が見えなくなると、メイシャルは椅子に座り目を閉じ、これから起きる想像もしない世界に期待は無いが不安で一杯になる。
広い馬車の中、向いには幼馴染のメイドが座っている。話したいことは沢山あるが、それらは全て情けない愚痴だった。しかし、メイシャルには口にはしたくない。それが強さというものだと誤認しているが、ただ暗示によって口に出さないだけである。
馬車はただ進む。ただ時間だけが過ぎていく。長い沈黙にメイシャルは全ての始まりを思い出す。
それはとある日の午後に王都にある女学院の学院長から呼び出されたのが始まりだった。
「メイシャル。残念だよ。成績もよく周囲からの人望も厚い君が、隣国に嫁ぐことになったとは」
(これは……。なるほど。母様の言う通りの展開になった)
母上は政治道具として使われると予言していた。メイシャルは父ベルシアの期待に答えられず、それならばとコネクションを作るため西の国シレーンのとある貴族に嫁ぐことになるだろうと……。
学院長の話しは、まさに晴天の霹靂だったが、父ベルシアなら何も不思議なことは無いと思った。
そんなメイシャルを気の毒に思ったのか、それともまるで我が娘が嫁ぐ気持でいるのだろうか、校長の目から涙が零れ落ちる。
それをメイシャルはジッと見つめ学院長との短くない交流の日々を思い出す。
毎朝、自らの意思で教室を清掃するため寄宿舎を早めに出ていたメイシャルは、早出の学院長と顔を合わせる機会が多く、いつの間にか世間話をする仲になっていた。
そのことを友人に話すと、「それは偶然じゃないね。フランデリア家が学院を積極的に支援しているから、きっとご機嫌取りだよ」と身も蓋もないことを言われた。
しかしメイシャルには、相手を深く知る力がある。これは父ベルシアが母を娶った理由であり、亡き母との約束により誰にも言っていない力だ。
魔眼・感情眼。
通常、魔眼を使えば瞳の色が変化してしてしまうが、メイシャルは変化なしに常時この魔眼を発動させることができる。
魔眼・感情眼は、対象が見ているものに対して抱く感情を色で表す。
(綺麗な緑色……。これは純粋なる優しさ……)
それよりも退学のことだ。嫁ぐことは、亡き母から伝えられていた通りの展開であったが、この女学院を退学することまでは想定外であった。
(知らない国に一人で嫁ぐなんて怖いよ……。でも最後の最後まで頑張る)
「これもフランデリア家、いえフランデリア領地のため、ひいてはカーペスト王国のため……喜んで礎となりましょう」
さも自信ありげに学院長の目を見つめはっきりと宣言した。
(何で思ってもないことを言ってしまうのか……)
亡き母から言われていたことが現実になり、心を落ち着かせるための時間が必用だった。
授業をサボり、寮に逃げ込む。
ペット禁止の寮でこっそりと飼っている癒し系スライムをベッドの下から引っ張り出すと、ベッドによりかかり抱きかかえるように癒し系スライムをお腹の上に乗っけた。
癒し系スライムは特殊の能力なし、攻撃力0、移動速度1m/1日という感じで、ただプニプニしている魔物なのだ。
「どうしよう、怖いよ……」
人目が無ければ多少は本音が言える。
嫁ぐってことはそのうち赤ちゃんを出産するってことだよね? 出産するってことは……。
まだ恋だってしたこと無いのに……。
「もう、いや!! スライムになりたい……」
学校の授業を抜け出していたメイシャルは、癒し系スライムで現実逃避していたが、放課後に学友へ退学の説明するためメイドを連れて女学院方面に向かって歩き出す。
寮へ帰る子や自宅へ帰る子、それぞれが帰路につくための貴族専用馬車停留所で学友を待つ。
そこで再会した学友達に、授業をサボったのとか問い詰められそうになる。
どう切り出して良いか理解らなかったが、勇気を出してメイシャルが言った。
(飾らずありのままを……ただ話そう)
「本日付けで学院を学院を退学になったわ」
私の言葉に友人たちや専属のメイドたちが驚く。
王家を凌ぐ財力を持つフランデリア家が、財政難ということはない。ならば理由は何なのか? 友人たちが困惑する。
「あのね……。西の国シレーンに嫁ぐことになったの」
「え?」
「まだ私達10歳よ?」
「そうよ。学院できちんとした知識とかマナーとか学んで、素敵な令嬢にならないと!!」
「そうね。でもお父様が決めたことだから……」
「で、でも……メイシャル、しょ、初潮だってまだでしょ?」
胸なんて洗濯板。女の子らしいぷにぷにした柔らかい脂肪などない。声変わり前のちょっと可愛い男の子に間違えられる始末である。
「そ、そういう……子供を可愛がったり、イジメたりして泣き叫ぶ姿を喜ぶ大人がいるのよ」
(何それ怖い……。 でも頑張る!!)
「なんて事を言うの!? メイシャルが怖がってるでしょ!!」
学院の出来事を思い出し、メイシャルはつらい気持ちになるがグッと堪える。しかし、目の前に座るホルンは、こっちを皆がら泣いていた。
「メイシャル様……」
西の国シレーンまで付きそうことになったメイドのホルンの涙をメイシャルは、ハンカチで拭う。
ホルンはメイシャルと一緒に育った幼馴染だ。
「こんな仕打ち許されるはずがありません!!」
広い馬車の中には、たった二人しかいない。
なのでホルンがメイシャルに代わり憤りをあらわにする。
メイシャルはホルンの膝に手を置く。
「いいのよ、お父様の期待に答えられなかった私が悪いのだから」
メイシャルは毅然とした態度で答えた。
「おいたわしい……」
胸からぶら下げている妹のリリーティアから贈られたロケットペンダントをギュッと握りしめるホルン。
フランデリア家が公共の街道に投資しないためか、土の道は荒れ放題だ。
スプリング機構付き、高級ソファーのような座り心地の椅子のこの馬車でなければ、お尻があっという間に崩壊していただろう。
出発してから三時間ちょっと。あれほど水分は取るなと言われていたのだが、最後だからと大好きなぶどうジュースをがぶ飲みしていたメイシャル。
(おトイレ行きたいのだど……。トイレに行きたいから止めてなんて言えないよ)
闇精霊術:暗示により極限まで頑張るから失敗が目立たないだけで、実はおっちょこちょいなメイシャル。その失敗のおかげか、憎めない奴と言われることが多い。
(でも貴族の令嬢がトイレとか……お父様に知られたら…・…膀胱決壊寸前でけど、最後の最後まで頑張るしか)
「メイシャル様、如何なされましたか?
「あ、あの……お、おしっこ漏れそうなんだけど……漏らしたら駄目?」
「はい!? 何バカなこと言ってるのですか!!」
ホルンは馬車の小窓を開けて隣を並走する騎士団に止まるように命じる。
(護衛のためとか言われて、見られながらするのかと思ったけど、そうじゃないのね)
はじめに護衛が周囲の安全を確認して、その後メイシャルが草かげに隠れて用を足す。
(大自然中でお尻丸出しとか……ドキドキしちゃう)
露出に目覚めそうになったメイシャルだったが、ホルンからなるべく水分を取らないようにと厳重注意を受けたため、シレーンに到着するまで大自然放尿は数回しか出来なかった。しかし、それでも我慢に我慢を重ねた後の放尿は、すっきり感があり大満足であった。
(なるほど。馬車での移動はお屋敷の生活と全く違うのね。このままずっと冒険したい……)
しかし、メイシャルの思惑とは違い、一日の終わりには必ず宿場町に到着してしまった。止まる先は宿屋ではなく、その街の有力貴族のお屋敷であり、フランデリア家の令嬢であるメイシャルは毎回のように歓迎を受けた。
まったく不自由のない宿泊にまったくときめかない。それどころか、フランデリア家の令嬢として振る舞わなくてはならず、精神をすり減らしていた。しかし、その両方の対応に、これこそメイシャル様のあるべき姿と、満足するホルンであった。
そんな面白くもない馬車旅が三週間も続き、ようやく西の国シレーンとの国境に辿り着く。
国境では入国手続きや護衛の申し送りなど、結構な手間と時間を取られた。
ここから先は他国の騎士団は入国できず、ホルンと二人きり。護衛はシレーンのアルベニア領の騎士団に引き継がれた。
ぼーっとアルベニア領の騎士たちを魔眼・感情眼で観察する。
しかし、こちらを見てくれなければ、自分に対する敵意などを調べることもできない。
「メイシャル様。こちらでございます」
無色透明。まるで自分に興味がないということだ。
そして用意された馬車は、中の下という感じだった。
ホルンは少々ご立腹だったが、フランデリア家の馬車と違い身の丈にあった分相応ではないかと納得する。
護衛の騎士団は、20名前後と人数は少ないが、精鋭揃いだというのは素人のメイシャルにもわかった。
軽く挨拶をして馬車が出発する。
フランデリア家の馬車と違い、スプリング機構なし椅子硬めとお尻に優しくないが、その分街道は凸凹の少ない石畳となっており、お尻の崩壊は免れたが、少々残念でもあった。
「目的はアルベニア領都レ・ブレームという都市ですが、現在何故かパズデニーズ領にいます。それでも四日後には到着するらしいです。それとこれを渡されました」
ホルンから受け取った資料には、嫁ぎ先の婚約者の情報がざっくりと記されていた。
「スターレスト・アルベニア様……。年齢は26歳。今回は側室候補を何人か集めて半年かけて決める?」
「どういうことですか!? フランデリア家のご令嬢を側室候補ですって!! 馬鹿にするのも大概にして欲しいです。メイシャル様、帰りましょう!!」
メイシャルは目を閉じて首を横に振った。
「これはお父様が決めて事。帰っても私の居場所などありません」
(えぇ……。側室、それも候補!? 一体どういこと? 何が起こっているの?)
「ですが……」
ホルンが悔し涙を流す。
「ホルン。私さえ上手くやればシレーンとの架け橋になれるの。そうすればフランデリア家は益々繁栄して……国内の内戦にも巻き込まれず、結果……領民が幸せに暮らせるの。私は……今まで十分に贅沢な暮らしをしてきたわ。今度は領民に恩返しをする番なのよ」
(心にもないことをスラスラと……これって学院に通っていた成果かしら?)
「メイシャル様……」
馬車の小窓から外の風景を眺める。自然には詳しくないが、フランデリア家の周囲では見られない木々が街道沿いに立ち並んでいた。
もしかしたら、こうやって自然を眺めるのもこれで最後かも知れない。三週間の旅で風景を楽しまなかったことを後悔する。
街道はしっかりと整備されているが、見慣れない木々しか無く、なんとも寂しい場所なのか。
しかし、太陽の光を反射する木々の葉がきらめき美しい。
その時、馬車が急停車し、メイシャルは椅子から転げ落ちてしまった。
何事かと馬車の中で息を殺して馬車の中で様子をうかがう。
馬車の外では男たちの怒鳴り声、剣戟が鳴り響く。
「メイシャル様、馬車の中央へ」
ホルンが飛び込んでくる矢からメイシャルの身を守るように抱きしめた。
10分も経たない内に馬車の外から戦いの音が消えた。馬車のドアをこじ開けるように、斧が馬車の扉を貫通する。
「オラッ!! 出てこいよ、お嬢様ぁっ!!」
(こちらの素性がバレている!? 私を知る何者かが襲撃者の裏に……)
「外に出ます。危ないので斧を止めてください」
馬車の中にいても数分後には外に引きずり出される。ならばとメイシャルは覚悟を決めた。
辺りには血の匂いが立ち込めていた。
彼らの自分を見る視線から感じるのは、真っ黒な悪意でしか無かった。
「ケッ、本当のガキじゃねーか」
襲撃犯の首領らしき男がつばを吐きながら言った。
「ガキじゃありません!! この方はフランデリア家次女メイシ……」
私を侮辱され怒ったホルンが前に出て首領に抗議する。
しかし、私の足元にゴロンと何かが落ちた。
「えっ!?」
目の前のホルンの首から上がない。それどころかホルンの体から血が噴水のようにとめどなく溢れている。
「えっ!?」
足元に転がっているのは……。
ホルンの頭部だった。
咄嗟にしゃがんで、転がっているまだ温かいホルンの頬に手を添えた。
「依頼者の要望では、ボロボロになるまで犯しまくって、娼館に売り飛ばせということだったな」
「いや、あれ……完全にガキですぜ? この前のガキみたいに裂けて死んじまいますせ?」
「知らねえよ。ったく。お貴族様ってのは、面では涼しい顔をしているが、どいつもこいつも狂って嫌がる。おい、そのガキを立たせろ!!」
誰かが目の前で殺されたのは初めてだった。
怖くて、怖くて、体が震える。
「じっとしてろよ、動くと剣先が体に食い込むぜ」
男たちの視線の色が黒から紫に変わっていく。
(本気で私を犯すつもり……)
両脇から男たちが腕を支えて持ち上げている状態で、首領が剣で胸元から衣服を斬り裂く。
真っ平らな胸が男たちの目に晒される。
そして、すべての衣服が斬り取られ、真っ裸にされる。
「汚ねぇなぁ……このガキ、ションベン漏らして嫌がる」
「あん? 違うぜ、このガキ、メイドが殺され、今から犯されようとしているのに……興奮してやがる」
「ってことは? 漏れてるってよりも濡れてるのかよ……」
「あぁ。とんでもねぇガキだぜ」
(怖い、怖いけど……どうしようもなく興奮する……私は今から名も知らぬ男たちに犯され、ボロボロにされる……。なのに何故……)
複数の男たちに持ち上げられ、股を力ずくで開かされた。
とめどなく溢れる愛液に男たちは驚愕する。目線を地面に向けると、そこには頭部を切断されたホルンの遺体が視界に入る。
これから人生の全てが終わる。
そんなときだからそこ、興奮が止まらない。
「どりゃぁっ!!」
それは瞬く間の出来事だった。私の自由を奪っていた6人の男たちを斬り伏せると、私の胴体より一回り……いや二回りも大きな腕に抱かれ、私は救われた。安堵したが、ホルンが殺され手放しで喜ぶ気にもなれない。
総勢100騎からなる騎士団は、盗賊たちを抵抗する間もなく飲み込み一掃した。
「ブルリュ様、その子は女の子。それにスターレスト様の……」
「あぁ、そうだった。エルブレンド。そのマント貸しやがれ」
エルブレンドと呼ばれたロリっ子幼女のマントを羽織った私は、助けてくれた騎士たちにお礼を言った。
「いやぁ、礼ならばスターレストに言ってくれ。俺たちは自領に怪しげな集団がいないか確認してくれ、隣国のお嬢様を護衛してくれと言われたんだ」
「スターレスト様が?」
「まぁ、いい。早くしねぇと、屋敷に着く頃には日が沈んじまう」
「3分、待って頂けますか?」
信仰深いとは言えないが、それでもこの年まで共に育ったホルンに別れを言いたかった。
ホルンの頭部を体の近くに置く。膝を付いて両手を組んで目を閉じる。するとホルンとの想い出が脳裏に蘇り、自然と涙が零れ落ちた。
(ホルン、本当にありがとう。貴方がいたから私はあの屋敷でどうにかやってこれたの)
死ぬ直前に痛みや恐怖を感じていないこと、死後の世界は素晴らしい世界に行けることを祈って、メイシャルは立ち上がった。
「お待たせしました」
「あぁ……」
当然のようにパズデニーズ領の領主バジェット・パズデニーズのご子息、ブルリュ・パズデニーズに抱えられ馬に乗せられる。ブルリュ様は、鎧など身に付けておらず、抱きかかえられても金属が体に干渉するような痛みはない。しかし、その分体温を感じるほどにお互い……いえ、これはもう裸と同じだった。いくらぺたんこな胸でも丸太のようの腕で抱きかかえられたら……。