9 どっち!?
「うそ……うっそだろ? いや、あんなきれいな人がお兄さんって……」
ベルが混乱してそうつぶやき、ふらふらと歩いてきて、それでも防衛本能がそうさせるのか「トーヤ」と一番遠い右のベッドのさらに右にあるソファにどさりと腰を下ろした。
「あ、よく分かったな。今日はおまえ、そのソファで寝ろ」
「え?」
「ベッドは2つしかねえからな、おまえはそのソファだ。ちびだし十分だろうが」
「ここで?」
ベルが戸惑うように座っているソファを見る。
「なんだ、不服か?」
「いや」
ベルはそっとソファを押してみた。
「ほんとにここで寝ていいのか?」
「は?」
「いや、柔らかいし」
「トーヤ」はベルが言いたいことが分かったようだ。
ベルはベッドどころかソファで寝た経験など、この三年ないと言っていい。
いつも地べただ。
しかも、草の生えている柔らかい場所ならまだいい、時にはじんわりと湿った土の上にそのまま寝ることだって少なくない。
「そうか」
「トーヤ」は少し考えて、
「ま、不服じゃねえならいい」
そう言ってまたアランの様子を見るように顔を背けた。
しばらくそうして時間を過ごしていると、マントの人が風呂から戻ってきた。
「ただいま、いいお湯だった。トーヤも行ってくれば」
「ああ、行ってくる」
そうしてトーヤが行ってしまうと、銀色の長い髪をタオルで包みながら、マントの人がベルの横のベッドに腰を下ろした。
ベルは銀色の長い髪をタオルで叩くようにしているその人に、ただぼおっと見惚れていた。
「おもしろい?」
やさしそうに言うその声、それだけでは男性か女性か分からない。
「おもしろいってか、きれいだ……」
「そう? ありがとう」
笑ってそう言う。
「おれ、手伝ってやるよ」
「え?」
「長いから、一人じゃ大変そうだ」
「そう? じゃあお願い」
そう言ってタオルをベルに渡す。
ベルはベッドの上に座り、その人の長い長い髪を丁寧に叩きながら乾かす。
「きれいだなあ……」
「ありがとう」
褒められても褒められ慣れているのか、一切遠慮する風もない。
と、
『あいつも俺と同じお兄さんだ、よーく覚えとけ』
その言葉を思い出す。
嘘だろ?
こんなきれいな人が男だなんて、きっとあいつの嘘だ。
そう考えながら顔をしかめる。
ベルは男性が怖い。
それは怖い目にあったことがあるからだ。
だから、こんなきれいな人が、そんな怖い男と一緒なはずがない。
そう思っていた。
「あの……」
「うん?」
「あの、あの人が、あの乱暴なおっさんが」
そう聞いて銀髪の人が楽しそうに笑う。
「おっさんなんて言ったら張り飛ばされるよ?」
「もうはったおされた」
「やっぱり」
また笑う。
「まあ、トーヤもまだ若いからね、実際おっさんはちょっとかわいそうかな」
「そうなのか」
「うん」
「でもおっさんでいいや、蹴るし叩くし」
それを聞いてまた笑う。
「それで、トーヤがどうしたの?」
「あ、あのね」
ドギマギしながらベルが言う。
「あの、トーヤ? あの人がね、お姉さんじゃなくてお兄さんだって」
「え?」
「嘘だよな」
「ああ」
言われて何のことか分かったようだ。
「そうだよ」
「だよな? 嘘だよな、お姉さんだよな?」
「ううん、お兄さん」
「ええっ!」
嘘だろ?
この人もトーヤの嘘に乗っかってからかってるだけだよな?
ベルが混乱して固まったので、マントの人がまた笑う。
「本当だよ? まあどっちでもいいけどね、そんなこと」
そんな不思議なことを言う。
「どっちでもいいことねえだろ?」
「そう? そんなに大事なことかな?」
「ううーん……」
言われてみれば、いまさらこの人が男であろうと女であろうと関係ないかな、と思えた。
「まあね、結婚する時には大事になるよね」
「え?」
「前にね、そう言われたことがあるんだよ。結婚する相手は女性にしてくださいって」
「変なの……」
そう言うとまた笑った。
「だからまあ、それまではどっちでもいいかなって自分でも思ってる」
「そうなのか……」
なんだか分かったような分からないような話だ。
「私がお兄さんだったら何か困る?」
「えっと……」
考えてみたが、
「困らない、かな」
「でしょ?」
「う~ん……」
なんとなく納得できない気もするが、確かに困ることはないようにも思う。
「ま、いいか……」
考えても答えが出なかったのでそう言ったら、お姉さんみたいなお兄さんが声を上げて笑った。
「ってか、人間でもないみたい……」
「ああ、それもよく言われるよ」
「そうだろうなあ」
そんなことを言いながら銀色の髪を乾かしていたら、トーヤが帰ってきた。
「はあ、やっぱり風呂はさっぱりするな。おい、飯みたいだぞ」
言われて初めてベルが空腹を意識する。
ぐう~
いきなりお腹が鳴った。
「おまえら先に食ってこい。俺はこいつ見てるから」
と、アランにくいっと顔をしゃくる。
「うん、分かった行ってくる。行こう」
「う、うん……」
アランを気にしながら、ベルもマントを被り直したきれいな人と一緒に部屋を出ていった。
扉のところで振り返ると、風呂上がりのトーヤは首からかけたタオルで髪を拭きながら、じっとアランを見てくれていた。




