第9話 案内所
「さあいらっしゃい! なんと今日は『半魔』が大量入荷、見ていかないと損だよ!」
奴隷市場の一角にやってきた。
恐らく奴隷を買いに来たのであろう、道行く客層は様々だ。
供を連れた、明らかに身分が高そうな人物もいる。
ここに来る前、黄金を貨幣に換金してきた。
袋の中の半分、二十粒ほどカウンターに置くと、店員は目を白黒させた。
「いや、この質とこの量⋯⋯申し訳ありませんが、当店ですぐ用意できる現金の量を越えてます」
とのことで、換金出来たのは二粒ほど。
ニルニアス金貨十枚と、銀貨が二十枚ほどだ。
黄金を持ち込んだのに、それより量の多い金貨⋯⋯からくりはわからんが、この金貨に含まれる黄金は、暗黒大陸産の物より質が劣っている、ということだろう。
銀貨十枚で金貨一枚だから、銀貨換算で百二十枚だな。
どの程度の価値かピンと来ないが、まあおいおいわかるだろう。
貨幣にしたら急にかさばったな、邪魔だし今後は換金するにしても一粒ずつにしよう、と思った。
さて、こうしてやってきた奴隷市場は、それなりに広そうだ。
ただ闇雲に歩いても得るものは少なそうだと考えていると⋯⋯。
奴隷市場に入ってすぐ「案内人斡旋所」と記された看板を掲げた建物を見つけた。
同じような建物は数軒ある。
ふむ、この市場を案内する人間を手配してくれる、ということか。
便利だな。
当たり前だが、俺はここについて何も知らない。
せっかくなので利用することに決め、市場の入り口から一番近い店を選ぶ。
入り口にドアはなく、布を垂らして仕切りとしてある。
布を潜り、中に入った。
「いらっひゃい」
歯が抜けた婆さんが出迎えてくれた。
「ああ、案内人とやらを用意してくれ」
「ヒェッヒェッヒェッ、いきなりだねぇ、まずは予算からだよ。最低限の案内なら銀貨一枚、最高の案内人ならそれなりに弾んで貰わないとねぇ」
ふっふっふ、換金しておいて良かったぜ。
『金貨>銀貨』なわけだから、金貨を渡せば問題ないだろう。
「ふむ、これでいいか?」
俺は懐から金貨を取り出し、ババアに渡した。
ババアはそれを見ると「ヒェッ!」と声を上げる。
「こりゃあ久々の上客ひゃないかね! ウチで一番ゆうひゅうな奴を付けるよ」
「そうして貰えると助かるな」
「ロック! 出番だよ! このお大尽さまを案内ひな!」
婆さんが奥へ向かって叫ぶと、しばらくして少年が出てきた。
「何だよばあちゃん、さっきは買い物頼んどいて。今出るとこなのに」
開口一番、文句たらたらだ。
人間の年はよくわからんが、恐らく十五歳前後だろう、声変わりもしてないし。
目深に帽子を被っているので表情の全てはわからないが、口元にありありといった様子で不満が浮かんでいた。
「ひょんなの今日はいいよ! さあさあ、案内しておいで!」
「もう、勝手だなぁ。じゃあ旦那、ついてきて」
ブツブツと文句を言いながらも、少年は店の外へと出たので、言われた通り着いていく。
しばらく先導するように歩いていた少年は、くるっと振り返って言った。
「で、どういったのをご所望なんだい? お客さん」
「どういった、とは?」
「そんなの決まってるだろ? 奴隷の種類だよ。男、女、家事用、肉体労働用、夜の相手用、そういった希望さ」
なるほど、希望の奴隷を売ってる店へと案内してくれるのか。
だが俺にそんなものはない。
夜の相手用は少し⋯⋯いや、正直に言えば非常に気になるが、俺は心に決めた女がいるからな。
少なくともあの女を手に入れるまでは、他に構ってる暇はない。
「いや、適当に街を案内してくれるだけでいい。わからない事があったら聞く」
「ん? 奴隷を買いにきたんじゃないのかい? ははあ、旦那は偉い人の使いかなんかで、先ずは視察ってこと?」
偉い人の使い⋯⋯間違いないな、俺は魔王様の部下だし。
まあ奴隷市場を見るのは私用だが、大きな括りでは任務の一環と言っても良いだろう。
「そんなとこだ」
「はあー、困ったなぁ⋯⋯」
「何がだ?」
「ウチら案内人ってのは、馴染みの店に客を紹介して手数料を貰うんだ。奴隷買わない冷やかしなんて商売上がったりだよ」
なるほど、そういう仕組みか。
案内料だけでなく、店からの手数料も貴重な収入なのだろう。
この様子だと、むしろ店からの手数料の方が比重が大きいのかもしれない。
勉強になるなぁ。
「ふむ、婆さんにはそれなりに払ったつもりだったが、不足か」
「アンタ婆ちゃんに幾ら払ったのさ」
「金貨一枚だ」
「きっ⋯⋯」
「不足なら、もう一枚払おう。これでいいか?」
少年の手を取り、手のひらに金貨を乗せた。
しばらくそれを見て少年は固まっていたが⋯⋯。
「一生懸命案内するよ! 何でも聞いて!」
突然愛想が良くなった。
便利だな、金って。