第45話 デルタミア
──茶色いな。
というのが、デルタミアに着いて最初の感想だ。
山岳地帯には植物が殆ど生えておらず、見渡す限り剥き出しの岩肌だ。
街の建物に使用されている建材も、周囲の岩から切り出した物を材料としているらしく、良くいえば一体感があり、悪く言えば殺風景だ。
まあ、カラフルな陶板が基調となったアレンポートから来たから、余計にそう思わせるのかも知れない。
ここはリューガス大陸における教団の総本山らしい。
教団は単に『教団』と呼ばれる。
他に教団を冠する団体が存在しないからだ。
教団は世界に一つしかない、だから他との差別化は不要、という事だ。
光の神の信奉者達、それが教団。
爺やに習った限りだと、その教えの根幹は『隣人愛』や『質素倹約』を旨とした、俺に言わせれば退屈で面白みがない代物だ。
まあ、こんな僻地で質素に暮らしてますよってなアピールだろうな。
ただ、街の規模自体は王都に引けを取らない。
小高い山一つが街に変わってる、という感じだ。
当然一朝一夕で成し遂げられるはずもなく、そこには連綿と紡がれた歴史のような物を、確かに感じた。
「すっごいね、なんか⋯⋯立派って感じ。あの建物とか」
オラシオンの要望で、今回も当たり前のように付いて来たロクサーヌが、頂上にある建物を指差しながら横で感嘆の声を上げた。
「あれが大聖堂だな」
三本の尖塔を擁した建物は、誰が見ても
『これが、この街一番の施設です!』
と分かる存在感を放っていた。
おそらく信者から金をかき集め、あんなもんを建てているんだろう。
いや金だけじゃない、たぶん労働力も搾取してるはずだ。
しかも魔族を排斥なんて考えている組織。
ここまでの情報から、俺の頭脳で総合的に判断するに、教団ってのは邪教だな。
うん、俺が今そう決めた。
邪教認定完了だ。
だから手加減は不要。
さっさと教主とやらをかっ攫って、帰ろう。
こんな質素そのものの街なんて、ロクな甘味も無いだろうしな。
その為にも、まずは教主とかいう奴の情報収集だ。
「じゃあ、街に入るか」
「あ、旦那様。その前に着替えないと」
「ああ、そうだな」
「⋯⋯もしかして、忘れてた?」
「ふっ、ロクサーヌ。俺がそんな大事なことを忘れる訳が無いだろう? お前が忘れてないか試しただけだ。よく覚えてたな、偉いぞ」
「えへへ、ありがとう旦那様」
褒められ、嬉しそうにするロクサーヌに俺は釘を刺した。
「いいか、今後もチョイチョイテストするからな? 敵地では油断するなよ?」
「うん、わかった!」
しかし、完全に忘れてたな。
デルタミアでは、住民全員が白を基調とした教団信徒用のフード付きの服を着ているらしい。
着替えないと余所者として目立ってしまうからな。
荷物から服を取り出し、今着てる物のうえから羽織る。
⋯⋯白い服ってのは普段着ないから落ち着かないな。
「旦那様⋯⋯白が全然似合わないね」
ロクサーヌの感想に、俺は頷く。
「当たり前だ」
「当たり前⋯⋯なの?」
「いいかロクサーヌ、白ってのは弱者の色だ。羊、ヤギ、ウサギ⋯⋯動物だって、白いのは弱っちい奴ばかりだろ?」
「そうかな⋯⋯? 北の方に、白くて凄い大きくて強い熊が住んでるって聞いたことあるけど⋯⋯」
「基本な、基本。もちろん例外はいる。そして黒は強者の色だ、だから俺には黒がこれでもかってくらい似合う」
「カラスとか、黒いよ?」
「だから基本な、基本。さあ、お前も着替えろ」
「はーい」
ロクサーヌも同じようにフードを羽織る。
そのまま彼女はその場でくるりと一周してみせた。
「どう? 旦那様⋯⋯似合う?」
「似合うな、お前は弱者だから」
「あ、ひどーい」
「俺に比べればの話だ」
「それはそうだけど⋯⋯」
「いいじゃないか、凄く似合ってるんだから」
「なら、いいけど⋯⋯」
言葉こそちょっと不満そうだが、何だかんだ嬉しそうだ。
ふっ、これができる男の話術。
「じゃあそろそろ行くか、まずは情報収集だ」
「はい!」
準備を終えた俺たちは街へと進む。
デルタミアへの出入りは、切り立った崖を利用した、天然の門だ。
王都のように衛兵が管理している様子もなく、フリーパスで中へと入れた。
しばらく進むと、俺たちと同じ格好をした男がいた。
第一邪教徒発見だ。
「やあ、ちょっといいかい?」
俺は警戒させない為に、気さくに話掛けた。
「ああ、お客様ですか。ようこそ神の住まう山デルタミアへ」
「ほう⋯⋯俺が余所から来たとわかるのか」
「もちろん。ここはほとんど皆顔見知りばかりです」
「なるほど」
ということは、ここでは結局余所者は目立つってことだ。
わざわざ白を着て損した。
白損だな⋯⋯まあ、いいや。
「教主に会いたいんだが」
俺の言葉に、男はすっと目を細めた。
「お客様、そのような仰り方は感心しませんよ。きちんと教主様とお呼びください」
むう。
物腰こそ柔らかいが、その口調には有無を言わせない物を感じる。
ここでダメな奴なら、うるせぇさっさと教えろなどと凄むのだろう。
だが、俺はできる男。
丁寧な口調だってお手の物だ。
「これは大変失礼しました、不作法をお許し下さい。教主様へのお目通りを希望しているのですが、どのようにすればよろしいでしょうか?」
男は感心したようにうんうんと頷き、言った。
「それは、余所様にお話できる事ではございません」
返事を聞いた瞬間、俺は男の顔面をガシッと掴んだ。
「うるせぇさっさと教えろ」
「あだだだだっ! な、何を!」
「早くしろ、死にたいか?」
「言います、言います! ⋯⋯今はお会い出来ないとおもいます!」
「ほう、死にたいようだな?」
俺は少しずつ、力を強めた。
「違います! 今は次期教主選定会議期間です! だ⋯⋯か⋯⋯ら⋯⋯」
話している途中、不意に男の全身から力が抜けた。
手を離すと、男はその場に倒れる。
⋯⋯どうやら痛みのあまり気絶してしまったらしい。
視線を感じ振り向くと、一部始終を見ていたロクサーヌが溜め息をついた。
「旦那様⋯⋯ちょっとやり過ぎじゃない?」
「⋯⋯お前に教えるためだよ。さっき話しただろう?」
「何を?」
「白は弱者の色だって。無事証明されたな」
ロクサーヌは、あまり納得していなそうだった。




