第44話 ウォーケン城(仮)
俺がアレンポートから一度暗黒大陸に戻り、金鉱掘りをしていた二年間で街は様変わりした。
一番の変化は、歯抜けババアの店だった場所にできた、砦のような建物だ。
今は周辺の土地を買い上げ、常時増築している⋯⋯らしい。
パティシエ捜索の為に訪れた王都からこの街に戻り、滞在する事一週間。
それなりに大きな建物だが、寝泊まりする事で次第に慣れ親しみつつある。
客間だと思ったが、なんとオラシオンは俺専用の部屋を用意していたのだ。
そして出来る男たる俺は、今いる部屋の名称も当然ながら把握している。
『訓練室』だ。
一緒にいるのは、俺とオラシオン、そしてマウン。
マウンが繰り出した拳をオラシオンが払いつつ、腕の外に周りながら、膝裏に踵で蹴りを放つ。
軸足に攻撃を食らった事で、マウンは体勢を崩しながらも、足を跳ね上げオラシオンの踵を挟もうとした。
マウンの奇手に、オラシオンは追撃を諦め後ろに跳び下がる。
バランスを崩したマウンは倒れるに身を任せる──ように見せながらも、片手で逆立ちの体勢をとりつつ、腕を伸ばして飛び上がり、オラシオンへ蹴りを放った。
不安定な姿勢から繰り出されたマウンの蹴りを、オラシオンは上体を反らして難なく躱した。
組み手と称して殴り合う二人の傍らで、俺は用意された椅子に座り、事前に渡された書類を眺めていた。
オラシオンの話だと、交通の要衝であるここアレンポートを融和派、つまり
『魔族と人間、手を取り合って仲良くしましょう』
派閥の、リューガス大陸における拠点としたいらしい。
アレンポートから各地に伸びる街道は整備されているし、もちろん海路も利用しやすい。
交通ってのは、それはもうそのまま『都市の利便性』だ。
リューガス大陸一利便性が高い街、それがアレンポートなのだから、当然人や物が集まる。
人や物が集まるってのは、それがそのまま力だ。
拠点とするに相応しい、という事になる。
この街を拠点とするなら、その象徴でありつつ、実務を司る建物が必要だ、という理屈はもちろんオレにもわかる。
俺は建物の増築計画書を眺めながら、気になる点を発見した。
というか、表紙に書かれたタイトルからして、すぐ気になった。
正直中身はまだ読んですらいないんだが。
『ウォーケン城(仮)建設予定計画』。
いや、あのさ。
なんだよ、ウォーケン城って。
「くっ、流石だオラシオン!」
「あなたもパワーだけでなく、実力を上げましたね、マウン!」
計画書を眺める俺の前で、二人は殴り合いながらお互いを褒め合っている。
元々敵だった二人が仲良くしているのは、まあ良いとして、だ。
「おい、オラシオン」
呼び掛けると、二人は手を止めて俺の前にやってきた。
「お呼びでしょうか、ウォーケン様」
「ああ、お呼びだ」
オラシオンに書類を返しながら、俺は苦言を呈した。
「あのな、オラシオン。俺はあまり目立ちたくないんだが⋯⋯」
この大陸にきたのは、あくまでも極秘の任務だし。
こっそり勇者に出会い、魔王様の言い付けを破って暗殺しちゃおうかな、くらいの気持ちなんだが。
なら目立ったらダメじゃんっていうね。
ウォーケン城なんてもんが建ったら、まるで俺が魔族の代表として、人間たちの領地に侵攻してるみたいじゃないか⋯⋯。
流石に魔王様に怒られるわ。
オラシオンは、俺の言葉にクビを傾げた。
「目立ちたくない⋯⋯ですか?」
「そうだ」
俺の返事を聞いたオラシオンは、口元に笑みを浮かべた。
「では、ウォーケン様は目立ちたくないにもかかわらず、王都の入り口という、とても目立つ場所で少年を救う為に暴れたうえ、街中で『拳聖』と名高いベイドラントを、彼の土俵である格闘戦で叩きのめした、という事ですね?」
うっ⋯⋯。
それを言われると⋯⋯。
何やらあのおっさんは、人間たちの間ではそれなりに名が通った拳術家らしい。
一緒にいた女は、パティシエでもなんでもなく、奴の拳術の弟子だった、という事なのだろう。
勘違いして変な事言っちゃったせいで、もう会いたくない相手だ。
匂いは覚えたから、もう会うこともないだろうし、女の名前はわざわざ聞いていないが⋯⋯まあ、俺の前でプルプル震えてたし、大した実力では無いだろうから、有名人ってこともなかろう。
ともかく王都の入り口で暴れた挙句に、有名人を叩きのめした、か。
オラシオンの言葉通りだと、うん、ただの目立ちたがり屋だわ。
できる男らしく見せるために、なんて言い訳しようか、と考えていると⋯⋯。
「オラシオン、流石に言葉が過ぎるぞ?」
隣にいたマウンが、オラシオンを窘める。
そうだそうだ、俺の代わりに何か言ってやれ、マウン!
「ウォーケン様が目立つのは仕方ないだろう! お前の言葉は、太陽が輝く事に文句を言うも同然だ! ただ、そこにおわすだけで、衆目を集めざるを得ない特別な存在、それがウォーケン様だ! そんな事は、ご自身でもわかっていながらも、目立ちたくないという、決して叶わぬ願望を我らに吐露されたのは、配下として誇るべき信頼の証ではないか!」
いや、あのさぁ、かばい方の方向性がおかしいって。
目を輝かせながら、そこまで褒めちぎらなくてもいいって⋯⋯。
嬉しいと同じくらい怖いわ。
信頼の証とか、いちいち大袈裟なんだよ⋯⋯。
「フフッ、もちろんわかっていますよ、マウン。先程のウォーケン様のお言葉は、我々に対するジョークなんですよ」
「ジョーク⋯⋯だと?」
「私はそれに乗っかっただけです⋯⋯目立たないようにすることが無理だなんて、ウォーケン様が一番御理解されてますよ。ね? ウォーケン様?」
「そ、そうか、俺はまた変な事を⋯⋯ウォーケン様スミマセン!」
オラシオンの言葉に、俺が口を挟む暇もなくマウンが頭を下げた。
⋯⋯何コレ。
ここで俺が『冗談じゃなくてマジで目立ちたくない』みたいに続けたら、なんか『同じネタをしつこく擦ろうとしてる奴』みたいになるじゃん⋯⋯。
ホントコイツ等勘違いしかしねーなぁ!
まあ、俺を慕ってるみたいだし、こんな奴らでも大事にしないとな。
上司ってつらいな、まあ、仕方ないか。
できる男なら、こんな奴らでも上手く使っていかなければならないだろう。
俺はしょげてるマウンを慰めるため、奴の肩に手を置いた。
「ふっ、マウン。お前が俺のために怒ってる姿を見て、改めてお前が配下にいるという幸福を噛みしめているところだ⋯⋯ありがとう」
「ウォーケン様⋯⋯なんというありがたき御言葉⋯⋯」
だから、その目で見るのヤメろ⋯⋯。
「ふふ、マウンはズルいですね。ウォーケンにそうやって、上手く取り入って⋯⋯」
なんだオラシオン、嫉妬か?
仕方ないなぁ、もう。
「オラシオン」
「はい」
「さっきのはあくまで冗談に対しての返しだろうが、お前のように変に遠慮せず、俺に苦言を呈す事ができる人材は貴重だ。これからも頼む」
「⋯⋯もったいない御言葉、ありがとうございます」
オラシオンは軽く微笑みながら頭を下げる。
ちっ、何やってもいちいち絵になる奴。
イケメンってのはこれだから⋯⋯。
まあ、そんなイケメンを部下にしている俺は、もっとイケメンだけどな!
⋯⋯しかしコイツ等の勘違いをこれ以上加速させると、なんかとんでもない事をしでかしそうだ。
そろそろマジで勇者を見つけ出さないとな。
俺の用事が終わりさえすれば、コイツ等が何しようが知ったこっちゃない。
確か勇者ってのは、教団から『勇者認定』を貰って洗礼を受ける、だったよな。
ん? まてよ。
という事は、洗礼を行うヤツがいる、って事だ。
⋯⋯オラシオンに聞けばわかるだろうな。
ただ、誰でも知っている事なら恥ずかしいし、それとなく聞くか。
「オラシオン、おまえは勇者へと洗礼を行う人物に会った事はあるか?」
「教主ですか? いえ、ありませんね」
「そうか」
よし情報ゲット。
教主、ね。
「教主の居所は、お前の方でも掴んでるか?」
「はい、今はデルタミアの大聖堂にいるかと」
「ふむ、俺の掴んでいる情報と同じか⋯⋯なら間違いないだろう」
デルタミア、ね。
頭の中で、ニルニアス王国の地図を思い浮かべる。
デルタミアってのは確か、ここアレンポートと王都の間、山岳部にある街だ。
まあ、陸路なら前回王都へ向かった際に通った迂回ルートがメインになるが。
俺が脳内で地理を確認していると、オラシオンが言葉を続けた。
「認定戦から三年ですし、もう間もなく『勇者誕生の儀』として、洗礼が行われると思います」
なるほど。
なら、今いるのは厳密に言えば『勇者候補』であって、勇者ではない、って事だ。
洗礼とやらにどんな効果があるのか知らないが⋯⋯。
あ、そうだ。
なら、その教主ってやつをかっ攫って、オラシオンに洗礼を受けさせ、勇者にしちゃえばよくね?
任務は『勇者を見つけろ』だし、勇者が部下になるってんなら、わざわざ殺す必要もない。
そして、融和派のオラシオンを勇者にしちゃえば、魔族と人間の戦争も防げる⋯⋯。
⋯⋯完璧なプランじゃないか!
「よし、デルタミアに行くか」
俺が呟くと、オラシオンが驚いた様子で聞いてきた。
「差し出がましい事をお聞きしますが⋯⋯目的は何でしょうか?」
目的?
俺が楽をする為に、お前を勇者にする事だよ。
⋯⋯と説明したい所だが、イヤだって言われても困るし、失敗の可能性もある。
フワッと言っておくか。
「地位や肩書きってのはな、それに相応しい人物のものって事だ。そこがズレると、関わる人間は不幸だからな」
はい、何とでも取れるー。
コレはできる男っぽい言葉だろ。
オラシオンの反応を伺おうとすると⋯⋯さっき以上に、もはや驚愕してるとしか表現できない顔をしていた。
「よ、よろしいのですか? 私も考えなかった訳ではありませんが⋯⋯」
⋯⋯また、何か勘違いしてそうだな。
でもまあ、何した所で勘違いするコイツらの事を考えても仕方ない。
とはいえ、どんな勘違いをしているのかは、念のため確認しておいた方が良いかな?
と考えていると、マウンが口を挟んできた。
「オラシオン、俺にもわかるように説明してくれ」
うむ、マウン。
ナイスアシストだ。
「いえ⋯⋯今はまだ、アナタは知らない方が良いでしょう⋯⋯」
もったいぶりやがって!
マウン、もっと聞け!
「お前がそう言うなら⋯⋯今はこれ以上詮索するのはよそう。俺はウォーケン様とお前を信じるのみだ」
「ありがとうございます」
おい。
二人でそんな合意が成立したら、「念のため確認だが」みたいに聞けないじゃん⋯⋯。
まあいいや。
取りあえず、教主攫ってオラシオンに洗礼を受けさせる作戦開始だ。




