第43話 閑話:ひと愛い、いっとく?
「ウォーケン様が旅立って三ヶ月以上経ちましたなぁ」
「ウム。正確には九十八日じゃ」
執務室で書類に判を押しながら、ヴェルサリアはじいやに答えた。
次の書類を取り上げて読み始めると、じいやはさらに話題を続けた。
「しかし、ウォーケン様がいない魔王城はやや静かですな。正直ヴェルサリアお嬢様はウォーケン様の不在に耐えられないかと思ってました」
「ふっ⋯⋯妾を何だと思っておる。そんなはず無かろう」
ヴェルサリアはそのまま書類を読み続けたが、やがて書類を机に落とした。
「嘘をついた。実は耐えられん」
「実は気付いてました。普段なら三秒で書類を読むのに、一枚読むのに一時間かかってますから」
「むう⋯⋯」
「休暇代わりに、お会いしてくれば宜しいのでは?」
「⋯⋯たったこの程度の期間会えない位で、その⋯⋯重い女だと思われぬか?」
「今更何を⋯⋯重くない女性なら、城中に相手を監視する為の魔導具を設置したりしません。重さの階級で言えばスーパーヘヴィ級でごさいます」
「それもそうだな。事実は認めるしかあるまい。妾はスーパーヘヴィ級ストーカーじゃな」
「流石ヴェルサリアお嬢様、潔いですな」
その後、沈黙が続く。
しばらくしてヴェルサリアは聞いた。
「⋯⋯じいや許す、して、本音は?」
「仕事進まねぇからさっさと会ってきやがれ」
「ふっ、じいやにそこまで言わせては仕方ないな、妾が折れよう」
「恐縮です」
まどろっこしいやり取りを経て、ヴェルサリアはウォーケンに会いに行く事にした。
いそいそと窓を開き、身を乗り出した。
「ニルニアス王国程度の距離なら⋯⋯四音節ってところかの」
『存在偽証』
空間ではなく、重力や質量を操作し、魔力で自らの存在を一時的に作り変え、高速で移動する疑似転移を使用する。
三秒後、ヴェルサリアはニルニアス王国上空に出現した。
「さてと、ウォーケンは、と⋯⋯」
ブレスレットにある大きな装飾を開き、中に仕込まれている魔境を覗き込み、光点が浮かんでいるのを確認した。
ウォーケンに渡したネックレスから発する波動は、キチンと機能しているようだ。
「ふふふ、この距離なら波動を捕捉できるようじゃな。場所は⋯⋯アレンポートか。この距離なら一瞬じゃな」
無詠唱で疑似転移を使用し、アレンポート上空へと移動する。
じいやには会ってこいと言われたが、ヴェルサリアとしては会うつもりはなく、ただ一目見てウォーケン成分(?)を摂取するだけのつもりだ。
ブレスレットを操作し、さらに座標を絞る。
ウォーケンが滞在している建物を発見した。
「あそこか。屋内とは面倒じゃな⋯⋯光と音を同時操作して覗くか。あやつは近付き過ぎるとすーぐ気付くからのぅ」
光と音、別の事象をそれぞれ同時に操作するのは、超高難度の魔法。
それをウォーケンを覗くというバカバカしい事に使う、才能の無駄遣い!
⋯⋯と、じいやに言われそうな気もしたが、事実なので、脳内でも特に反論はしない。
難度が高過ぎるため、無詠唱とはいかない。
「光と音の祭典が我が心躍らせる」
高度な詠唱とともに魔法を使用する事で、本人の身体はそのまま、まるで視覚と聴覚のみを移動させるような感覚。
そう、諜報活動の為だけにある魔法だ。
屋内で、ウォーケンを発見した。
ウォーケンはちょうど、目の前の女と話していた。
『だが使命の途中、お前に出会ってしまった。俺の心を強く縛り付ける、お前に』
⋯⋯。
ヴェルサリアは素早く屋内を観察し、ウォーケンの言葉の意味を推理した。
ここはどうやらスイーツを販売する店らしい。
そして、ウォーケンはワザとではないが、人を誤解させるような言動をしばしば行う。
その上、彼は無類のスイーツ好き。
そこから類推するに──。
『だが使命の途中、お前(の作るケーキ)に出会ってしまった。俺の心を強く縛り付ける、お前(の作るケーキ)に」
おそらく、これが正解だろう。
伊達にウォーケンを長年観察していない、十中八九間違いない。
(ふっ⋯⋯じゃというのに、あの女、まるで己がウォーケンに見初められたかのような、そんな気分にひたっておるのじゃろうなぁ、愉快愉快)
口元に笑みを貼り付け、ヴェルサリアは胸中でわらった。
(全く。ウォーケンもウォーケンじゃ、妾以外のおなごを虜にしてもしょうが無かろうに、愉快愉快)
口元の笑みが、少し歪む。
(全く、愉快じゃ)
(愉快愉快)
(愉快愉快愉快)
笑みが、完全に崩れる。
それでも──。
(愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快愉快)
別に。
正解に辿り着いたところで、まるでウォーケンが女を口説いているかのようなシーンが嬉しい筈もなく。
というか、むしろ腹立たしいというか。
殺意を、『愉快』という言葉で塗り潰さないと、この街を焼き払ってしまいそうというか。
愉快愉快と胸中で繰り返しながら、あるいは己を鼓舞しながら、ヴェルサリアは破壊衝動と戦っていた。
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ケーキを食べ終え、店を出たウォーケンをそのまま観察する。
しばらくしてウォーケンは、人気のない路地に入った。
一目見るだけのはずだったが、ヴェルサリアは限界だった。
視界の中でウォーケンが倒れた。
ヴェルサリアが極小雷撃魔法を使用したからだ。
倒れたウォーケンに素早く近寄り、たっぷり『愛い』を摂取する。
「そろそろ行くかのう」
満足したヴェルサリアは、まだ倒れたままのウォーケンを見て。
「もう『ひと愛い』いっておくかのぅ」
結局、もう「ひと愛い」どころか、もう「八愛い」ほどかましてから、ヴェルサリアは帰城した。
じいやには「遅い」と叱られた。
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ちなみに。
ウォーケンは『俺に気配を感じさせる事なく魔法を使う凄腕がいる、油断ならんぞ』と、約三カ月に一回ほど警戒する事になるのだが、それはまた別のお話。
こんな話考えてみました。
近況として、現在カクヨムでも活動し始めました。
本作と、「俺は何度でもお前を追放する」などの掲載をしています。
「俺追」にはカクヨム限定エピソードなどもありますので、カクヨムも使ってるって方はぜひ覗いてみてください。
では。




