第4話 ポンコツドラゴン
剣戟が発する音が鳴り響く中、高級感のある赤装束に身を包んだ、相変わらず神経質そうな優男が兵士たちに混ざって訓練している。
「もっと鋭く打ち込んでこい!」
「はい! グルゲニカ様!」
グルゲニカの指示に、兵士は神妙な表情で返答している。
グルゲニカは嫌な奴だが、努力家だ。
俺が見る限り、いつも魔王軍で一番訓練に勤しんでいる。
家柄よし、実力有り、容姿に優れ、しかも努力家。
そのせいか、女にも人気がある。
とっかえひっかえだ。
つまり世の男性全ての敵、歩く有罪、それが奴だ。
訪問者が俺だとわかると、グルゲニカは露骨に顔をしかめた。
腹の立つ態度ではあるが、同じ魔将軍でも奴の方が上位、ここはきちんと挨拶をしなければ。
表情、揉み手、準備よし!
「ウィッス! グルゲニカの兄貴! あなた様の一の子分、ウォーケンがやってまいりました! 今日も大層な男っぷりで! クンクン⋯⋯あー、また違う女の匂いプンプンさせちゃって! 俺の鼻はごまかせませんよ? よっ! このプレイボーイ! そのうち刺されちゃいますよ? 全く少しはこっちに回してくれたってバチは当たんないでしょーに! このこの!」
言いながら、グルゲニカの腕を肘でつつく。
俺のフルブースト追従に、何故かグルゲニカは顔をしかめ、挨拶には答えずに一方的に告げた。
「魔王様から聞いている。飛龍だろ? ニアには言ってあるからわざわざ来なくてもいい」
「何言ってんすかー! そんな不義理な真似を大尊敬する兄貴にできませんよー!」
「どこで覚えたんだ、そうやって毎度心にも無いことを⋯⋯まあ、いい。わざわざ来たその気持ちだけ受け取るから、さっさと行け」
しっしっ、と、犬でも追い払うようなジェスチャーをしてきた。
むかっ、相変わらず嫌な奴だ。
「んじゃ、あのポンコツドラゴン借りてっても?」
「お前は、あれしか乗れんだろうが⋯⋯」
呆れたようにグルゲニカが言ってくる。
確かにそうだけどさ。
周りを見ると、何やら兵士たちから注目されている。
こんな大勢の前でバカにしやがって、コイツいつかぶっとばそう。
「そっすねー! んじゃ、ポンコツ同士、行ってきまーす!」
話が通っているならこんな所に要は無いぜ。
こいつも魔法対策グッズが見つかったら⋯⋯ふふふ、楽しみだ。
俺は飛龍部隊の兵舎へと向かった。
「あー、相変わらずドラゴンくせぇ⋯⋯」
飛龍部隊の兵舎は、魔王城でも最大規模の建物だ。
なんせデカいドラゴンを、何匹も飼育してる訳だからな。
ここにいるドラゴンの殆どはここで生まれ、幼竜のうちから調教された個体らしい。
グルゲニカたち『天竜族』は、代々ドラゴンを使役する秘儀を継承している。
だから魔族の中でも特別扱いなのだ。
兵舎の中を進んでいると、何やら騒がしい。
『もしかして⋯⋯』と俺が思っていると、それを裏付けするように声を掛けられた。
「あっ、ウォーケン様! ちょうど良い所に!」
竜たちを飼育する係の長、ゲルルニアだ。
グルゲニカが戦闘担当、ゲルルニアが後方支援って感じだ。
「ちょうど良い所ってことは⋯⋯」
「はい、すみません、また例の『発作』が⋯⋯」
申し訳なさそうな表情をしている。
ゲルルニアは、実はあのいけ好かないグルゲニカの妹だが、とても良い子だ。
その甲斐あってか、一匹を除きドラゴン達は彼女にとても懐いている。
その愛嬌を兄貴にも分けてやってくれんかね?
「わかった。俺が対処しよう、ゲルルニア」
「ありがとうございます! でも、その名前で呼んだらいやですー。ニアって呼んでください!」
ぷーっと頬を膨らませて抗議してくる。
うん、そんな表情も可愛い。
確か魔王様もゲルルニアの事を「奴のようなのを『あざと可愛い』というのじゃ」って褒めてたな。
⋯⋯もしかしたらほめ言葉ではない気もするが⋯⋯まあ、可愛いは正義だ。
「わざとだよ、その表情が見たいからさ」
「もう! ウォーケン様ったら、いつもそうやってからかうんですから!」
本音なんだけどな、まあいいか。
「んじゃ、ポンコツ君の所にいこうか」
「そんなふうに呼んじゃだめですよー! グラッツオは良いドラゴンですよ! 私には一切懐かないですけど」
「そうは思えないけどな」
話しながら、兵舎の奥へと進む。
俺の騎竜、ポンコツ君ことグラッツオは、協調性が皆無だ。
そのため一匹だけ離れた場所にいる。
俺が姿を見せると、グラッツオは嬉しそうに首を伸ばしてきた。
そしてそのまま、俺の頭に
「ガブッ」
と噛みついた。
「ヨーシヨシヨシ」
頭をガジガジと齧られつつグラッツオを
撫でる。
グラッツオは俺の頭を噛みながら撫でられると、とても喜ぶんですよ。
他の竜と一緒にすると甘噛みがエスカレートして噛み殺すことがあるらしく、こうやって隔離されてるのだ。
グラッツオの難点は、この噛み癖だけではない。
背中に人を乗せるのを極端に嫌がる。
何人もの魔族を振り落とし怪我をさせた、実にダメな奴なのだ。
ま、俺は身体能力だけは人一倍なので、やすやすと振り落とされたりしないが。
それに俺はニアとは逆に、他のドラゴンにはどうやら魔法に弱いという特性がバレてるのか、舐められている。
一切懐いてくれないのだ。
他のドラゴンだと、背中に乗っても全然飛ばない。
うんともすんともしないのだ。
なので必然的に、このポンコッツオ君が俺のパートナーだ。
まあ、結構可愛いところもあるけどね。
しばらく噛むと飽きたのか、グラッツオは俺から口を離した。
「んじゃ、コイツ借りてくね」
「あ、はい⋯⋯いつも思うんですが、その、平気なんですか? それ」
「うん、甘噛みだから。コイツ甘えん坊なんだよね」
「そうですか? 私には噛み砕く気満々に見えますけど⋯⋯」
「ははは、そんな筈ないさ。うわっ、今日は涎多いな! やっぱり平気じゃないかも!」
ニアは一瞬、残念な物を見るような視線をこちらに向けてきたが、すぐに笑いながらカバンを開いた。
「こうなると思いました。はい、どうぞ」
なんと、ニアはこうなることを予見し、タオルを用意してくれていた。
相変わらず良く気が利く、良い娘だ。