第32話 オッサンの世話を押し付ける
さて、気絶したオッサンをどうするか。
それが当面の問題だ。
俺はオッサンを抱えたまま、街道を進んでいた。
おっ?
なんか村がある。
とりあえず、あそこに行くか。
少し街道を離れた場所に、その村はあった。
結構寂れているが⋯⋯なんか、復興中って感じだ。
俺は道を歩いていた爺さんに話しかけた。
「なあ、じーさん。この村、何て名前だ?」
「ああ、ここはレビーサ村⋯⋯あっ、あなたは!」
爺さんは俺を見ると、びっくりした表情を浮かべた。
「そのお姿⋯⋯まさか、ウォーケン様では?」
え?
なんでこんな村の爺さんが、俺の事を知ってるんだ?
俺が疑問に思っていると、爺さんが叫んだ。
「おーい! ウォーケン様が、ウォーケン様がおいでなさったぞ!」
爺さんの呼びかけに、村から人がワラワラと集まってきた。
見ると、ほとんどジジババだが、数人の若者が混ざっている。
その若者の中から、ひとりが歩み出てきた。
若者はそのまま俺に近づき、跪いて顔を上げた。
「そのお姿⋯⋯マウン様から聞いております、ウォーケン様。われらをあの忌々しい船から解放し、新たな生き方を与えてくれた、と」
⋯⋯なんの事だ?
全然身に覚えがない。
まあ、素直に聞いてみるか。
「さて、何の事だかな」
「ふふ、あの方に聞いている通りです。そんなご謙遜頂かなくても大丈夫ですよ、我々はわかってますから」
あ、これダメだ。
コイツ、あのマウンの奴と同じ目してる。
綺麗な瞳してるだろう? コイツ完全に誤解してるんだぜ? って感じだ。
なら、無理に誤解を解かなくて良いか。
俺がそんな事を考えていると、今度は爺さんが俺に近寄ってきて、オッサンを抱えている手と反対の手を握りながら、泣き始めた。
「ワシはこの村の村長です。この村は、マーラン伯爵の悪政によって、滅ぶ寸前じゃったんじゃ」
「そうか」
「はい。若者は無理やり徴兵され、若いおなごは奴の慰み者にされ⋯⋯この村には、老人しか残されていなかったんですじゃ」
「大変だったな」
「ええ、それをアナタ様が、奴隷を安くしてくれたおかげで、なけなしのお金で、何とか働き手を確保できました。もちろん、彼らを奴隷として扱ったりしておらん、新しい家族としてここに迎え入れたつもりじゃ。アナタは村の救世主じゃ、本当に、本当に、ありがとうございます」
なるほど。
ジジババは元々の村人、若者はあの船に積まれていた魔族で、奴隷⋯⋯いや、今はこの村の家族って事か。
だけど、俺のおかげってのがわからん。
「俺のおかげなどと思わなくていいぞ、俺は何もしてないからな。頑張ったのは、あくまでお前たちだろう?」
だって、奴隷を買う金を用意したのはコイツらだ。
ふっふっふ、俺は金のありがたみがわかる、違いのわかる男だ。
俺の言葉に、村人がざわついた。
「おお⋯⋯何と謙虚な⋯⋯」
「これが、ウォーケン様⋯⋯正に人の上に立つに相応しいお方⋯⋯」
「やはり排斥派は間違えている⋯⋯この方に会えば、すぐにでもわかるはずだ⋯⋯」
「他の村にも伝えないと⋯⋯」
「少し疑っていた、そんな自分が恥ずかしい。やはり人と魔族の融和こそ、大事なことなんだ⋯⋯」
⋯⋯何かさらに勘違いが加速した気もするが、まあいいか、本題に入ろう。
「少し、頼みたい事があるんだが」
「はっ、何なりと」
答える若者の前に、俺は担いでいたオッサンを下ろした。
すると、村長が叫んだ。
「こっ、こやつは!」
おっ。
知っているのか。
どうやら若者も知っているみたいだ。
ブルブルと体を震わせている。
やべー。
ヤッパリこいつ、融和派とかいうやつの、偉い奴なんだな。
だから、意識を失ってる姿を見て、こんなに震えるほど焦っているんだろう。
二人だけではない、村人は次々と言い始めた。
「こいつには、息子が!」
「私は、娘を!」
へーっ。
ずいぶん色々な人を世話してやってるんだな。
さすが魔王様の知り合い。
俺は若者に聞いてみた。
「コイツは、お前にも色々とやってくれた⋯⋯そうだな?」
俺の言葉に、若者は頷いた。
「はい。私の父母は以前、コイツの⋯⋯」
「いや、みなまで言わなくていい」
そこまで興味ないし。
「はっ、失礼しました」
若者が答えてくる。
うんうん、素直な奴だ。
さて、本題に入るとするか。
「コイツの面倒⋯⋯任せても良いな?」
俺が頼むと、若者は驚きに、少し喜悦を混ぜたような表情を浮かべた。
「よ、よろしいのですか!? 助けて頂いただけでなく、こんな機会まで!」
⋯⋯?
何コイツ、オッサンの世話するのが好きなの?
あ、そうか。
だからジジババの村がコイツには合ってるんだろうな。
俺にはわからん趣味だが、まあ、それも人それぞれか。
「ああ、好きにするが良い」
「はい! ありがとうございます! 何という慈悲深い方なのだ⋯⋯自分でやれば簡単なのに、コイツに対しての我々の気持ちを考え、わざわざここに連れてきてくれた⋯⋯そうですね?」
いちいち大袈裟な奴⋯⋯。
もう面倒だし、それで良いよ。
「まあ、そういうことにしといてくれていい。その代わり、しっかり面倒見てやってくれ」
俺の言葉に、若者は心底嬉しそうな笑みを浮かべながら頷いた。
「ええ、しっかりと面倒見てやります。しっかりと⋯⋯ふふふ、楽しみです」
若者は「覚悟しろよおっさん、この俺がトコトン面倒見てやるぜ」そんな気持ちが伝わってくる、何か仄暗い信念と覚悟を感じさせる表情を浮かべていた。
⋯⋯ここまで来ると、何かちょっと怖いな。
オッサンの面倒見るのに、何か執念すら感じる。
まあ、良いか。
しかしこんだけ慕われてる様子を見るに、オッサンは幸せ者だな。
きっとこの村でも、このあと相当歓迎されるんだろうな。
良かった良かった。
俺はオッサンを置いて、アレンポートへと向かった。