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第28話 ウォーケン観察日記①

 将来、自分の伴侶となる。


 つまりそれは、ウォーケンが最終的に自分を含めた魔族、そして人間、いや、あらゆる生命の頂点に立つ事は、ヴェルサリアにとって「確定事項」だった訳だが。


 当然ながら、今はまだ足りないもの、課題は山積している。


 強さが足りない。

 知性が足りない。

 教養が足りない。

 品格が足りない。


 つまり、教育が足りない。


 言葉を覚えたことで意志疎通が可能になったため、じいやにウォーケンの教育を任せる事になった。


「いやぁ、あの方はすごいですなぁ。まるで乾いた砂が水を吸い込むように、物事を理解していきます。たった一カ月で本も読めるようになりました」


「そのくらい出来て当然じゃ。妾の将来の婿どのじゃからのう」


 じいやには、ヴェルサリアの本心を教えてある。


 ⋯⋯というより、ウォーケンの行動範囲が広がるにつれ、自室の鏡が増えたので、ヴェルサリアの私室を清掃しているじいやに不信に思われて問い詰められ、白状したのだが。


 今では、ウォーケンが魔王城のどこにいても観察する事ができた。


 

 

 教育とともに、城での戦闘訓練にも参加するようになった⋯⋯が、あまり意味が無さそうだった。


 相変わらず、魔法を受けると気絶する。

 そして、魔法抜きだとウォーケンに勝てる者は皆無。

 なにせ、魔法以外の攻撃が当たらない。


 そして、仮に攻撃が当たっても無駄だろう。

 そう思わせる事があった。






 


「へー。これが飛竜部隊ですか」


「どうじゃ? なかなか壮観じゃろう?」


「でも、あんまり元気ないですね」


「⋯⋯普段は、もうちょっと元気だがの」


 ウォーケンを連れ、飛竜部隊用のドラゴン達を飼育している竜舎に行った時の事。


 ウォーケンが竜舎へと足を踏み入れた瞬間、ドラゴン達が異様に緊張したのがわかった。

 ヴェルサリアとて、ここまでドラゴン達にプレッシャーを与える事はできない。


 ドラゴン達は気がついている。


 ドラゴンは魔法が使えない。

 つまり、ウォーケンに対する対抗手段を持たない。

 この男がその気になれば、ここにいるドラゴン全てを殺す事は容易だろう。


 つまり、天敵。

 今、目の前に現れた男は、ドラゴンたちの命を容易に搾取する事が可能な存在なのだ。


(ふふふ、さすがは我が婿どのじゃ⋯⋯)


 凶暴なドラゴン達が、借りてきた猫のようにおとなしくなる姿に、我が事のようにヴェルサリアが満足していると⋯⋯。


「あ、あいつは元気そうだ」


 気付けば、ウォーケンはずんずんと奥へと歩を進めていた。


「いかん、そっちは⋯⋯!」


 竜王の末裔とされる王竜種。

 その最後の一匹、王竜グラッツオ。


 ここにいるすべてのドラゴン達より巨体だが、実はまだ成長期の子供だ。


 王竜種は、成長期の過程である事に悩まされる。


 牙が成長するにつれ、口が「(うず)く」のだ。

 その不快感は、本来同じ王竜種の硬い鱗を噛むことによって鎮める。

 だが、地上最高の硬度を持つ物質である王竜種の鱗に、代替品などない。


 グラッツオは、常にその疼きを覚えている。

 そのため、他の竜を噛んでしまうのだ。


 幼竜とはいえ、グラッツオに噛まれて無事なドラゴン⋯⋯いや、生命体など存在しない。

 

 王竜の牙は、地上最強の矛。

 王竜の鱗は、地上最高の盾。


 だからこそ両者は拮抗し、互いを受け止める。


 その矛が、ウォーケンへと放たれた。


 防ごうにも、王竜の動きはその巨体に反して速く、ヴェルサリアをもってしても固有行動(ユニークアクション)が間に合わない!


(妾はなんという油断を⋯⋯! ⋯⋯えっ? あれ?)


 グラッツオは全力で噛みついたが、ウォーケンは平気そうにしている。


「おー、他のドラゴンと違ってコイツは元気だな!」


 ガジガジと。

 ウォーケンはグラッツオに噛まれるに任せている。


 しばらくウォーケンを噛み続け⋯⋯やがてグラッツオは満足げに口を離した。


「いやードラゴンって懐くと可愛いもんですね。山だったらぶっ飛ばしてたけど」


 グラッツオをウォーケンが撫でる姿。

 それはまるで、神話のワンシーン。


 神より全権を与えられた救世主が、竜王を従えているかのように──


 ヴェルサリアはウォーケンに言った。


「妾は用事を思い出した、先に戻る」


「え? はい、わかりました。俺はもう少しコイツと遊んでます」


 少し不思議そうに首を傾げるウォーケンに背を向け、ヴェルサリアは急いで立ち去る。


 だって、あんなシーンを直接見続けたら⋯⋯。


(妾、ここで死ぬ! 確実な()()にが今肩を叩いた!)


 結局部屋に戻ったものの、やはり部屋でも観察し続け、ヴェルサリアは()()にしかけた。




 


 ある日の事。


 魔王城で大爆発が起きた。


 別に特段珍しい、という事もない。

 犯人はわかっている。


 魔将軍の一人、「爆炎のナターシャ」。


 最大火力だけで言えば、ヴェルサリアと同等か、それ以上の魔法の使い手だ。

 ただ、魔法の制御が不安定なため、集団戦で敵に最大火力をぶつける時以外、あまり出番を与えないようにしている。


 敵味方区別なく吹っ飛ばされたら困るからだ。


 爆発が起きたのは、大浴場のようだった。


「やれやれ。奴が爆発させたとなると、改修には妾も手を貸さんとの」


 ヴェルサリアは生物、無生物に限らず魔法で『再生』を行える。


 そのため浴場に向かうと⋯⋯。


 入り口(があった辺り)に、赤い髪で、その豊満な肉体にバスタオルを巻いた姿の、半裸のナターシャがいた。


 予想通りの犯人だ。


 ナターシャはヴェルサリアを見ると、バツの悪そうな表情を浮かべた。


「あ、姐さ⋯⋯魔王様、ごめん、やりすぎちゃった」


「全く。お主は魔王城での魔法行使は禁止しとるじゃろ」


「仕方なかったんだよー! で、ゴメン! ウォーケンを殺しちゃった! 風呂を覗いたから⋯⋯!」


「⋯⋯何じゃと?」


 ウォーケンが⋯⋯この女の風呂を覗いた?

 妾以外の女にも、興味が?

 ナターシャの胸が、妾より少し大きいから?


 いや、今はそこではない。

 嫉妬から次々浮かんでくる愚かな考えを払いのけ、ヴェルサリアはナターシャを問い質した。


「殺したとは⋯⋯どういうことじゃ!」


「だって、急に入ってくるから⋯⋯!」


 気がつかずに、入った⋯⋯ということか?

 いや、ウォーケンは人の気配に敏感だ、誰かが入浴中だと気がつく事は明白。

 つまり、本当に覗きの可能性が高い?


 いや、だから今はそんな事を考えている場合ではない。


「ええい、そこをどけ!」


「あっ、姐さん?」


 普段の、冷静沈着な自分の姿しか知らないナターシャの戸惑いが伝わってくる。


 しかし、そんなものに構ってはいられない。


 ウォーケンは魔法が苦手だ。

 そして、この風呂場の惨状から考えるに、ナターシャの馬鹿が使用したのは「極大爆裂破砕陣」。


 それは伝説の、人間の賢者が竜王を誅殺するのに使用された魔法の奥義。


 魔法に耐性のないウォーケンが、この魔法を受けたとしたら⋯⋯?


 絶望的な予感を覚える中、ヴェルサリアが目にしたのは──


 ──いつも通り、気絶する⋯⋯気絶しただけのウォーケンだった。









 気絶していたウォーケンの身体を調べた。


 特に傷などが付いている様子もなかった。


 今までなら、傷がなかった理由はわかる。

 ヴェルサリアはウォーケンに傷がつくほどの魔法を使ってないからだ。


 だが、今回は違う。


 あのナターシャが、手加減無く繰り出した最大火力を身に受けたのだ。

 それで、傷一つないとなると⋯⋯。



 考えられるのは、一つ。


 ウォーケンに魔法はほとんど効かない、ということだ。


 物理的な攻撃は、王竜の牙を受けて平気にしている事からも、100パーセントカットするのだろう。


 そして、魔法。

 ほとんどカットするが、ほんの僅か、痛みを覚える程度には効く、ということではないのか?


 あえて数値化して言えば「1ダメージ固定」のような。


 だからウォーケンにとって、極小雷撃だろうが、極大爆裂破砕陣だろうが、同じ。


 常人で言えば、針でつつかれた程度には効く、という事なのでは?


 そして、気絶する理由。


 おそらく数百年、痛みと無縁に過ごしたウォーケンの、脳が引き起こすショックによる「過剰反応」。


 そう考えれば、「香辛料が一切ダメ」という事にも説明が付く。


 辛味、それは即ち舌が感じる「痛み」。

 だから、辛いものを食べると気絶する。


 つまり、もし、ウォーケンが「痛み」に慣れたならば⋯⋯。




 ウォーケンは、まさに無敵の存在となる!





(これは⋯⋯今まで以上に躾を頑張らなければ!)


 とりあえず、ちょっとした事でも罰を与えねば!

 痛みに慣れてもらうためだもんね、仕方ないね!


 ヴェルサリアは心に誓った。


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― 新着の感想 ―
[一言] ウォーケンが痛みに慣れるのが先か、ヴェルサリアが愛い死にするほうが先か(^^)
[一言] あー、そうね 屈強な肉体を持ってして、魔法ってだけで低周波電流にヤラレてしまう理由がよく分からなかったけどそういう感じか… いや、赤ん坊でももう少し刺激に強いと思うぞ
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