第27話 ストーカー誕生秘話②
その後、ヴェルサリアは気絶した男を魔王城へと連れ帰り、城の一室を与えた。
最初は暴れたが、何度か魔法を食らわせるとおとなしくなった。
どうやら言葉は理解できないようで、話しかけても返事はない。
飯はうまそうに食う。
どうやら魔王城の食事が気に入ったようだったが、一つ問題があった。
香辛料を、体が一切受け付けないようだ。
一度南方の香辛料たっぷりの料理を口にしたところ、魔法を受けた時同様に気絶したのだ。
それ以来、香辛料が入ったものは口にしない。
どうやら匂いで嗅ぎ分けられるらしい。
なので、塩でシンプルに味付けしたものを与えた。
すると男は、にっこにこで食う。
(愛い⋯⋯)
男が食事をする姿は、いつまでも見ていられた。
いや、いつまでも見ていたかった。
実はそれまで、どんなに研究しても作れない魔導具があった。
遠見の魔導具。
離れた場所を観察する為の魔導具だ。
百年近く研究して不可能と判断し、それ以来研究は頓挫していた。
男が来て、一週間。
望みの物は、あっさりと完成した。
ヴェルサリアは、物事を論理的に考える。
そして論理的に考えた結果、この魔法具が完成した理由に行き着いた。
『愛』
それしか考えられない。
「ふふふ⋯⋯これが『愛』の力か。恐ろしいものよのう⋯⋯」
まずは、映像を取り込む魔法具を男の部屋に設置。
自室の魔導具を起動すると、受信用の鏡に男の姿が投影されるようになった。
自室にいる間は、寝るときを除いて常に鏡を見ていた。
そして寝るのももったいないので、ついでに短時間睡眠用の魔法まで開発した。
──ストーカーの誕生である。
シンプルな味付けを好むと思い控えていたが、一度給仕が間違えてケーキを与えた。
男は、それまでの食事以上にケーキを貪るように平らげた。
次の食事で、また味付け肉を運ばせたが、食べようとしない。
ヴェルサリアにはピンとくるものがあり、急いでケーキを運ばせた。
ケーキを見るや否や、男は目の色を変えた。
奪い取るような動きを見せたため、ヴェルサリアは指を動かす。
その頃には、男はヴェルサリアのその動きが魔法を放つ前兆だと理解していたのか、ピタリと動きを止めた。
ヴェルサリアはそのまま指をケーキへと向け、言った。
「ケーキ」
男はその様子を観察してきながら、もぞもぞと口を動かし、はじめて言葉を発した。
「セーェキ?」
ヴェルサリアはすぐに訂正した。
「ケーキ」
男はまた口を動かした。
「セーへキ?」
「ケーキ」
「セーキ?」
「ケーキ」
「セェーシ?」
「セから離れるのじゃ」
「⋯⋯?」
「ケーキ」
「ケェーキ⋯⋯?」
「そう、それじゃ、ケーキ!」
「ケーキ!」
「おお! そうじゃ、ケーキ!」
「ケーキ!」
ちゃんと言えたご褒美に、ケーキを与えると、男は嬉しそうに平らげた。
男が最初に口にした言葉は「ケーキ」。
⋯⋯正確には、「セーェキ」。
それから男は、どんどん言葉を覚えた。
一カ月後。
「あ、魔王様おはようございます! いやーここのメシは上手いっすねぇ! あと風呂? 温かい水に浸かるのがこんなに気持ちいいなんて知らなかったですよー! なんか身体がほぐれるっつーか、そう言えば最初に入った時、垢がそりゃもう尋常じゃなかったっす! それで風呂上がりに冷たい水をキュッと飲む、これもまた快感ってかんじで最高です!」
めちゃくちゃしゃべるようになってた。
「⋯⋯お主、めちゃくちゃしゃべるのう。どこでそんなに言葉を覚えた」
「え? ああ、俺、耳を済ますと大体この城の会話全部聞こえるんすよ、地獄耳? ってやつだと思うんですよね! それで覚えました!」
「そうか」
「そういえば⋯⋯魔王様、よく『ういうい』言ってますけど、あれナンスカ? なんかの掛け声ですか?」
「⋯⋯腹筋するときに、ちょっとの」
「そうですか! へーっ!」
口に出さないように気をつけんとな、とヴェルサリアが考えていると、男は「あ、そうだ」と呟いてから言った。
「魔王様、俺に名前を付けてくれませんか? なんか強そうな名前が良いです!」
「⋯⋯名前?」
疑問系で答えたが、実はもう決めてある。
ヴェルサリアは決めてあった名前を男に告げた。
「よし、お主は今日から『ウォーケン』と名乗るが良い。過去におった伝説の魔王じゃ」
「めっちゃ強そうじゃないですか!」
「ああ、めっちゃ強かったらしいの。気に入ったか?」
「やったー! 魔王様ありがとう! めちゃくちゃ気に入りました!」
男は飛び跳ねながら、満面の笑みで喜んでいた。
「ふふ、良かったの」
男改めウォーケンが無邪気に喜ぶ姿を見ながら、ヴェルサリアは努めて冷静な振る舞いを見せながらも⋯⋯。
(愛い死ぬ! 妾、愛い死んでしまう!)
内心は感情が爆発し、ヴェルサリアは愛い死ぬ寸前だった。




