第26話 ストーカー誕生秘話①(魔王視点)
「ヴェルちゃんはさー。もっとその外見活かして、男を上手く転がしなよー」
スパーっと。
人目のない室内で、タバコをふかしながら、友人のゲルルニアが忠告してきた。
一応、魔王と部下ということで、公式な場では節度をもって接してくれる。
しかし二人になると、彼女は本性を隠さなかった。
「別に困っておらんしのぅ」
実際、魔王城内の支配体制は強固だ。
魔将軍たちは皆幼なじみ、その中で突出した魔法の使い手である自分が上に立っている。
「兄貴とかさ、ちょっとヴェルちゃんが顎の下でもくすぐってやれば、もっと頑張ると思うよー?」
確かに彼女の兄、グルゲニカについては、多少思うところもある。
才能だけで魔将軍筆頭を張る男だが、なんせ習練を嫌う。
「努力せずに強いのが良いんじゃないか。汗にまみれるなんて格好悪いよ」
などとほざいているのだ。
「まあ、本人がやる気にならんとのぅ」
「だからそこを、ヴェルちゃんがうまく転がせば良いのよ」
「どのように?」
「仕方ないわねー」
ゲルルニアが一冊のノートを渡してきた。
表紙には、「ニアのヒミツノート♡」と可愛らしいフォントで書かれている。
ヴェルサリアが受け取り、ページを開くと⋯⋯。
「男はすぐにやりたがるクセに、すぐにやらせる女には執着しない。できそうで、できない、そんな女を目指せ」
とか。
「言い訳できる余地を残せ。『しつこく迫られたから仕方なく』など、あくまでもこちらから迫ってはいけない」
などが、表紙のフォントもビックリするほどの楷書で書かれている。
「いや⋯⋯なんじゃこれは⋯⋯」
「男の転がし方よ」
「そうか⋯⋯まあ妾には不要じゃ」
くだらないと断じ、そのままノートを返す。
「そう? でもいつまでも子供の時みたいに『妾はウォーケンみたいな本物の男と結婚するじゃ!』なんて言ってられないよ? 魔族がいくら年とりにくいって言ったって、いつまでも若々しくって訳にもいかないんだから」
「ま、それでも焦ることもない。縁が無ければ、別に男などいらんなぁ」
「もったいないなぁ」
と。
コンコン。
と、ドアがノックされた。
その瞬間、ゲルルニアは足元にタバコを叩きつけ、固有行動を行った。
彼女の魔法の腕前は元々かなりのものだが、その動きは普段以上だった。
まずゲルルニアはタバコを炎上させて燃やし尽くし、ふたたび固有行動を行い、今度は室内の消臭した。
魔王ヴェルサリアをもってしても、見事、と評すべき速さだった。
「はーい、今開けまーす」
さっきまでより1オクターブくらい高い声でゲルルニアがノックに返答し、ドアを開ける。
そこには、最近配属されたばかりの、ゲルルニアの部下がいた。
「ゲルルニア様、準備が整いました!」
「あー。カシムさん、やり直しぃ。ニアって呼んで下さいー」
部下の報告に、ゲルルニアがぷぅと頬を膨らませた。
「え、いや、しかし⋯⋯」
「意地悪するの?」
そのままゲルルニアは、カシムとかいう部下の胸のあたりを、ツンツンとつつく。
そして、身体を寄せながら、上目遣いで可愛く睨んでいた。
カシムという男は、顔を赤らめながら、なんとか言葉を発した。
「に、ニア様、準備が整いました」
「うーん、本当は『様』もいらないけど、魔王様の前だもんね、合格ー!」
そのまま、男の手をぎゅっと握り、余韻が残る程度の時間でパッと話した。
「それでは魔王様、私たちはこれで」
「し、失礼します」
ゲルルニアと、顔を赤らめたまま立ち去るカシムの姿を見ながら⋯⋯。
「まったく。普段からあの固有行動の速度なら、魔将軍筆頭も務まるだろうに⋯⋯」
ヴェルサリアは溜め息とともに彼女たちを見送った。
魔王であるヴェルサリアだが、普段はそれほど忙しくない。
城の事は部下に任せ、遠出することも多かった。
彼女の趣味は、「ウォーケンの伝説巡り」。
過去の大魔王ウォーケンの足跡を巡りながら、その姿に思いを馳せる。
ウォーケンは白髪、褐色の美丈夫で、何人もの女を虜にしたにもかかわらず、生涯独身であったという。
そんなウォーケンの伝説巡りを行っている中、ある村で気になる伝承を聞いた。
ウォーケンが最後に向かったとされる山があるという。
ウォーケン伝説には、デマも多い。
実際これまでも、姿を消したウォーケンの最後の行き先についてはヴェルサリアも色々と聞き、その都度調べ、それは出鱈目だったと知った。
だから、その山に行ったのも、ちょっとした気紛れだった。
山には、ひとりの男がいた。
見聞きしたウォーケンと同じく、褐色、白髪の男。
男は──美しかった。
単に容姿が優れている、という事ではない。
容姿も優れていたが。
一糸纏わぬその身体から発する雰囲気が、何よりも美しい。
どのような彫刻家であれ、再現不可能と思わせるだろう、傷一つない、鍛え抜かれた体躯。
あらゆる生命を暴虐をもって支配する、そんな意志が伝わってくるような猛々しさ、それでいて、相反した知性を深く宿したような、濁りのない瞳。
その男を見た瞬間、理解した。
(こやつこそ⋯⋯妾の伴侶じゃ!)
生まれてこの方感じたことのない、自分の本能の、深い部分がうずくのを感じた。
この男に──支配されたい。
蹂躙されたい。
傅きたい。
その思いが、とんでもない事を口走らせた。
「妾は魔王ヴェルサリア。でも、今日から貴方が魔王となり、我ら魔族、その全てを支配してください」
そのまま返答を待つ。
返事はなかった。
その代わりに⋯⋯言葉は不要、そう思わせるような事があった。
⋯⋯男の身体が『変化』したのだ。
今までも。
男が自分を見るとき、その瞳に情欲が宿っていることは珍しくなかった。
男どもが自分を『雌』として、組み敷きたい、そう思っていることに気付いていた。
その事に、なんの感情も湧かなかった。
だが、今は。
この男に、自分は欲せられている。
その事が、堪らなく嬉しい。
全てを委ね、このまま男に身を委ねたい⋯⋯という気持ちと。
どこかで、冷静な自分がいた。
(いや、出会って五秒はさすがにちょっと!?)
相反する気持ちに揺れ動く中、そんなヴェルサリアの葛藤を無視するように男は動いた。
──瞬間、脳裏に浮かんだのは。
『男はすぐにやりたがるクセに、すぐにやらせる女には執着しない。できそうで、できない、そんな女を目指せ』
『言い訳できる余地を残せ。『しつこく迫られたから仕方なく』など、あくまでもこちらから迫ってはいけない』
あの、くだらないと突き返した『ニアのヒミツノート♡』に書かれた文章だった。
「身体を委ねたい⋯⋯でも、すぐはダメ? 抵抗⋯⋯いや、抵抗するフリ? どっち? どっち? どっちぃいいい!?」
自分でも意味のわからない事を叫びながら、長年の習慣はヴェルサリアに無詠唱魔法を使わせた。
出力は最大限抑え、それこそ
「頑張って抵抗したけど、無理だったの、彼ったら強引で」
そんな言い訳ができるほど、微弱な魔法を使った。
男は──「パタン」と音を立てて倒れ、あっさりと気絶した。
「え?」
しばらくして。
「え?」
また、しばらくして。
「え?」
その日しばらく、ヴェルサリアの「え?」は止まらなかった。
「




