第12話 勇者認定
俺のお願いが功を奏したのか、店員はすぐさまケーキを持ってきた。
さっきまでクスクス笑っていた他の客は、先ほどのやり取りを聞いていたのか、こちらを見ようともしない。
いやー、俺って交渉上手だな。
少年は、目の前に置かれたケーキをしばらく眺めていたが、やがておずおずと聞いてきた。
「本当に⋯⋯食べても、いいの?」
「ああ、奢りだ」
俺が促すと、少年はおずおずと言った感じでフォークに手を伸ばし、ケーキを口に運ぶ。
少し前まで陰っていた顔が、ケーキを口にした途端華やいだ。
「美味しい⋯⋯美味しいよ! 旦那!」
「旨いよな! 店員! 俺の連れが褒めてるぞ、旨いってさ!」
「あ、ありがとうございます!」
俺の言葉に、店員は深く頭を下げて答えた。
うむ、いい感じだ。
この街に滞在中はひいきにしてやろう。
ウォーケンガイドにメモをを取っておこう、味◎、店員の態度◎、っと。
少年はしばらく夢中で食べていたが、ふと顔をあげて言ってきた。
「本当に、ありがとう⋯⋯旦那は変わってるね⋯⋯奴隷なんかの為に、あんなに怒ってくれるなんて」
ん? どういうことだ?
何か凄い勘違いされてる気がする。
「違うぞ? 別にお前の為に怒ったわけじゃない」
俺の言葉が意外だったのか、少年は驚いたような顔で聞いてきた。
「ち、違うの?」
「ああ。俺自身が舐められた気がしたからだ、それだけだ」
そう、俺に規則を押し付けられる奴など、魔王様と他の魔将軍くらいでなければならない。
その程度には魔将軍の肩書きに誇りを持っている⋯⋯正確には、そう『教育』されている。
少年はしばらく俺の顔をマジマジと見つめていたが、やがて笑みを浮かべた。
「ふふ、そういうことにしとくよ」
機嫌良さげに一言呟くと、少年は再びケーキを食べ始めた。
いや、しとくもなにもそういうことなのだが⋯⋯。
嬉しそうに食ってるし、まあいいか。
「婆ちゃん⋯⋯あ、最初に旦那と話した人、あの人の孫が死んじゃって、その代わりに婆ちゃんに買われたんだ。婆ちゃんは奴隷扱いなんてしないけど、それでも奴隷は奴隷ってこと」
ケーキを食べ終えたあと、なんか身の上話が始まった。
俺はもっとケーキの話で盛り上がりたいのだが、魔王様や爺やに『人の話はちゃんと聞け』と教育されてるからな、黙って相槌を打つ。
「それで婆ちゃんの手伝いで案内人を始めてさ。奴隷を少しでも良い待遇で迎えてくれる主人と引き合わせてるんだ、奴隷なんて使いつぶす道具みたいに扱う人も多いからね」
まあ、それはしょうがないな。
弱い奴は、強い奴に搾取される──それは命を含めることもある。
俺も山では搾取しまくってたからな。
「だから旦那なら、喜んで奴隷を斡旋するんだけどなぁ」
「そうか。ちなみにどんな奴は嫌なんだ?」
俺の質問に、少年は左右を見回したあと、少し顔を寄せて小声で囁いた。
「あまり大きな声じゃ言えないけどさ」
「もっと小声でも良いぞ? 俺は地獄耳だ」
「はは、旦那面白いね」
冗談のつもりは無かったのだが。
そう考えている間も、少年は言葉を続けた。
「最近この街に派遣された、オラシオンって騎士。ああいうのはお断りだね」
「ふーん、嫌な奴なのか? そのオラシオンは」
「ちょ、ちょっと! 旦那、声が大きいよ!」
「お前もな」
「旦那のせいだよ、ったく。オラシオンってのは『鉄壁』とか『魔族狩り』って言われる男でさ」
「ほう」
「かなり強いらしいんだけど、性格最悪で変態だって噂。若い女奴隷ばっかり集めて、しかもすぐにダメにしちゃうんだ」
「ふーん、何をしてるんだ?」
「さあ⋯⋯さすがにそこまでは⋯⋯でも男が女にすることなんてひとつでしょ。父親を殺したなんて噂もあるし、あんなのが勇者候補だったなんて信じられないよ」
少年の言葉に、俺は思わず聞き返した。
「勇者だと?」
少年は『有名な話だけどね⋯⋯』と前置きしてから、続きを語った。
「今の勇者と、最後までどちらが『勇者認定』を受けるかで競ってたらしいよ。結局素行の悪さでオラシオンは落選したって⋯⋯有名な話だけど、本当に知らないの?」
「初耳だな、ちなみに勇者認定ってなんだ?」
「えー、それも知らないの? 教団から『勇者認定』を貰った人が、洗礼を受けて勇者になる、かなり有名な話だと思うんだけど⋯⋯」
そうなのか!
勇者ってのは生まれつきじゃないんだな、役職みたいなもんか?
気になる所だが、無知がバレるとちょっと恥ずかしいから話題を変えよう。
「んで、そのオラシオンってのはこの辺にいるのか?」
「うん、この市場の警備責任者だからね、一応。といっても警備はそっちのけで市場をうろついて奴隷漁りしてるらしいから、会わないように気を付けた方が良いよ。気に入らないとすぐに切り捨てるって噂で、ばあちゃんも絶対近付くなって口うるさく言ってるよ」
気に入らない奴はすぐに斬り捨て、か。
気が合いそうだな。
それはともかく、そのオラシオンって奴なら、勇者の居所を知っているんじゃないか?
「今日もこの辺にいるのか?」
「さあ⋯⋯どうだろう、いるんじゃないかな?」
これは好都合だな、勇者を探す手間が省けそうだ。
よし、善は急げだ。
そいつを締め上げて勇者の居所を聞いて、さっさとぶち殺して帰ろう。
「よし、店を出るぞ」
「ちょ、ちょっと旦那! 急だなぁ、もう」
会計を済ませ、店を出る。
その際、接客してくれた店員に騒ぎを起こした事を謝罪し、金貨を渡した。
今後は贔屓にしよう、また来ると伝えると涙を浮かべて感謝していた。
大袈裟な奴だなぁ。