第11話 支配
「さっきの奴は最近幅を利かせてる案内人グループでさ、ウチの店が市場の入り口って立地の良さだから目の敵にしてるんだ」
「ふーん、旨いなこれ」
「最近は、なんか衛兵もやたらと増えて商売しづらいし⋯⋯って旦那、聞いてる?」
「おお、聞いてるぞ」
やはり少年は優秀な案内人だった。
連れてこられたのは、この奴隷市場で金持ちを相手に甘味や飲み物を提供しているという店だった。
客層もどこかお上品だ。
ちなみに俺が相手を上品かどうか判断する基準は、魔将軍筆頭のグルゲニカに似ているかどうかだ。
つまり、何となく鼻につくかどうかという単純明快な基準だな。
この店の特製ケーキとやらはメチャクチャ旨い。
スポンジはフワフワ、クリームたっぷりだ。
日持ちするなら、魔王様に土産として持ち帰りたいくらいだ。
ウォーケンガイドに載せてやっても良いだろう。
少年は甘いものが好きではないのか、注文して食べてるのは俺だけ。
その事を指摘すると、少年は苦笑いを浮かべた。
「食べられないよ、こんな高級店で。そんなお金ないし、評判を聞いてるから連れてきたけど、自分で食べたことはないよ」
へえ、これ高いのか。
確か今、俺が食ってるケーキが銀貨二枚。
となると、さっき渡した金貨で余裕で釣りがくるはずだが。
その事を再度指摘したところ、少年は溜め息をついた。
「いやいや、収入があっても使い道は選ばないとね? こちとら庶民なんだから」
つまり、食べる気は無いらしい。
だが、山を下りて早数年。
残念ながら俺は既に、旨いものは皆で食うと更に旨いと知っているのだ。
よし、俺が奢ってやろう。
といっても、元々の資金は魔王様だから、魔王様の奢りかな?
まっ、いいか。
「おーい、店員ー!」
俺が呼ぶと、黒のスーツを着た、気取った感じの店員がやってきた。
「お待たせいたしました」
「ああ。コイツの分も、ケーキを持ってきてくれ」
「ちょ、ちょっと旦那⋯⋯」
「⋯⋯こちらの?」
店員はしばし値踏みするように少年を見たあと、首を振った。
「お客様。大変申し訳ございませんが、当店では奴隷には商品の提供をお断りしております」
え? 少年は奴隷なのか?
ふと見ると、少年の表情が先ほどまでと違い、少し暗い。
どうやら男の言葉は真実のようだ。
ま、俺には関係無いけどな、一応理由を聞こうか。
「なぜだ?」
「当店の規則でございますので」
店員はそれだけを、したり顔で述べた。
周囲の何人かはクスクスと笑い、同調するように頷いていた。
ふーん、そんな馬鹿馬鹿しい規則があるのか。
だが、これでも俺は魔王軍幹部である魔将軍、規則の大事さは理解している。
⋯⋯守らないと、躾と称してえらい目に合ってきたからな。
「なるほどな、規則は守らないとな」
「ご理解いただき、感謝申し上げます」
店員が恭しく頭を下げた。
何を勘違いしているか知らないが⋯⋯勘違いは、早めに正しておこう。
「ちなみに、規則ってのはどうやって作られるか知っているか?」
「は⋯⋯? お客様、何を⋯⋯」
凄みを利かせ、あえて低く発したした俺の言葉に、済まし顔をしていた店員の表情に狼狽が浮かぶ。
それを見ながら俺は指を二本立て、説明を続けた。
「主に二つだ。同等、ないしは近しい力を持つ者たちが、お互いの調和を守るため、これが一つ」
指を一本折り、残った指を店員の眼前に突き出し、揺らしながら聞く。
「もう一つは⋯⋯わかるか?」
「あの、いえ」
「例えば、だ。仮にこの国の王が、お前に『この奴隷にケーキを与えろ』と命じた場合、お前は『いえ、規則ですので』と断るか?」
「あの⋯⋯」
そうします、と言われたら面倒なので、返事を待たず、機先を制すように俺は言葉を続けた。
「もし、例え王相手でもそうします、ってんならそう言ってみせろ。王とは言わずとも、お前は有力な貴族にも、規則を押し付けることができる程の力を持っているか、立場だってことだ。随分偉いんだな?」
流石にそんな評判は困るのだろう。
店員の顔は、みるみる青ざめた。
「あの、その、それは⋯⋯」
「それがもう一つ。『強者が、弱者に、一方的に押し付ける事ができる規則』ってことだ。つまり──『支配』だ。相手を支配しさえすれば、どんな規則を押しつけようと思いのままだ。──俺の言葉、ここまでは理解したか?」
「は、はい」
「で、どっちなんだ?」
「あ、あの、どっち、とは」
俺は立ち上がり、未だ要領を得ない様子でオロオロした店員の肩に手を置いた。
「お前は俺を支配しているのか? それとも、これから支配する自信があるのか? 規則を押し付けられるほどに、だ」
ほんの、ほんの少しだけ、肩に置いた手に力を込める。
だが、店員はそれだけで顔を歪め、脂汗を浮かべた。
そのまま、手の力を少しずつ強めながら、俺は男の耳元に顔を寄せて囁いた。
「このまま、肩を握り潰されたくなければ言うんだ」
「⋯⋯な、何と申し上げれば?」
「『今すぐお連れ様のケーキをご用意致します』と。それで俺と、連れに恥をかかせたことは不問にしてやろう」
ここで、もう少しだけ手に力を込める。
骨が軋む感覚が手に伝わってくるのとほぼ同時に、店員は叫ぶように宣言した。
「も、申し訳ございません! い、今すぐ、今すぐお連れ様の分をお持ち致します!」
うん、それでいいのだ。