ルーク・シェラード-2
「……なんでボクだけ兄さまたちと一緒に剣の稽古出来ないんだろう」
ボクは誰もいない静まり返った部屋で、一人天井を見つめながらボソッと呟いた。
――ボクは生まれつき体が弱い。
同年代の子供と比べて身体はひと回り以上小さかったし、少し運動しただけで直ぐに熱を出して寝込んでしまうことが日常茶飯事だった。
心配した父様と母様は幾度となくかかりつけのお医者様を呼んで診てもらったけれど、原因は分からずじまい。
それでもまぁ虚弱体質の子供が珍しいという事でもなく、ある程度成長して体力が付けば大丈夫だろうとお医者様に言われていた。
確かに年齢を重ねるにつれ、以前よりも熱を出すことも少なくなり、日常生活を送るだけならそれほど問題はなかった。
けれど、剣を振るったり走り回ったり、少しでも激しい運動をすると決まって次の日には高熱を出して寝込んでしまっていた。
そんなひ弱なボクを見て何時しか父様は剣の稽古に参加しろとは一切言わなくなっていた。
兄様たちが来る日も来る日も修練に励んでいる中、ただ屋敷で過ごしているボクにはとにかく時間だけはいっぱいあった。
だから、という訳ではないのだけれど一日中、この部屋で一人過ごしているボクはその殆どの時間を読書に費やしていた。
読書と言っても子供が読むような絵本や童話の類じゃない。
残念な事にシェラード家には一切そのような子供向けの本は置いてなく、代わりにと言っては何だけど、本棚には古今東西薬学に関する本が右から左までずらっと大量に並んでいた。
何故下級貴族の家にそんな専門書ばかり、しかも薬学の本ばかり置いてあるのか。
その理由は簡単。
ボクの母様がかつて宮廷につかえていた薬師だったからだ。
父様との結婚を機に一線を退いたが、今でも王国や医師からの依頼を受けて新しい薬の研究開発や調合の仕事をしている。
裏庭の片隅には小さな畑があり幾種類もの薬草を育てていて、ボクの体調が良い時には母様と一緒に畑の手伝いをすることもある。
外の世界に殆ど出ることの出来ないボクにとって本は唯一知識を得ることのできる大切な宝箱。
薬学、農学、地質学にそれから気候学。
薬に関係する書物は大概ここに揃っている。
始めは一文すら理解できなかった内容も幾度となく読み返しているうちに今ではその全てを暗記してしまった。
そんな読書漬けのボクには実はもう一つ趣味がある。
それは部屋の至る所に飾ってあるこの人形たち。
部屋で一人寝てばかりいるボクを不憫に思ったのか、母様とシアナ姉さまがいくつか人形を買ってきてくれたのだ。
幼かったボクは人形をいたく気に入ったようでそれからは毎年誕生日には人形を買ってきてくれる。
とある年の誕生日、いつもは街で売られている市販の人形やぬいぐるみをプレゼントしてくれていたのだが、何故かその年は違っていた。
「――ルーク、はい、これ。誕生日プレゼントよ」
そう言ってシアナ姉さまから手渡されたのは人形やぬいぐるみが入っているにしてはかなり重めの箱だった。
「ありがとう、シアナ姉さま。ねぇ、シアナ姉さま、開けてみてもいい?」
「いいわよ」
ワクワクしながら綺麗に包装された大きめの箱を丁寧に開けると、これまで見たことのない物が中に入っていた。
「シアナ姉さま。これは?」
ボクがキョトンとした顔で箱の中身を覗いていると、シアナ姉さまはニコニコしながらプレゼントを取り出しベッドの上に広げて見せた。
「これはね、今街で流行っている人形の手作りキットなの」
「人形の手作りキット?」
「そう、手作りの人形よ。しかも普通の人形じゃないわ。魔法で自由に人形を動かすことが出来るらしいの」
「魔法で人形を!?」
「そうよ。すごいでしょ」
「うん! ありがとう、シアナ姉さま!」
「喜んでくれて私も嬉しいわ。ねぇ、ルーク。今度時間があるときに私と一緒に作って動かしてみましょうよ」
「本当!? 約束だよ、シアナ姉さま!」
――枕元に置いてあるこの子グマのオソはその時シアナ姉さまと一緒に作った魔法人形だ。
魔法で動かすことが出来ると言っても、複雑な動作は出来ない。
もともと子供向けに作られたものだし、精々歩かせたり手を振ったりといったことくらいしか出来ない。
思い通りに動かすにはより高度な術式と魔法の知識が必要になってくるとシアナ姉さまが教えてくれた。
「――興味があるなら、操作系の魔法の勉強してみる? 私も専門外だからそこまで詳しくないのだけど」
「いいの? ボク勉強してみたい!」
「そう、わかったわ。じゃ、今度学院で幾つか資料見繕ってくるから、一緒に勉強しましょう」
「ありがとう、シアン姉さま!」
それからシアナ姉さまは時間を見つけては、ボクの部屋で魔法を教えに来てくれた。
どうやらこの人形に使われている魔法はあらかじめ特定の動作を術式でプログラミングしておき、操作の魔法に反応して動くように作られている。
だから決められた単調な動作以外はする事が出来ないし、複雑な動きをさせようとするとそれだけ高度な術式が要求された。
結局姉さまの学校で扱っている教本では基本的な術式しか記しておらず、独学でそれ以上勉強する事は出来なかったが、それでもボクは姉さまのおかげで自力で魔法人形を作ることが出来るようになっていた。
それからは読書と並行して人形を作り続ける日々が続いた。
もともと手先が器用だったこともあるが作った人形はいつしかどれもお店に並べて売っても遜色がないほどの出来栄えになっていた。
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