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公爵家を勘当された僕は薬屋ソルシエールで働きます  作者: 雪下月華


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商売



 僕たちは荷台を引き、活気に満ちたグランベルの広場へとやって来た。


 石畳の広場には色とりどりの屋根の露店が並び、商人たちの威勢のいい声と道行く人々の話し声が混ざり合ってお祭りのような熱気に包まれている。


 僕は、同じように露店を出して果物を売っている年配の男性に声をかけてみることにした。


 「すみません、ちょっとお聞きしたいのですが。ここで商売をするには、何か特別な許可が必要でしょうか?」


 男性は僕の肩に乗ったエルムや、後ろに控えるゴレムたちを珍しそうに眺めたあと気さくに笑って答えてくれた。


 「ああ、ここは自由広場だからな。他人の商売の邪魔をしない場所なら特に許可はいらないよ。空いている場所を見つけて勝手に広げな」


 「ありがとうございます!」


 僕は礼を言うと、少し開けた場所を選んで荷台を止めた。


 僕が指示を出すと、ゴレムたちは重い木箱を丁寧に配置して臨時の店構えを整えていく。


 仕上げに清潔な布をカウンター代わりの箱に広げ、丹念に磨き上げたガラス瓶を並べれば露店の完成だ。


 人が多い場所ならきっとポーションも売れる。


 ……しかし、そんな期待とは裏腹に待っていたのは厳しい現実だった。


 午前中の人通りは決して少なくなかったが、僕のポーションに興味を示す人は皆無だった。


 たまに足を止める人がいても、視線が向くのは珍しい動く木製人形のエルムや、せっせと働くゴレムたちの姿ばかり。


 「変わった見世物だね」と言いたげな顔で通り過ぎていくばかりで、肝心のポーションを手に取ってくれる人は一人も現れなかった。


 お昼時になり、僕はすっかり空腹と精神的な疲労を感じていた。


 「みんな、一度片付けよう。お昼を食べてからまた考えようか」


 僕はゴレムたちと協力して、一旦商品を荷台に片付けると以前も訪れたことがある宿屋兼酒場《黄金の麦穂亭》の暖簾をくぐることにした。


 「いらっしゃい……なんだ、ルークじゃないか。今日はまた、ずいぶんとしょぼくれた顔をしてるねぇ」


 お昼ご飯を運んできたおかみさんが、僕の顔を見て声を掛けてくれた。


 僕はカウンターでため息をつきながら、今朝からの事情を打ち明けた。


 「実は、あそこの広場でポーションを売っているんですが……一つも売れなくて。丹精込めて作ったので、品質には自信があるんですけど」


 「ここらへんは平和そのものだからねぇ。商業都市バザルタとか、小競り合いの絶えない東の方へ持っていけば飛ぶように売れるんだろうけどさ。あいにくこの街には冒険者ギルドもないし、切実な需要が足りないんだよ」


 おかみさんは少し考え込むような仕草をした後、にやりと笑って提案してくれた。


 「なら、ここに少し置いてみるってのはどうだい?」


 「えっ、ここにですか?」


  「ああ。冒険者がたまに泊まることもあるからね、ここならあんたのポーションに興味を持つ奴がいるかもしれない。もちろん場所代はもらうよ。一つ売れるごとに、売り上げの一割。けど、売れなきゃ一銭もいらないよ。どうだい?」


 「本当ですか!? ぜひ、お願いします!」


 このまま広場で立ち尽していても状況が変わるとは思えない。


 僕はお馴染みのおかみさんのご厚意に甘え、荷台から取り出したポーションを10個を酒場の棚の隅に置かせてもらうことにした。


 その後、再び広場に戻って店を広げ、夕方まで粘ってみたけれど……結局、広場の方では一つも売れずじまいだった。


 「一週間後、お店に顔を出しますね」


 おかみさんとそう約束を交わすと僕はしょんぼりと肩を落とし《黄金の麦穂亭》を後にした。


 夕闇が迫る帰り道、荷台を引くゴレムたちの足音だけが虚しく響く。 朝、あれほど意気揚々と店を出発した自分が、今はひどく場違いで、世間知らずだったように思えてくる。


 「……はぁ。商売って、こんなに難しいものなんだね」


 どれだけ良いものを作ったという自負があっても、それを必要とする人に届かなければ、ただの「水の入った瓶」でしかない。


 街ゆく人々の無関心な視線や、ポーションを素通りしていく足音が、今も耳の奥にこびりついている。


 ミスティラさんの知恵を借り、ゴレムたちと必死に整えた畑の恵みを注ぎ込んだ自信作が誰の手にも触れられずにただ夕日に照らされていた光景が胸を締め付ける。


 自分の技術が否定されたわけではない。


 けれど、世の中に受け入れられるための高い壁を、僕は今日、嫌というほど突きつけられた。


 店に着いたときには、すっかり夜の静寂が支配していた。


 棚に並ぶ残りのポーションを見つめながら僕は冷たくなった自分の手を見つめ、商売というものの厳しさを深く静かに噛み締めていた。



 あれから一週間。


 僕は、在庫としてあった分の瓶を使ってポーションを新しく作り、お店の棚に並べて販売を続けていた。


 しかし、結局ポーションは一個も売れることはなかった。


 毎日、埃を払っては並べ直す青い瓶の山を前に、僕はすっかり途方に暮れていた。


(やっぱり、僕のやり方が間違っていたのかな……。それとも、おかみさんが言った通り、この場所では必要とされていないんだろうか)


 そんな暗い気持ちのまま、約束の日がやってきた。


 正直、もう半ば諦めていたけれど、約束を破るわけにはいかない。


 僕は重い足取りで、森を抜けて街へと向かった。


 どうせ売れていないだろうという思いから、新しい在庫は持たず手ぶらのまま《黄金の麦穂亭》の扉を押し開けた。


 「……こんにちは。おかみさん」


 沈んだ声で挨拶をし、カウンターの隅で深いため息をつく。


 すると、厨房の方から僕に気づいたおかみさんが何故か弾んだ声を上げた。


 「おや、やっと来たのかい、ルーク!」


 顔を上げた僕に、おかみさんはニコニコと笑いながらカウンターを叩いて告げた。


 「あんたのポーション、全部売れたよ!」


 「えっ……?  僕のポーションが?」


 驚く僕に、おかみさんは事の顛末を話してくれた。


 なんでも数日前、この宿に冒険者の一行が泊まりに来たのだという。


 彼らは棚に置かれた僕のポーションを手に取ると、そこに貼られた「ソルシエール」の紋章を珍しそうに眺め、「見たことのないマークだが、どこの薬師の品だ?」と半信半疑ながらも、試しに一個だけ買っていったそうだ。


 ところが、その日の夜に彼らは残りのポーションをすべて買い占めていったというのだ。


 それから数日後、再び彼らは「あのポーションはもうないのか」とおかみさんに何度も尋ねてきたらしい。


 「今はもうないよって伝えたら、どこに行けば手に入るのかってしつこくてね。だから薬屋『ソルシエール』のことを教えてやったよ」


 「そんな……あんなに売れなかったのに」


 「それで、今日は新しいのを持ってきてるんだろうね?」


 おかみさんにそう聞かれ、僕は言葉に詰まった。売れないと思い込んで手ぶらで来たことを、激しく後悔した。


 「すみません……今日は何も持たずに来ちゃいました……」


 「なんだい、商売人が弱気になってどうするんだ。その冒険者たちなら、今もあんたのポーションを欲しがってるよ」


 僕は慌ててその冒険者たちの居場所を尋ねたが、あいにく今はまた出かけているという。


 おかみさんは「約束通り、場所代の一割を引いておくよ」と言って、残りの売上金をカウンターに置いた。ずっしりと重みのある硬貨の感触に、僕は言葉にできない喜びを感じていた。


 「ありがとうございます! 次は必ず持ってきます!」


 僕は受け取ったお金を握りしめ、ポーションが認められた喜びを噛み締めながら、急いで店へと戻ることにした。









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