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公爵家を勘当された僕は薬屋ソルシエールで働きます  作者: 雪下月華


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初めてのポーションづくり



 僕が薬屋「ソルシエール」にやってきてから、早くも一ヶ月が経とうとしていた。


  最初は荒れ果て、埃を被っていたこの場所も、今では見違えるような活気に満ちている。


 ゴレムたちと協力して泥まみれになりながら作り上げた水路は完成し、山の冷たく澄んだ湧き水が今では裏庭の溜め池へ絶え間なくさらさらと流れ込んでいる。


 その豊かな水に育まれ、畑に蒔いた種は一斉に力強い芽を吹き、ようやくいくつかの薬草が収穫できるまでになった。


 ここまでの生活は、いわば「基盤作り」の毎日だった。


 けれど、この地での暮らしに馴染みこの店への愛着が深まるにつれ、僕の胸には新しい目的が芽生え始めていた。


 (このお店を、もっとたくさんの人に利用してもらえるような、立派な場所にしていきたいな……)


 今までは、訪ねてきてくれる数少ない常連さんに薬を売るのが精一杯だった。


 でも、これからは違う。


 この店を、もっと広く人々に頼られる場所にしたい。


 そのためには、まず薬屋としての顔となる誰もが手に取りやすい看板商品が必要だ。


 旅人にとっても冒険者にとっても傷を癒やす薬は命綱だ。


 どんなに優れた秘薬があっても、最も必要とされる基本が疎かでは薬屋として信頼は得られないだろう。

 僕は、これからさらに広げていくつもりの畑で風に揺れる、瑞々しい薬草たちを見つめながら一つの決意を固めた。


 「よし……まずは基本の『回復薬ポーション』から作ってみよう。一番必要とされるものだからこそ、この店を知ってもらうのには最適だよね」



 僕はさっそく、ミスティラさんが遺してくれた書物を机に広げる。


 そこにはポーションの製法が細かく記されていたが、読み進めるうちに僕はふと手を止めていた。


 (あれ……母さんの手伝いをしていた時のやり方と、少し違う……?)


 使っている薬草の種類や、熱を加えるタイミング、さらには抽出の工程までも僕が母さんから教わったものとは、いくつもの相違点があることに違和感を覚えた。


 けれど、よく読み込んでみれば基本的な部分はそれほど変わらない。


 何より母さんが師と仰いでいたのは他ならぬミスティラさんだ。


 間違ったポーションの作り方など書き残すはず無いし、この一冊に記された知識こそが母さんの技術の根幹なのだと考えれば、この差異にも何か深い意味があるのだろう。


 「よし、取り敢えずこのミスティラさんのやり方を信じてやってみよう」


 僕は深呼吸をして、書物の記述に忠実に作業を開始した。


 エルムたちが隣で、僕の動きを食い入るように見つめている。


 僕は成分が分離してしまわないよう液体の色の変化や対流の様子を細部まで鋭く注視しながら慎重に調合を続けてる。


 一秒たりとも目を離さずポーションと向き合うこと数時間。


 そこには濁りのない鮮やかな青色の液体が揺れていた。


 「……できた。成功だ。紛れもない正真正銘のポーションだ」


 完成したポーションからは、薬草の有効成分が完璧に抽出されたことを示す澄み切った輝きが感じられる。


 何とか初めてポーションづくりを成功させた僕は、すぐさま次のステップへ移ることにした。


 「エルム、いま僕がやって見せた工程を分担してやってみよう。君たちなら、僕より正確にこの質を保てるはずだ」


 僕一人で作るのでは数に限りがある。


 店を大きくしていくためには、安定した供給が欠かせない。


 僕はポーション造りの工程を細かく分け、エルムに一つずつ伝授していくことにした。


 まずは、薬草の「正確な計量」だ。


 エルムの小さな手に、天秤を預ける。


 次に、抽出に最適な「刻みの細かさ」、そして一番神経を使う「加熱の監視」



 「エルム、この液体の色がわずかに紫に寄り始めたら、すぐに火を引いて。数秒の差で質が変わるんだ」


 僕の言葉を理解したエルムは真剣な眼差しでフラスコを見つめ、完璧なタイミングで指示をこなしていく。


 ゴレムたちが裏庭の畑から新鮮な原料を運び込み、エルムが精密な機械のような正確さで下準備と加熱をこなす。


 僕はそれらを最終的に調合し、品質をチェックする役割に回った。


 こうして僕たちのチームによる「ソルシエール特製ポーション」の量産体制が一歩ずつ整い始めた。



 事前に街で購入し、ピカピカに磨き上げておいたガラス瓶へ、完成したポーションを一本ずつ丁寧に詰めていく。


 それらを店内の一番目立つ場所に並べた僕は期待に胸を膨らませてさっそく店を開けた。


 あとはお客さんが来店するのを待つばかりだ。


 ……けれど、一時間、二時間が経過しても、当然のことながらお客さんは一人も現れない。


 カウンターに肘をついて外を眺めていても、店は静まり返ったままだ。



(やっぱり、ただ並べて待っているだけじゃダメなのかな……)


 少し気落ちしていたその時、カラン、と久しぶりに店の呼び鈴が鳴った。


 入ってきたのはミスティラさんの代からの常連のおじいさんだ。


 僕はこの機を逃すまいと早速自信作のポーションをおじいさんい勧めてみた。


 「こんにちは! 実は新しくポーションを作ったんです。一本いかがですか?」


 だが、おじいさんは興味なさそうに手を振った。


 「ポーション?  いらん、いらん。それよりいつもの薬を頼むよ」


  「えっ、でも、備えにあれば便利ですよ?」


 「いやいや、わしらみたいな隠居の身にはそんなもん必要ないさ。怪我をするような無茶もしないからね」


 おじいさんは受け取ったいつもの常備薬を袋に仕舞うと、棚にずらりと並んだ青い瓶と所在なげに立つ僕の姿を交互に眺め、諭すように言葉を続けた。


 「そんなにそのポーションを売りたいんだったら、街へ行って売ったらどうだい? こんな人里離れた店にポーションを買いに来るような奴は滅多にいないが、街なら必要としている人が少しはいるんじゃないかな」


 「精進しなよ」と言い残して去っていくおじいさんの背中を見送りながら、僕は改めて静まり返った店内を見渡した。


 (確かにおじいさんの言う通りだ。ここで待っているだけじゃお客さんは来ない……)


 この店を愛着のある場所にするだけじゃなくて、もっと多くの人に役立ててもらうためには自分から動かなければいけないんだ。


 今、マケドニアではポーションが品薄だと聞く。


 困っている人がいるのなら、なおさらここでじっとしている理由はない。


 「みんな、おじいさんの言う通り街へ行こう。このポーションを必要としている人に直接届けるんだ」


 僕の呼びかけに、エルムは期待に満ちた表情で力強く頷き、ゴレムたちは静かに荷箱を掲げた。


  僕はエルムを肩に乗せ、色鮮やかなポーションを詰め込んだ荷物を背負ったゴレムたちと共に街を目指して力強く歩き出した。







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