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公爵家を勘当された僕は薬屋ソルシエールで働きます  作者: 雪下月華


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木製人形エルム



 店に戻る頃には、空の茜色が深まって紫色の帳が下りようとしていた。


 僕はゴレムたちから袋を受け取ると、一株ずつ、根を傷つけないよう慎重にふかふかの土へ埋めていく。


 その後、井戸から汲み上げた新鮮な水を苗の根元にたっぷりと注ぎ、瑞々しい緑が新しい土に馴染んで行くのを見て、僕はようやく一つ安心した。


 「みんな、後はよろしくね」


 ゴレムたちが力強く頷くのを見届けると、僕は残りの薬草を抱えて店内の乾燥室へと向かった。


 鎮痛草は、新鮮な状態でも効果はあるけれど、乾燥させることで成分が凝縮され、長期の保存も可能になる。


 乾燥室に入ると、そこにはすでに幾種類ものハーブが吊るされており、満ちていた空気がゆっくりと僕を包み込んだ。


  鎮痛草が放つ若草のような鮮烈な青さと、じわじわと乾燥が進むことで生まれる少しほろ苦く、鼻の奥をくすぐるようなスパイシーな芳香。それらが混ざり合い、静まり返った部屋に重厚な香りの層を作っている。



 「よし、これで乾燥は大丈夫」


井戸水で洗い一つ一つ丁寧に汚れを落とし、鎮痛草を風通しの良い網の上に並べた僕は、台所で簡単に夕飯を済ませることにした。


 温かいスープが体に染み渡り、一日の疲れが少しずつ解けていく。


 お腹が満たされて一息つくと、ずっと頭の隅で燻っていた好奇心がむくむくと膨れ上がってきた。


 僕は居ても立っても居られず作業小屋から適当な薪をいくつか店内に持ち込み、机の上に並べた。



 (「泥人形」であれだけ頼もしいゴレムが作れたんだ。「木製人形」なら一体どんな子が生まれるんだろう)


 外で力強く畑を耕すゴレムたちの姿を思い出し、僕は期待に胸を躍らせた。


 泥よりも形を保ちやすく、軽くて硬質な「木」という素材。

 

 これならもっと複雑な機構や、繊細な指先の動きも再現できるはずだ。


 想像するだけで指先がうずき、ワクワクとした高揚感が止まらない。



 僕は、これから本格的に始まる薬作りの助けとなるよう、手先の器用さを重視した小柄な人型を思い描いた。


 薬草の細かな選別や、将来的な調合の補助。


 これまでのゴレムよりも滑らかな関節の動きを持ち、かつ店内にいても圧迫感のない、どこか愛くるしい姿。


 僕は早速机に向かい、ゴレム達の時と同様に羊皮紙に人形の構造を書き込んでいく。


 各部位の寸法、関節の噛み合わせ、愛くるしい外見。


 すべてが脳内に焼き付いたところで、僕は机の上の薪に手をかざした。


 「――『木製人形』」


 僕のイメージに呼応するように、薪の一部がひとりでに削れ、見る見るうちに形を変えていった。


 スキルの力によって、まずは胴体、次に小さな頭部、そして細かな指先まで、僕の描いた設計図通りのパーツが次々と切り出されてく。


 僕はバラバラになった木のパーツを一つひとつ手に取り、自分の手で丁寧に組み合わせていく。


 カチリ、カチリと関節をはめ込み、設計図通りに形を整えていく作業は、まるで人形に魂を込めているような不思議な充足感があった。


 最後に組み上がった小さな体の背中へ、仕上げとして僕の名前を刻印する。


 その瞬間、乾燥していたはずの木肌に不思議な艶が宿った。


 小さな手足がぴくりと震え、つぶらな瞳を思わせる節穴に光が灯り、身長三十センチほどの木の人形が、ゆっくりと僕を見上げていた。


 「……可愛い。それに、動きがすごくスムーズだ」


 これまでのゴレムが「力強い守護者」だとしたら、この木製人形は「精密な職人」の卵といった雰囲気だ。


 「よし、それじゃこれをやってみてくれるかな」


 僕は木製人形を連れ作業台へ戻ると、以前からお店にストックしてあった薬草をいくつか取り出した。


 「これは薬の大事な材料なんだ。でも、葉っぱの隙間に細かなゴミが残っていると、不純物が混ざって薬の効き目が悪くなってしまうんだ。だから、この小さなハケを使って、優しく丁寧に汚れを落としてほしいんだ」


 薬屋にとって、原料に不純物を入れないことは何よりも重要なことだ。


 非常に地味で根気のいる作業だが、決して手を抜けない大切な工程。


 僕が手本を見せると木製人形はじっと僕の手元を見つめ、やがて自分の小さな手でハケを握るとおずおずと薬草に触れてみた。


 サッ、サッ……。


 その動きは、初めてとは思えないほど精密だった。


 泥から作ったゴレムたちは、その大きな体と力強さで力仕事を完璧にこなしてくれるけれど、こうして机の上でハケを操るような繊細な作業は、この子にしかできない特別な役割だ。


 指先の角度を細かく変えながら、葉の裏側にこびりついた微細なチリまで確実にかき出していく。


 「すごい……。僕がやるより丁寧かもしれない」


 ひたむきにハケを動かす小さな相棒の様子を見ているうちに、僕は彼等にふさわしい名前を贈ってあげたいという気持ちが自然と湧いてきた。


 外で働くのは「土」のゴレムたち。


 なら、この子には「木」の温もりと、薬屋としての知恵を象徴する名前をつけてあげたい。


 「木……樹木……。そうだ、エルムはどうかな」


 ニレのエルムは、古くからその樹皮が薬草として使われることもある、薬師に縁の深い木だ。


 それに、短くて呼びやすく、この子の小柄で愛くるしい姿にもどこか似合っている気がした。


 「よし、決めたよ。君たちの名前は『エルム』だ。どお? 気に入った? これからよろしくね、エルム」


 名前を呼ぶと、エルムはハケを動かす手を止め、くるりとこちらを振り返った。


 そして、自分の胸に小さな手を当てて名前を確かめるような仕草をした後、嬉しそうに何度も首を縦に振っていた。


 エルムという名を得たことで、ただの「動く木の人形」から、僕にとってかけがえのない「家族」になったような、そんな温かい気持ちが僕の胸にも広がった気がした。




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