鎮痛草
グレッタさんの後ろ姿を見送った後、僕はカウンターに置かれた「顧客台帳」をもう一度見つめた。
「……そっか。これで予備は全部渡しちゃったんだ」
さっきまで小瓶が並んでいた棚の引き出しは、今はもう、空っぽ。
今回はミスティラさんが準備してくれていた薬があったから何とかなったけど、一ヶ月後にグレッタさんがまた頼ってきてくれた時、空っぽの引き出しを前に申し訳ない顔をするなんて絶対に嫌だ。
「今は僕がこのお店の主人なんだ。……よし、次の月までに僕が新しく薬を作ろう。グレッタさんが夜、ぐっすり眠れるようにね」
僕は自分に言い聞かせるように決意を込めると台帳に記された薬草の名前を別の紙に書き写した。
薬の調合方法は詳しく記されている。
これなら今の僕にだって作れるはずだ。
必要なのは数種類の乾燥薬草といくつかの新鮮な素材だ。
だが、台帳と棚の在庫を突き合わせ、僕はすぐに問題にぶち当たった。
「……やっぱり、この鎮痛草が足りないな」
この薬の肝となる鎮痛草が店にはもう一株も残っていないのだ。
今から種を蒔いて育てたのでは、グレッタさんが次に来る時までに間に合わない。
だが、幸いなことにこの鎮痛草は以前からよく知っている種類のものだ。
僕はまだこの土地に来たばかりで、どこにどんな薬草が生えているか詳しい場所までは分からないが、自生しやすい環境を考えれば近くの森を探せば見つけるのはそれほど難しくないと思う。
窓の外を見ると、太陽はすでに山の端に掛かり始めている。
ここから森へ入り、薬草を探して戻ってくる頃にはすっかり日も暮れているだろう。
ゴレム達が一緒とは言え慣れない夜の森は危険だ。
僕は鎮痛草の採取を明日にし、カウンターで一人「顧客台帳」をめくり始めた。
グレッタさん以外にも、定期的に薬を買いに来る常連客は意外と多い。
空いた時間を有効活用しミスティラさんの書き残した記録と棚の予備を一つずつ照らし合わせていく。
「ええと、腰痛持ちのハンスさんの湿布薬は……あと二つ。それから、リサさんの喉の薬はまだ余裕があるかな」
台帳を調べていくうちに、鎮痛草以外にも在庫が心もとないものがいくつか見つかった。
それらをすべてメモにまとめ、必要な薬草に優先順位をつけていく。
夕飯の忘れ事務作業に没頭していると気が付けば窓の外はすっかり暗くなっており、僕は明日の採集に備えて眠りにつくことにした。
翌朝、目が覚めると窓の外は突き抜けるような晴天が広がっていた。
絶好の採集日和だ。
すぐにでも鎮痛草の採取に出かけたいところだったが、まずは今すべき準備を整理することにした。
鎮痛草は生命力が強い薬草とはいえ、持ち帰った後に植え替える環境が整っていなければ、せっかくの鎮痛草もすぐに萎れてしまうだろう。
けれど、今いるゴレムたちを採集の連れて行けば、その間、畑の開墾作業は止まってしまう。
畑の土造りも水路の引き込みも一刻も早く完成させたいのが本音だ。
作業を停滞させずに、かつ薬草採集に向かうため、僕は更に戦力を増強して役割を分担させることにした。
新しくゴレムを造り出すため、ふと「鑑定の書」を開いてみると、そこには驚くべき変化が記されていた。
これまでは「泥人形(Lv.1)」とだけ表示されていた僕のスキル欄が、今は淡く光り、新しい情報が浮かび上がっている。
「あれ……『泥人形』のスキルレベルが2に上がってる。それに……その下に、新しいスキル『木製人形』が増えてる!」
どうやらこれまでドールマスターとして経験を積んだことでスキルが成長したらしい。
泥人形のレベルが上がったことで、これまでは一箇所ずつ土をこねて形を整えていたのが、材料さえあれば複数の個体を同時に、しかもイメージするだけで一瞬で具現化できるようになっていた。
そして、新スキル『木製人形』。
「木を素材にするのか……。ゴレムたちより骨組みがしっかりしていて頑丈そうだし、関節の動きもより滑らかで手先の器用な子が作れるのかもしれない」
新しいスキルがどんなものか無性に気にはなったが、今はまずグレッタさんのための薬草が先決だ。
はやる気持ちを抑え、僕はまず慣れ親しんだ泥人形のスキルを使い作業分担のための仲間を増やすことにした。
目の前の土の山を見つめ、新しく作るゴレムの姿を頭の中でイメージする。
質感、大きさ、重さ、そして複数の個体。
強く意識を集中させた次の瞬間、土の山がまるで生き物のようにうねり始めた。
僕が手を触れるまでもなく、土は形を成し、瞬く間に完成されたゴレムとなって地面に降り立つ。
以前のようにパーツごとに作って繋ぎ合わせる手間もなく、それは完璧な姿での具現化されていた。
「これならもっと増やせるかな……?」
レベルアップしたスキルに驚きつつも、さらにイメージを広げ創造を続けようとしたが、ゴレムを数体を生み出したところでなぜか急に力の流れが押し戻されるような感覚に襲われた。
どうやら今のスキルレベルでは同時に存在させられるゴレムの数に上限があるようで、それ以上はいくらイメージしてもゴレムを生み出すことはできなかった。
「これが今の僕の限界。……でも、これだけいれば十分だよね」
新しく生まれた三頭身のゴレムたちは、意志を持つかのようにゆっくりと首を傾げてこちらを見上げている。
これで、森への採集チームと、居残りの開墾チームの両方を十分に編成できる。
僕は出発の準備を整えるとゴレムたちに声をかけた。
「みんな、今日は二手に分かれて作業をしよう。居残り組は、僕がいない間に新しい畑を耕して、溜め池から水を引くための水路を完成させておいて。採集組のみんなは僕と一緒に森へ行くよ」
ゴレムたちは力強い足音を響かせながら頷き、居残り組はさっそく地面を耕し始める。
僕は採集組のゴレムに採取した鎮痛草を入れるための大きな袋や、掘り起こしに使うスコップなどの荷物を預ける。
小さな体だが力持ちのゴレムたちは、重い道具もひょいと持ち上げて僕の後ろをついてくる。
森に入り、僕は『鎮痛草』が好みそうな場所を頭の中で整理する。
鎮痛草は、ほどよく湿り気がありつつも、直射日光を避けた「木漏れ日が差す斜面」によく群生する。
特に古い切り株の周辺や、水はけの良い緩やかな傾斜地などが絶好のポイントだ。
注意深く周囲を探しながら歩を進めていると、少し開けた斜面にギザギザとした葉に淡い紫色の花を咲かせた植物があのを発見した。
「あった! 鎮痛草で間違いない。――よし、これを多めに採取して一部は畑に植えて育てよう。みんな、荷物からスコップを出して根を傷つけないように慎重に掘り起こすんだ」
僕は手本を見せるように一株、周囲の土ごと丁寧にスコップで掘り起こす。
ゴレムたちは僕の指示通りに次々と薬草を収穫し預けていた袋の中へと土ごと丁寧に詰めていく。
移植用の元気な株もかなりの量集めることができ、袋は瑞々しい緑色でいっぱいになっていた。
「これだけあれば十分だね。みんな、ありがとう。暗くなる前にお店に戻ろうか」
僕が声をかけるとゴレムたちは自ら役割を分担し、スコップや薬草の入った袋をひょいと軽そうに担ぎ上げる。
僕たちが森を出る頃には、空はいつの間にか茜色に染まり木々の長い影が足元まで伸びていた。
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