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公爵家を勘当された僕は薬屋ソルシエールで働きます  作者: 雪下月華


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始めの一歩




 あとに残されたのは大樹に飲み込まれそうなほど巨大で静かな店と、荷物を運び終えて手持ち無沙汰にしているゴレムたち。


 そして、途方に暮れて呆然と立ち尽くす僕だけだった。


 けれど、いつまでもそうしているわけにもいかない。


「……はぁ。とにかく、まずは寝床を確保しないと」


 僕は重い腰を上げると、これから暮らすことになるであろう建物の中を見て回ることにした。



 大樹の幹に沿って作られた階段を上がり二階へと向かう。


 そこにはいくつか扉が並んでいて、鍵のかかったミスティラさんの私室以外に調合室や乾燥室なども備わっており、その突き当たりに簡素ながらも手入れの行き届いた空き部屋があった。


 「ここなら……使ってもいいかな」


 僕は階下で待機していたゴレムたちに合図を送り、重い荷物を次々と運び入れてもらう。


 それから、暗くなるまで僕はひたすら荷解きに没頭した。


 衣類を棚にしまい、母様から持たされた最低限の道具を並べていく。


 手を動かしている間だけは、この理不尽な状況を忘れられるような気がした。


 ふと窓の外を見ると、いつの間にか日は完全に落ち、裏山の深い森が夜の帳に包まれていた。



 「……今日は、もう終わりかな」


 幸いなことに、ミスティラさんがいなくなった後、新しいお客さんが現れることはなかった。


 もし今「薬をくれ」なんて言われても、棚のどこに何があるかさえ分からない僕には、何もできなかっただろう。


 僕は疲れ果ててベッドに倒れ込むと、静寂に包まれた店内でようやく長い一日を終えたのだった。



 翌朝、差し込む陽光に目を覚ました僕は、一瞬ここがどこなのか分からず天井を見上げた。


 (……そうだ、ミスティラさんの店だ。昨日の出来事は、全部悪い夢だったんじゃ……)


 淡い期待を抱いて階下へ下りてみたが、広々とした店内にミスティラさんの姿はなく、あるのは静まり返った大樹の空ろと僕の指示を待って整列しているゴレムたちの無機質な姿だけだった。


 一日が過ぎ、二日が過ぎた。


 僕は毎日、淡い期待を抱いては扉が開く音に耳を澄ませたけれど、戻ってくるのは風の音や森の動物たちの気配だけ。


 彼女が去り際に言った「100年」という言葉が冗談でも何でもなく、重い現実として徐々に僕の胸にのしかかってきた。


(本当に……帰ってこないんだな……)


 三日目の朝、僕は鏡に映る自分の顔を真っ直ぐに見つめた。


 嘆いていても、日は登り、お腹は空く。


 何もしなければ、この店も大樹に飲み込まれて朽ち果ててしまうだろう。


 母様が僕をここへ送った本当の意図はまだ分からないけれど、少なくとも僕は今ここで生きている。


 「……よし。やるしかないんだ」


 僕はパンパンと両手で頬を叩くと気合を入れ直す。


 いつ戻るか分からない主を待つだけの居候じゃない。

 僕は今日から、この『ソルシエール』の主として生きていくんだ。



 「皆、手伝って。まずはどこに何があるのかキチンと把握しないと。この店を、僕が守るんだ」


 ゴレムたちが僕の言葉に反応し、力強く腕を動かす。

 主のいなくなった魔女の薬屋。

 その看板を、僕が僕なりのやり方で掲げ続けるんだと、そう心に深く誓った。


 建物の周りの庭が、まるで見捨てられた森のように荒れ放題だったのとは対照的に棚に並んだ書物や巻物の類はどれも埃一つなく綺麗に整理整頓されていた。


 僕は震える手でその中の一冊を手に取ってみる。


「これは……基本的な薬草の煎じ方だ。でも、こっちは……」


 ページをめくる手が止まる。


 そこには何が書いてあるのかさえ今の僕には理解できないような幾何学模様の魔方陣や、見たこともない古代文字がびっしりと書き込まれた調合式が無数に存在していた。


 彼女が積み上げてきた知識の膨大さに眩暈がしそうになる。


 「……今の僕に、これはまだ早いかな。まずは、できることから始めよう」


 僕は今の自分に必要そうな基礎的な調合書や薬草図鑑だけを数冊かき集めて、机の上に積み上げる。


 次に取り掛かったのは店の「在庫」の把握だ。


 どんなに立派な知識があっても材料がなければ薬は作れない。


 僕はゴレムたちを引き連れて、店内の地下貯蔵庫や奥にある倉庫へと足を踏み入れた。


 「ストックされている薬品は……あ、ここかな。こっちは乾燥させた薬草だ」


 棚の奥深くに眠る色とりどりの小瓶、天井から吊るされた香りの強いハーブの束、そして厳重に封印された謎の壺。


 それらがどこに、どれくらいの量があるのかを一つずつメモに書き出していく作業を始めた。


 「この量は……すごいな。でも、いくつかはもう底を突きかけている。どうにかして補充しないと」


 薄暗い倉庫の中で、魔法のランプの灯りを頼りに在庫を確認していく。


 それは果てしない作業に思えたけれど不思議と不安はなかった。

 一つ一つの瓶を確認するたびに、この店がそしてこの大樹が僕に「主」としての役割を少しずつ求めているような、そんな気がした。



 数日かけてようやく店内の在庫をまとめ終えた僕は一先ず街の中心まで足を延ばしてみることにした。


 魔女の薬屋『ソルシエール』にある素材はどれも一級品ばかりだが、その分、少しでも欠ければ代えが効かないものばかり。


 まずは街の商店で一般的な薬草だけでも手に入らないか探して回ることにした。


 だが、現実はそう甘くはなかった。


 ここグランベルには大きな商店街や大規模なギルドがあるわけではなく、通りに面した幾つかのお店を覗いてみても、僕が求めているような品質の薬草は見当たらない。


 「すみません、この『銀露草』か、それに近いものは置いてありませんか?」


 「あん? そんな上等な薬草、うちみたいな小さな店に置いてるわけないだろ。あんた、よそから来たのかい?」


 どこの店でも返ってくるのは似たような答え。


 それに加えて、戦争のせいで物流が滞り、ただでさえ乏しい入荷はさらに少なくなっているようだった。

 

 どこの店主も「今は自分のところの在庫を守るだけで精一杯だ」と、苦い顔で首を振るばかり。


 このグランベルという街には大きな店が無く、僕の期待していたような品揃えは到底望めそうになかった。


 結局、僕の手には何一つ収穫がないまま、重い足取りで『ソルシエール』へと戻った。


 「……街でも手に入らない、戦争で入荷も望めない。このままじゃ、お店が開けないよ」


 僕は店の中央に座り込み、天井まで届く巨大な棚を見上げた。

 空き瓶が目立つ棚、そしてミスティラさんが言い残した「広大な裏山」という言葉。


 「……そうだ。手に入らないなら、自分で作るしかないんだ」


 僕は立ち上がり、裏山へと続く扉を勢いよく開ける。

 そこに広がるのは、手入れこそされていないけれど生命力に満ち溢れた広大な土地。


 「この広大な土地を使って、必要な薬草を自分の手で栽培しよう」


 街の市場を当てにするのではなく、この場所を世界一の薬草園に作り変える。

 

 彼女が「好きに使っていい」と言ったのは、こういうことだったのかもしれない。



 「皆、出番だよ!  お店の片付けは一旦お終い。今から畑作りをするよ!」


 僕の呼びかけに応えるように、ゴレムたちがガシャンと音を立てて動き出す。


 魔女から預かった大樹の店とその裏山。


 こうして僕とゴレムたちの新しい挑戦がここから始まった。




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