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公爵家を勘当された僕は薬屋ソルシエールで働きます  作者: 雪下月華


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商業都市バザルタ



「わあ……広い……」


 馬車を降りた瞬間、僕はその規模に圧倒された。


 ロドスや先ほどの宿場町とは、比べものにならないくらい大きな街だ。


 石畳の道は広く、見上げるような高さの建物が隙間なく並んでいる。


 戦争の影響で物価が上がっているのはここも同じはずなのに、街を行き交う人々の数と活気がそれを上回っているように見えた。


 「あれは……魔術師ギルド? それに、冒険者ギルドまであるんだ」


 看板には、僕が今まで見たこともないような紋章が掲げられている。


 武器屋や道具屋はもちろんのこと、専門的な素材を扱う店や、遠方の情報を売り買いする情報屋、さらには珍しい薬草を扱う薬師ギルドまである。


 これから向かうグランベルは、西の果てにある小さな辺境の街だと聞いている。


 きっと、そこにはないものがここにはすべて揃っているんだろう。


 石畳の上を歩くたびに靴の裏から伝わる振動さえロドスの町とは違って感じられた。


 ここが、マケドニア西部の交通の要衝であり、商人の都とも呼ばれる巨大都市「バザルタ」


 「すごいな……みんな、はぐれないでね」


 僕は荷物を運ぶゴレムたちに声をかけながら、キョロキョロと辺りを見回す。


 まずは浮き足立つ気持ちを抑えて、次の馬車を決めなければならない。


 僕は馬車を降りる際に聞いておいた「大時計塔の裏手にある中央乗り場」を目指して、人混みをかき分けながら進む。


 その道すがら目にする景色は、どれも僕を圧倒するものばかりだった。


 立ち並ぶ商店のショーウインドウには、太陽の光を反射してキラキラと輝く見たこともないような細工物の指輪や、色とりどりの液体が詰まった薬瓶が並んでいる。


 パン屋からは、ロドスで嗅いだものよりもずっと複雑で香ばしい、バターと砂糖の混じった甘い匂いが漂ってきた。


 ふと足を止めると、広場の一角で大道芸人が指先から小さな火花を散らして子供たちを笑わせていた。


 その隣では、全身を金属の鎧で固めた冒険者たちが、大きな魔物の牙らしき戦利品を台車に乗せてギルドの中へと入っていく。


 東の方では資源を巡って戦争が起きているなんて嘘みたいだ。


 ここでは誰もが自分の生活に忙しく、活気に満ち溢れている。


 僕は、見たこともない大きな時計塔の鐘の音に驚いて肩を震わせたり、魔法の灯火で青白く光る看板に目を奪われたりしながら、まるで夢の中に迷い込んだような気分で歩き続けた。


 ようやく辿り着いた乗り場の詰所で尋ねると、受付の男は台帳を指先で追いながら溜息まじりに言った。



「グランベルか……。あそこは西のどん詰まりにある何もない田舎だからな。ただでさえ便が少ないうえに、今は軍が馬を優先して徴用してやがる。次は今日の夜遅くに出る便が最後だ。それを逃すと、次は数日後までないぞ。……まあ、その数日後の便だって、軍の都合で本当に出るかどうかは約束できねえがな」


 夜遅く、外がすっかり暗くなる頃の出発。


 それを逃せば、いつ出発できるかもわからない。


 「一人分、予約お願いできますか?」


 僕は背筋が寒くなるのを感じながら、慌てて銀貨を支払った。


 「運がいいな、坊主。これでちょうど満席だ」


 男にそう言われて渡された切符を僕は祈るような気持ちでしっかりと握りしめた。


 あと一歩遅れていたら、この見知らぬ大都会で立ち往生するところだったんだ。


 なんとか足を確保できた安堵感からか、急に胃のあたりがキュッとなるのを感じた。


 そういえば、バザルタに着いてから自分の食事のことなんてすっかり忘れていた。


 「出発までまだ時間があるし、何か食べておかないと……」


 僕は空腹を抱え、先ほど通り過ぎてきた市場の方へと戻ることにした。


 バザルタの市場は、路地の奥まで露店がひしめき合っている。


 香ばしい肉の焼ける匂いに誘われるまま、僕は手近な屋台でスパイシーなタレに漬け込んだ肉を挟んだパンを買い人混みの端で頬張る。


 ロドスにはない刺激的な味に驚きながらも、あっという間に胃に流し込んでいた。


 ひと心地つくと、今度は周りの景色がさっきよりずっと鮮明に見えてくる。


  お腹も膨れたし、急ぎの用事も済んだ。出発までの時間は、この「商人の都」を思いっきり探索するチャンスだ。


 僕はワクワクする気持ちを抑えきれず、さらに活気のある路地の奥へと足を踏み入れた。


 そこでふと目に留まったのは、独特な苦い香りが漂う薬草の露店だ。


「わあ……これ、本で見たことある!」


 干からびた奇妙な形の根っこや、不自然にねじれた枝。僕が家で何度も読み返していた図鑑に載っていた、あの植物たちが目の前に並んでいる。


 図鑑のモノクロの線画でしか知らなかった実物を初めて目にすることができて、僕は興奮を隠せなかった。


 「……これ、傷薬ですか?」


 僕が並んでいる青い瓶を指差して尋ねると、店主の老人は鼻を鳴らし、力なくかぶりを振った。


 「ああ、そいつは少しばかりの薬草を混ぜただけの『気休め』さ。傷口に塗れば多少は痛みが引く程度の代物だよ。まともな治癒薬ポーションなんてのは、今はこのバザルタのどこを探したって拝むことすら難しいね」


 「えっ、そうなんですか? こんなに大きな街なのに」


 僕が驚いて問い返すと、老人は数本しか残っていない棚の奥の瓶を寂しそうに指差した。


 「軍が優先的に買い占めてるのさ。東の戦地じゃ、どれだけ薬があっても足りないんだろうよ。以前なら、止血に効くヘマチスの根や、痛みを和らげる月見草の葉が山積みだったんだが……。今じゃ、芽が出たばかりの未熟な草まで軍の役人が持っていっちまう。俺ら商人が仕入れようとしたって、横から軍の優先令状を突きつけられちゃ、わずかな余り物しか手に入らねえ。希少な薬草なんて、もうここいらじゃ絶滅したも同然だ」


 老人は、棚の隅に追いやられた萎びた葉っぱを手に取って溜息をつく。


 「腕利きの薬師も不眠不休で釜を回してるらしいが、肝心の材料が届かないんじゃ供給が追いつくはずもない。たまに店に並んだとしても、軍の目を盗んで入ってきた法外な値のつく品ばかりだ。商人の都も、軍隊の倉庫に成り下がっちまったよ」


「……軍の買い占めですか」


 深刻な店主の言葉を聞きながら、僕は改めて周囲の喧騒に目を向けた。一見すると活気に満ち溢れたこの大都市でさえ、その内側では戦争という巨大な怪物が人々の健やかな暮らしを少しずつ、けれど確実に食いつぶし始めている。


 その事実を、僕は肌を刺すような微かな寒気と共に実感していた。


 薬草の店を後にした頃、バザルタの空は深い群青色に染まり始めていた。


 大通りに出ると、通りのあちこちに設置された魔法の灯火が一斉に柔らかな光を放ち始める。昼間の活気はそのままに、街は幻想的な夜の装いへと姿を変えていた。


「わあ……、昼間よりずっと綺麗だ」


 僕はリュックから身を乗り出すゴレムたちと一緒に、宝石を散りばめたような夜景に目を奪われた。


 夜を徹して営業する酒場からは陽気な歌声が漏れ聞こえ、屋台の並ぶエリアからは、また昼間とは違う香ばしいスパイスの匂いが漂ってくる。


 中央乗り場へと戻る道すがら、僕は先ほどの店主の言葉を思い出していた。


 これほど眩い光に包まれた街でさえ、戦争の影から逃れることはできない。


 けれど、その影を跳ね除けるように笑い、食べ、商いに精を出す人々の熱量は僕を少しだけ勇気づけてくれるような気がした。


 「さあ、急ごう。遅れたら大変だ」


 僕はポケットの中で馬車の切符を指先でなぞりながら、大時計塔のシルエットを目指して歩みを速める。


 ようやく辿り着いた乗り場には、すでに大きな幌を被ったグランベル行きの馬車が待機していた。


 魔法のランプで照らされた車体は重厚で、これから始まる夜の旅を静かに予感させていた。


 「……よし、出発だ」


 僕は大きな深呼吸をして、新しい世界への期待を胸に、馬車のステップへと足をかけた。







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