旅路
ガタゴトと揺れる馬車の中、僕は膝の上にセシルのお母さんからいただいた包みを広げた。
「わあ……すごいな」
包みを開けた瞬間、香ばしい匂いが車内に広がった。
中には、冷めてもしっとり柔らかい厚切りのローストポークに、たっぷりのハーブで和えたポテトサラダ、それに宿の夕食でも出たあの甘い果実のタルトまで入っている。
「みんなも、少し食べる?」
僕は足元で窮屈そうに座っているゴレムたちに、小さく切ったパンを差し出す。
彼らは食べる必要はないはずなのに、僕が楽しそうに食べているとどこか嬉しそうに体を揺らして反応してくれる。
セシルのお母さんの料理は口にするたびに昨夜の宿の温かさを思い出させてくれて、不安な旅路の中で唯一心が解ける時間だった。
馬車はそれから大きな混乱もなく街道を進み、夕刻、最初の乗り継ぎ地点である宿場町へと滑り込んだ。
御者が言っていた通り、軍の輸送部隊とすれ違うことは何度かあったけれど、彼らは東の戦場へ急ぐのに必死で西へ向かう僕たちの馬車には目もくれなかった。
「ふぅ……。まずは一段落、かな」
馬車を降りた僕を待っていたのは、ロドスの町よりもずっと殺気立った空気だった。
最初の乗り継ぎ地点となるこの宿場町は、多くの街道が交わる場所のはずなのに市場の棚は驚くほど閑散としている。
僕は馬車を降りてすぐ何か食料を買い足せないかと思い一軒の商店を覗いてみたが、そこで響いた激しい怒鳴り声に思わず足を止めた。
「おい親父、冗談だろ! 小麦の値段がまた上がってるじゃないか。昨日より二割も高いぞ!」
茶色い外套を着た商人の男が、カウンターを叩いて店主に詰め寄っている。
店主は困り果てた顔で、力なく首を振った。
「仕方ないだろう。東の戦線へ物資を最優先で回せって、軍からきついお達しが出てるんだよ。小麦だけじゃない、兵隊の鎧や靴に使う鉄や革だって全部徴用されちまって、一般の市場にはカスみたいな量しか出回ってこないのさ」
店主は深いため息をつきながら、店の奥に積まれた数少ない袋を指差した。
「仕入れ値が上がれば、売値も上げざるを得ない。この分じゃ、あんたが乗る次の馬車の運賃だって、明日にはいつ跳ね上がるか分かったもんじゃないよ。今のうちに切符を買っておかなきゃ、次は倍の値をふっかけられるぜ」
客の男は忌々しそうに舌打ちをした。
「ったく、どいつもこいつも『資源、資源』って……。東の森で魔鉱石が獲れるようになれば暮らしが良くなるって話だったが、その前にこっちが干からびちまうよ」
二人の会話を聞きながら、僕は思わず自分の財布を強く握りしめた。
ロドスの市場でセシルのお母さんに言われるがまま、多すぎると思うほど保存食を買い込んでおいたのは本当に正解だった。
今この町で同じものを揃えようとしたら、持っているお金がいくらあっても足りなかったかもしれない。
「……みんな、ごめんね。少し窮屈だけど、次の馬車も早めに予約してしまおう」
僕は足元にいるゴレムたちに聞こえるか聞こえないかくらいの声で囁いた。
華やかだと思っていたマケドニア王国の裏側で戦争の影はじわじわと、でも確実に人々の生活を蝕んでいるようだった。
あちこちから聞こえてくる殺伐とした怒鳴り声や、人々の沈んだ顔。
この場所に長居をしてはいけないような気がして、僕は早々に次の馬車の予約を済ませた。
幸い、まだ運賃が跳ね上がる直前の便に滑り込むことができ、僕は重い荷物を抱えたゴレムたちを急かし、埃っぽい馬車に乗り込んだ。
「……出発だ。みんな、大丈夫?」
足元のカゴの中でじっとしているゴレムたちに声をかける。
車窓から見える宿場町は物資を奪い合うようなギスギスした熱気に包まれていて、馬車が走り出したとき僕は心の底からホッとした。
街道を西へ進むにつれ、周囲の景色に少しずつ変化が現れた。
東の戦場へ向かう物々しい軍の輸送部隊の姿が減り、代わりに大きな帆を張った交易商人の馬車と数多くすれ違うようになった。
「あっちの馬車、すごく大きな荷物を積んでる……」
商人の馬車はどれも護衛を連れていて、中にはマケドニア国外から運ばれてきたらしい珍しい品々が積み上げられている。
軍靴の音よりも、商人たちの威勢のいい声や馬の嘶きの方がずっと旅をしている実感が湧く。
それからさらに一日。
いくつもの緩やかな丘を越え、馬車は無事マケドニアでも有数の主要都市へと辿り着いた。
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