宿場町「ロドス」
崩落現場を背後に馬車は夕暮れの街道を急いだ。
しばらくして国境を越えてすぐの場所にある宿場町「ロドス」に到着すると町の広場で馬車が止まり御者は深々と頭を下げた。
「ルーク様、私の役目はここまでです。……あの魔法の人形たちのおかげで命拾いしました。本当にありがとうございました」
「こちらこそ、ここまで運んでくれてありがとうございました」
御者は最後に、僕の足元でせっせと土を払っているゴレムたちを畏敬の念で見つめ去っていった。
さて、まずは今夜の宿を探さないと。
僕が大量の荷物を前に立ち尽くしていると、すぐに数体のゴレムたちがトテトテと駆け寄ってきた。
「あ、ありがとう。お願いできるかな?」
一体のゴレムが僕の大きな革袋をひょいと背負い、もう一体が保存食の詰まった重い箱を頭の上に乗せて軽快に歩き出す。
その力持ちな姿に、通りすがりの旅人たちが「おや、珍しい魔法だな」と驚きで目を丸くしている。
そんな中、一人の女の子が僕に向かって勢いよく駆け寄ってきた。
「ねえ、そこの君! もしかして旅の人? 宿はもう決まってたりするのかな?」
突然目の前に現れた彼女の勢いに僕は思わず一歩後ずさりした。
「え……あ、いや、まだだけど……」
「なら決まり! 私はこの先にある『山猫の亭』のセシル。まだならうちに来なよ! 建物は少し古いけど、父さんの作る料理の味だけはどこにも負けないよ!」
彼女――セシルは、僕の返事を待たずにぐいぐいと距離を詰めてくる。
同い年くらいの女の子にいきなり詰め寄られ、僕は戸惑いながら目を白黒させるしかなかった。
「……料理が自慢、なんだね」
「そう! 君、なんだかお腹空いてそうな顔してるし。それに……」
セシルは僕の足元で重い荷物を持っているゴレムたちをまじまじと覗き込んだ。
「この子達も一緒に泊まっていいよ。珍しい人形だね、魔法で動いてるの?」
「うん……ボクの、大事な仲間なんだ」
「へぇ! じゃあ、この子達の分も特等席を用意しなきゃね。それから君、名前何て言うの?」
「えっと……ボクはルーク」
「ルークね! いい名前ね。よし、それじゃこっちだよ!」
セシルは屈託なく笑うと僕の手を引くようにして歩き出した。
勢いに負け彼女について行くとそこは確かに壁のあちこちに年季が入った古びた建物だった。
とは言え建物は綺麗に掃除されており入り口の看板には可愛らしい山猫の絵が描かれていた。
「お母さん、お客さん連れてきたよ!」
セシルが中に入って声をかけると、奥から優しそうな女性が出てきた。
セシルのお母さんだろうか。
「あらあら、セシルったらまたそんなに急かして……。いらっしゃいませ。旅の方、お一人ですか?」
「あ、はい。一晩、泊めていただきたいのですが……」
僕が丁寧にお願いすると、お母さんは僕の足元で荷物を抱えているゴレムたちを見て少し驚いた顔をしたがすぐに柔らかな微笑みを浮かべた。
「ええ、もちろん歓迎しますよ。その小さなお連れさんたちも一緒ですね。重い荷物を持って大変でしたでしょう。ゆっくりしていってくださいね」
「ありがとうございます」
宿泊の手続きを済ませると、セシルが「さ、部屋に行こう!」と階段を指差した。
案内された二階の部屋はこぢんまりとしていたけれど、窓辺には花が飾られ隅々まで磨き上げられた床が温かく光を反射していた。
「ここがルークの部屋だよ。荷物は……わぁ、本当にこの子達が運んでくれるんだ。すごいね、力持ち!」
セシルが感心したように声を上げると、箱を運んでいたゴレムが少し得意げに胸を張った。
その様子を見て、セシルが「あはは、可愛い!」と笑い声を上げる。
「ルークはどこから来たの? そんなにたくさんの荷物を持って、大変だったでしょ」
「アリティアのほうから。……少し、遠くまで行かなきゃいけなくて」
「そっか。でも、ロドスまで来れば安心だよ。ここは美味しいもの食べて、ぐっすり眠るのが一番のルールなんだから!」
セシルはそう言ってウインクすると、「すぐにご飯の準備してくるから、ゆっくりしててね」と階段を駆け下りていった。
ゴレムたちは一斉にベッドの下を探検したり、窓の外を眺めたりと、ようやく一息ついたようにくつろぎ始めた。
緊張していた心にセシルの明るさと、お母さんの優しい雰囲気が少しだけ染みた気がした。
「みんな、ボクは少し下で夕飯を食べてくるよ。お留守番、お願いね」
僕はゴレムたちに部屋を任せ階下の食堂へと向かう。
食堂には食欲をそそる香ばしい匂いが立ち込めていた。
運ばれてきた料理は、地元の新鮮な野菜をふんだんに使った温かいスープとじっくり煮込まれたお肉の料理で、セシルが豪語していた通り驚くほど美味しかった。
けれど、店内の雰囲気は料理の味とは裏腹にどこか重苦しく殺気立っている。
僕はスープを啜りながら、隣のテーブルから聞こえてくる男たちの会話に耳を立てた。
一口ごとに体に力が戻るような、温かくて滋味深い夕食だった。
けれど、僕の耳にはどうしても隣の席の男たちが交わす不穏な言葉が飛び込んでくる。
「……結局のところ、マケドニア側が一方的に仕掛けた戦なんだろ? 亜人どもの住処にある『鉱物資源』が目当てだって噂だぜ」
「ああ、あの辺りからは珍しい魔鉱石が出るらしいからな。軍備を拡張したいマケドニアにとっては、喉から手が出るほど欲しい代物なんだろうよ。東の国境沿いの森を焼き払ってでも奪い取るつもりさ」
戦争の裏にある大人たちの醜い欲。
この宿場町「ロドス」から見て、マケドニアの東側――まさにこれから入国しようとしている方向の入り口付近が大国の欲望が渦巻く主戦場になっているようだった。
そこへ、空いた皿を下げにセシルがやってきた。
「ルーク、どうしたの? 怖い話、聞こえちゃった?」
「あ、ううん。……ただ、さっきからみんなが話してる戦争のことが気になって。鉱物資源を奪うために戦ってるって」
僕が声を潜めて尋ねると、セシルは少し表情を曇らせ、空いた椅子に腰を下ろした。
「ああ……その噂ね。実際、マケドニアの軍勢は東の森を焼き払いながら、資源を求めてどんどん奥へ進んでるみたい。戦場に近い街道は、軍隊が占領してたり、怒った亜人が襲撃してきたりで、今はまともに通れないって聞くよ」
セシルの言葉に、僕は思わず拳を握りしめた。でも、僕には行かなければならない場所がある。
「……セシル。マケドニアにある『グランベル』という街へ行きたいんだ。そこも、やっぱり戦火に巻き込まれているのかな」
「グランベル? ごめん、聞いたことないかも……。お母さーん! ちょっと来て!」
セシルが厨房の方へ声をかけると、お母さんがにこやかにやってきた。
「なあにセシル、そんなに大きな声出して。……あら、ルークさん、お味はどうだったかしら?」
「あ、はい! すごく美味しいです。……あの、マケドニアの『グランベル』っていう街についてお聞きしたくて」
「グランベル? ああ、あそこねぇ」
彼女は「ちょっと失礼するわね」と言って、僕の隣に腰を下ろした。
「マケドニアの西の果て、山脈の麓にある本当に小さな街よ。今争ってる東の国境地帯とは、ちょうど真逆の方向だわ。辺境すぎて資源なんて何もありゃしない場所だし、戦火からは一番遠い、静かなところのはずよ。そこを目指してるの?」
「はい。そこまで行けば安全なんですよね」
「そうだね、街自体は穏やかなところよ。でもねぇルークさん、問題はそこまでの道のりなのよ。ここからだと、戦場になってる東側を大きく迂回して、マケドニアをまるごと横断しなきゃならないでしょ。乗り合い馬車を三つほど乗り継いで、順調にいっても三日はかかるわ。今は軍が馬車を勝手に使っちゃってるから、もっとかかるかもしれないわねぇ」
彼女は心配そうに、僕の細い腕をそっと叩いた。
「入国の検問なんかは、軍が東の戦いの方に必死だから、旅人の出入りなんて案外すんなり通してくれるでしょう。でもね、とにかく道中が心配だわ。馬車がいつ止まるか分からないし、食べ物の補給も難しくなるかもしれない。行くなら、これでもかってくらい、しっかりした旅支度を整えていきなさいね。困ったことがあったら何でも言いなさい、力になるから」
「……はい。ありがとうございます」
部屋に戻ると、ゴレムたちは僕の帰りを待っていたように一斉に駆け寄ってきた。
「みんな、聞いたよ。グランベルは今戦っている場所とは反対の、西の端にある小さな街なんだって。……でも、そこまで行くには戦地を避けて、マケドニアを横断しなきゃいけない」
僕が呟くと、ゴレムたちは作業を止めて僕を見上げた。
アリティアを追われた時は、ただ流されるままだった。
けれど、ゴレムたちの不思議な力とセシルやお母さんの優しさに触れた今、僕は自分の足で目的地へ辿り着く覚悟を固めていた。
僕は机に向かい、市場で買うべきリストを書き出した。
お母さんの助言通り多すぎるくらいの保存食。
予備の靴。
そして、何より頼りになるこの子たちのための手入れ道具。
明日への備えを終えると、僕はゴレムたちに見守られながら、深い眠りへと落ちていった。
翌朝、柔らかな朝日が宿の窓から差し込む中、僕は早々に身支度を整えた。
まずは何よりも移動手段の確保だ。
昨夜、セシルのお母さんに教えてもらった町の広場にある馬車乗り場へと向かう。
ここから同じマケドニア国内にある、西の果て「グランベル」を目指さなければならない。
「すみません、ここからグランベルへはどう行けばいいでしょうか。馬車の予約をしたいのですが」
受付の男は、地図を広げながら不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「グランベルだと? えらく遠いところへ行くんだな。ここからだと、西へ向かう乗り合い馬車を三つは乗り継がなきゃならん。主戦場の東側とは逆方向だが、軍が馬車を徴用してるせいで本数が少なくてな。次の便は昼前だ。三日で着けば御の字だと思っておけ」
「はい、お願いします。……この子たちも一緒なんですけど、いいですか?」
僕が足元のゴレムたちを指差すと、男はギョッとして目を丸くしたが、「……荷物扱いなら構わねえよ」と、代金と引き換えに予約の札を切ってくれた。
無事に予約を済ませた僕はその足で市場へと向かうことにした。
ここでもゴレムたちは大活躍だ。
僕が買った数日分の干し肉や硬焼きパン、それに新しい予備の靴が入った重い袋を文句ひとつ言わずに運んでくれる。
その様子を通りすがりの人々が驚いて見ていたけれど、今の僕には旅の準備を整えることの方が重要だった。
必要なものをすべて揃えて宿に戻ると、入り口でセシルとセシルのお母さんがちょうど開店の準備をしていた。
「これ、持っていきなさい。道中、ろくなものが食べられないかもしれないからね」
セシルのお母さんが、ずっしりと重い布に包まれた大きな包みを差し出してくれた。
「お弁当……ですか?」
「そうよ。うちの自慢の料理を詰め込んでおいたわ。ルークさん、あなたはまだ身体も小さいんだから、しっかり食べて体力をつけなきゃダメよ。いい? 困ったことがあったら無理しちゃダメよ」
「ありがとうございます。……本当に、お世話になりました」
隣で荷物を整理していたセシルがひょいと顔を上げて微笑む。
「準備、ばっちりみたいだね。あはは、その子たち、相変わらず力持ちだなぁ。じゃあね、ルーク。道中、気を付けてね!」
「うん、頑張るよ。セシルも元気でね」
彼女は「うん、またね!」と軽く手を振り返すと、そのままテキパキと掃除を再開した。
出会って一晩。
短い間だったけれど、彼女のさりげない気遣いには勇気づけられた。
僕は二人に会釈をして宿を後にした。
ゴレムたちが大切に抱えてくれている大量の荷物とセシルのお母さんの温かなお弁当。
やがて、予約していた西行きの馬車がゆっくりと動き出す。
車窓から遠ざかるロドスの町。
同じマケドニア国内とはいえ目指すのはここから遠く離れた西の果てだ。
頼もしい相棒たちとお弁当の温かさを胸に僕はマケドニアを横断する本格的な旅路へと踏み出した。
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